何事もうまくはいかない
「なんだって?!お嬢ちゃん、魔獣使いとして登録するってのかい!?」
魔狼に襲われていた冒険者を救ってから三日目の、正午を少し過ぎたころ。町の入り口付近、最北に構えたギルド兼酒場【亀の腹亭】にて、ベルは最早不快を隠しもせず胡乱げな視線を大声の主に向けていた。
「うるさいな…。自分で説明したくせに、何か問題でもあるのか?」
「大有りも大有りだ!お嬢ちゃんは魔物と契約したことなんてないんだろう!?」
「それのどこが問題なんだ」
「そっくりそのまま大問題だ!!」
バァン!とテーブルを叩き前のめりになる、額の後退しかかった中年の男がこのギルドの長である。身長は故郷の母親たちより小さいが、がっしりとした体つき。冒険者か傭兵か、戦いを生業とした過去があるのかもしれない。それから、体重のかけ方が傾いていることからして左足が悪いのかもしれないとも考える。
(それでも、助けた冒険者四人よりは強そうだ。ランクはどの程度なんだろう…興味ないけど)
興味もないのになぜ観察しているのかといえば、そんなものは単なる現実逃避である。慣れない人の声、姿に視線。それらから少しでも距離を置きたいと無意識の行動だ。
アルコール臭に交じるにんにくの臭いに、昼食後に訪れたことが心底悔やまれる。
「…な、考え直しな。さっきも言ったがテイマーってのは向き不向きが極端だし、苦労も多いぞ?」
「なんだって選べると言ったじゃないか」
「そりゃ言ったしその通りだがな!経験がないどころかそんな職業があるのも知らなかったってのに、なんだってまた…」
「ね~?しかも才能が物を言う!て感じの職業じゃん?もしスライムとかしか契約出来なかったらけっこう恥ずかしいよ?」
「オレもやめといたほうがいいと思うぜ?ベルちゃん魔法使えるらしいしさ、そっち系にしとけって」
「僕も同意です。一度登録すると変更はまずできませんから、そうなれば後々不便な思いを…」
「御託はいい。…とにかくこれで登録してくれ」
話の長い魔法使いの言葉を遮り、記入を終えた登録書をギルドマスターに突き返す。
(疲れる。母さんたちの騒がしさなんて些細な、可愛いものだったんだな…)
かの大国への足掛かりを得るための道すがら、渡りに船だと喜んだ三日前の自分を殴りつけてやりたい。
恩を売っておくかと癒しの力を使ったあの日から、ベルは後悔し通しだった。こんなことなら後ろでおろおろしているこの冒険者だけ助けるべきだったと舌打ちしたい衝動に駆られたが、それはどうにかやり過ごして宙を睨む。
「わかったわかった。とりあえずは、受け取ってやる」
「…とりあえず?」
「おう、とりあえず、だ。登録は保留ってことだな」
「…金は払った。書類も不備はないんじゃないのか?」
「ああ。制度上はなあんにも問題ねえさ。ただここのギルドを預かるものとして、娘を持つ親として!このまんまおまえを送り出してやることはできねえってだけだ!」
バァ~ン!そんな効果音が聞こえてきそうなポーズとともに返された決め台詞に「流石はギルマス!」と隣から感じ入ったような声が上がる。剣士の、たしかバートとかいっただろうか。キラキラした視線を向け大げさに拳を握りしめて打ち震えている。いい加減にしてほしい。
「…公的な、身分を証明するものが早急に必要だと話したはずだけど」
「おう、聞いたぜ。言っちゃ悪いがお嬢ちゃん亜人だろう?その辺の面倒を避けるには冒険者組合に登録すんのはいい手だ。身分証になるからな。そこは同意する」
「ならどうして保留なんだ」
「テイマーで登録したいのは分かった。登録も受け付ける───が、一つ条件がある」
条件とは?訝しげに見上げた視線に大きく頷き、一言。
「スライムでも、キュウソだって構わない!なんでもいいから一匹と契約交わしてからだ!」