翌朝
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「それで、お嬢ちゃん。これからの予定は決めてるのか?」
「ああ。あれの──使役獣の体調が回復次第、このままルーヴァに向かおうと思ってる」
一晩の宿を借りて翌朝。無事に登録を済ませ、晴れて冒険者としての身分証を手に入れたベルはギルドマスターと共に朝食をとっていた。
広い町ではないため母数自体が少ないが一番人気の料理店。その最奥の窓際に向かい合って腰かけ、不愛想な給士の運んだ料理に視線を落とす。
「結構うまそうだろ?量は勿論、安上がりな割に味もいいってんで人気なんだ」
そんな風に紹介されたメニューは大きな器に入ったスープと付け合わせの黒パン。人間の朝食としては定番の組み合わせなのだろう、見渡せば他の4組のテーブルにも同じ注文が広げられていた。
ベルは視線を戻し、煮崩れた具材で濁ったそれに口をつける。
(味は美味しいけど…結構な量だな)
具沢山と謳われるスープには確かにごろごろとした塊が──八割方が芋なのだが──沈んでいる。残りの二割は人参と干し肉、それから他の料理で残ったのだろうくず野菜で占められているが、それがなかなか堪える量であった。
(…半人前で頼んで正解だった)
無心で口と手を動かすこと5分。漸くスープの底が見えてきて内心でほっとする。
生まれてこの方森の果実や木の実を朝餉としてきた身には若干塩辛くも感じられ、とても一人分は食べきれそうにないなと頭の片隅で考えながら、付け合わせのパンを一口サイズに千切っては口の中に放っていく。
「というか、話を戻すが…お前さんルーヴァに行ったって入れないだろ。通行証持ってないんだろう?」
「ん?ああ」
「無いと入れな…ああ、もしかして出入りしてる商人に話つけたとか?」
「ああ。いや、商人じゃないけど通行証を持ってる男と知り合って」
「そりゃ幸運だな!ちゃんと信頼できる相手か?」
「…多分?」
「疑問形かい…」
本当に大丈夫なのかという疑いの目をやり過ごそうとして、窓の外を仰ぎ見る。
すると手前のT字路で、昨日散々見知った男が大きな籠を抱えた女性に声をかけているところであった。
「やあ、麗しいお嬢さん。そんなに重たいものを抱えては美しい肌が痛んでしまうよ」
「えっ…わ、私?」
「そうとも。ほら、僕が代わりに運ぼう」
「いえ、そんなの悪いです!それに汚れ物ですから、あなたの服まで汚してしまっては…」
「服が汚れるくらい構わないよ。君のように愛らしい女性と、一時でもデートが出来るなら安いものさ」
「っ…!!」
男が軽薄そうに片目を瞑り微笑むと、相手の女性は何やら頬を赤く染めてその顔を見上げている。程なく連れ立って東の方へと歩き出し、窓際の席からは見えなくなった。
(信用…は、出来る男と思っているが…)
ベルは無意識に額に手をやると瞳を閉じ、そのまま大きく溜息をついた。向かいのギルドマスターは空いた皿もそのままに怪訝そうな表情でこちらを窺っているが、説明する元気はあまりない。
「人を見る目を養うのが最優先事項かもしれないな…」
「んん?なんだ、何の話だ」
「いや、何でもない」
昨夜、町について早々に娼館があると聞いてあの男は喜んでそちらへ向かった。恐らく泊まったのだろうが、その翌朝にまた女性を口説いているなどと最早病的ではないか。
辟易した様子でベルは残ったスープを一気に飲み干した。
「お?いい食いっぷりじゃねえか。おかわりするか?」
「いや、いらない。ごちそうさま」
「そうかい。…俺も流石に満腹だな」
「むしろ食べ過ぎだろう」
「おいやめろ。腹を見ながら言うな」
そんな風に軽口の応酬をして席を立つ。代金を支払おうとすると登録祝いだ、とギルドマスターが銅貨を取り出したので今回はそれに甘えることにした。
(借りを作るのは好きじゃないけど…背に腹は、な)
故郷の森で密かに貯めていた金は昨夜の宿賃やら雑費で更に心細い様子となっていた。薄っぺらい小袋を鞄に戻しながら、ベルはこの先の金策について何とはなしに考える。
自分一人ならどうにでもなるかと思って出立したが早々に同行者が増えたのだ。木の実で腹の膨れる自分と違って彼は肉が主食であろうし、飢えさせるようなことはしたくない。これまでのように狩った獲物を捌いて売るにしても、旅をしている身では買い取り先もその都度見つけなくてはならないだろう。
ままならないものだ。ここ最近でよくよく思い知った感情からため息が零れ、澄んだ空を仰ぎ見る。
取り乱した様子の冒険者が駆け込んできたのはそれからすぐの事だった。