何事もうまくはいかない2
「ああ…くそ」
嫌味なほどの快晴、雲ひとつない青い空。ダラムにから延びる街道を少し離れた木陰に座り込んでいたベルは、空を見上げた角度そのままで悪態をつく。
母親たちが見ていたならば窘めたであろう言葉遣いだが、しかしここに彼女たちはいない。一人一人が故郷の森や木々に宿る共同体であるからして、道すがらばったり出会う可能性だって皆無。だから問題は何もないとばかりに深いため息が続く。
(疲れた、本当に…森を出てから一週間も経っていないのに…)
精霊と称される存在の手がけた、外界から閉ざされた森で育てられた身である。そしておそらくはヒトではないせいもあるのか、どうにも彼らとの交流は疲れるばかりだった。例えば助けた冒険者の、ギルドマスターの瞳に心配の色を見つけても煩わしさが先に来る。親が子や友を心配するような気持ちは理解できるが、それと近しい感情が自分との間に横たわるのはどうにも気持ちが悪かった。登録が済むまでは!と同行を申し出たさきの冒険者を適当に撒いて、今漸く、数日ぶりに深く呼吸ができたような心地であったのだ。
自分がどういった種族であるのかは未だ分からないが、人嫌いの亜人、魔物も多いということは文献から知っている。きっと種族柄感じる嫌悪感なのではないかと、手慰みにポシェットの革を撫でながらベルは考えていた。
(とはいっても、登録は済ませないと。私のようなものがかの国に入るにはこれが最短の道だから)
今の自分には住まいもなければ持ち金だってない。これまで人の社会に組み込まれていなかった身元不明の亜人という評価になるだろうが、それが人の目にどれほど怪しく映るのかは世慣れぬ身にも察しが付く。
そんな自分がいずれかの国──大国ルーヴァに入り、信頼を得るには。望みを叶えるためには、広く影響を及ぼしている冒険者組合に登録するのが手っ取り早く合理的な第一歩と考えてここまで来た。
まさかその一歩すらままならぬとは思ってもみなかったのだけど。
(だって、仕方ないじゃないか。魔獣を従えるなんて…そんな戦い方は知らなかったんだ)
生まれ育ったあの森の、書庫とも呼べないような狭い家屋には当然多くの書物は置かれていなかった。しかし一冊を借り、次に返しに来れば知りたいと思っていた事柄について書かれた本が新たに棚に並んでいる。知りたい知識を揃えてくれるその不可思議な空間で剣や槍、杖の扱いを学んだが、魔獣の従え方については一度も目にした覚えがなかった。ヒト独自の文化というものにはさしたる興味もなかったことが原因かもしれない。
だからギルドマスターに職業の説明を受けたときに驚き、興味が沸いた。そしてその興味を抑えられなかった結果がこれである。
(大体、適性がないと難しいというじゃないか。自分には扱えないという可能性をどうして考えなかったんだろう…)
知識欲や探求心というものは大切だ、とたまに来る楽師に撫でられた事を唐突に思い出す。今日は妨げでしかないんだけど?と頭の中で八つ当たり気味に言い捨てて留飲を下げた。
そうして息を吐きだし、空を仰ぎ見ようとして──。
「やあ、美しいお嬢さん。なにかお困りかい?」
目と鼻の先、ふわりと笑う男がいた。