想定外
「っ…!?」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。周囲に人の気配はなく、生き物の気配といえば時折野兎が横切る程度。
休んでいたとはいえ周囲を警戒していなかったわけではない。それなのに目の前の男は全くこちらに知覚させず近づいてきたのか。
ただ者ではない。瞬時にそう判断し距離をとった。おかしな動きをすればすぐに魔法を放てるよう警戒の姿勢を保つ。
「怖がらせちゃった?怪しい者じゃないよ、僕」
「……」
「ほら見て、このローブも杖も素晴らしい代物だろう!顔も一級品だけど…それは後でじっくり見物してもらうとして。こんな装備をそこらの盗人や族が持てると思うかい?」
まあこの国の人間じゃないけどね。そう告げる男の言葉に嘘は見られない。確かに男の装備はこのあたりを行き来するような人間のそれと比べられないほど煌びやかで、細やかな刺繍が施されている。顔についてはどうでもいいが、にこやかな口元からも悪意は全く感じ取れなかった。
「何日も船に乗って、歩いて、歩いて、また歩いて。こんな遠くまで面倒な仕事だなって思ってたけど、これは思わぬ拾い物だ」
「…人攫いか?お前」
「ええ~まさかぁ!いろんな肩書はあるけれど、れっきとした冒険者さ。見る?」
そう言って何やら探し出すが見つからないらしく、懐や腰元のポケットに両手を突っ込んだり、上から叩いたりを繰り返しているその男。どうしよう、無くしちゃったかな?と眉尻を下げている様子に何だか馬鹿らしくなって少しだけ構えを解く。そうして改めてその姿を観察した。
森の深くを思い出させるような緑の髪。海を映したような青の瞳。見たこともないほどの長身。それから──先の尖った長い耳に目を留める。
「…その耳」
「ああ、珍しいかい?エルフなんだ、僕も」
「僕も?」
「うん。君とおそろいだ。…ね、僕ら親しくなれそうじゃない?」
「なるほど。エルフであるお前の目から見ても似ているのなら、きっとそうなんだろう」
「…えっ?どういうこと?」
「私は捨て子だ。拾ってくれた母はエルフではないし、故郷からは殆ど出ずに生きてきたからエルフの知り合いもいない。だから確証のないまま生きていた」
そう告げると、一瞬空気がぴたりと静止したような錯覚を覚えた。男の表情は相変わらずで寸分違わぬ微笑みを浮かべているが、瞳の奥が探るような色を纏う。今の返答の何かが引き金になったのだろうが、それが何かは分からない。
「…あー、ごめんね。ちょっと驚いちゃって…」
「それはこちらの台詞だ」
「いや、本当…なんていうか、その…」
「?」
「…僕も、自分の種族が分からないんだよね…」
「……は?」
(こいつ、エルフなんじゃなかったのか?)
おそろいだ、などと薄っぺらい笑顔を振りまいたのはついさっきの事。訝しく思い視線をやると「同じ種族なら親近感湧いてくれるかな~って…」などと困ったように眉を下げるその表情は優しげだが、今となっては胡散臭い。
息をするように偽りを述べる、正体不明の自称冒険者の何を信用できるというのか。自らのルーツに繋がったりはしないかと淡く期待をしていたが撤回し、とっとと用事を済ませてしまおうと踵を返す。
「えっちょっと!待ってよ、どこに行くつもり?」
「お前には関係ない」
「人里に近いとはいえ子供が一人で出歩くなんてあぶないよ!」
「うるさい、私だって冒険者……なんだから、一人でも問題ない」
「今の間なに!?」
本当なの?登録証は持ってるよね?背後からそんな言葉が付いてくるが、どうせすぐ諦めるだろうとそのまま森へ向かって足を速めた。