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冒険者ギルドにて

 

 ***



「お…お嬢ちゃん、その獣は一体…!?」


 ルーヴァ国からそう遠くない場所に存在する町、ダラム。そこの冒険者組合を預かるギルドマスターのロイは、今日はもうずっと驚きの連続だった。

 その原因は、昼に顔なじみの冒険者に連れられた一人の少女。大人の自分が思わず見惚れるほどの美しさに声を失っていると、エイドニー───このギルドの雑用係でもある───からこれまでの経緯を聞かされた。

 曰く、20頭近い魔狼の群れを一瞬で倒し、これまた瞬時に仲間の傷を癒したのだという。

 あまりにも現実味のない話だった。魔狼の群れを一人で討伐できる程の手練れが、致命傷を治しきるだけの治癒魔法の使い手でもあるとエイドニーは言っているのだ。

 それも瞬きの間の出来事で、副作用らしい副作用もないと熱弁している。

 馬鹿げた嘘を。正直言ってそう思った。狼というのは単体ではとるに足らない相手でも、徒党を組まれれば厄介なことこの上ない生き物だ。一匹を相手取れば二匹に飛び掛かられ、薙ぎ払った直後には次が迫っている。


(だというのに、より危険度の高い魔狼だと?それも20近い大きな群れを?)


 戦う力か癒しの力か。どちらかであればそこまで珍しくはないかもしれない。だがこんな、まだ十とそこそこくらいの子供(しかも細身の女の子!)そのどちらも身に着けているというのは眉唾だ。

 話をしてみればやはり実戦経験は乏しいということだし、雑用係は頭でも打って混乱しているのか、そうでなければおかしなキノコでも食べたのだろう。

 故郷の親父さんのためとはいえ働き者という枠には最早収まらない程に働きすぎている。その疲れも一因なのだろう。


(これは数日、組合の方だけでも休ませる必要があるな…)


 そう、日が暮れてるまでは考えていたのだが。


「…事実だったのかもしれんな…」


 ぎいい、と建て付けの悪い扉を一息に開いたその向こうに立っていたのは昼間の少女。だがここを出る時までは見なかった、その体をすっぽりと覆うほど大きな獣を引きずるようにして背負っていた。

 そして、唐突に訪れた濃密な血の臭い。右手は根本から指先まで赤黒く染まっているが痛がる様子はなく、自身の怪我ではないように思われる。


「なんだこいつは!お、狼…?」

「こんなでかい狼がいるかよ!」

「そいつは死んでるのかっ!?」


 尋常でない光景に悲鳴を上げた一人の冒険者から伝染するかのように皆が立ち上がり、その多くが武器に手を伸ばし来訪者を凝視する。

 だが彼女はそんな警戒した空気をものともせず、入っていいか、とこちらを真っすぐ見据えて問うてきた。まるで緊張した様子が見られないのは物を知らぬ故ではないのだろう。

 指の太さにも満たない小枝を折るのに、一体どんな準備がいるというのか。

 ロイは他の冒険者たちの手前、できるだけ動揺を隠して低く返事をしたのだが、それも意に介さない様子で歩いてくる。


「森で色々あって。私の使役獣だから警戒しないで大丈夫」

「…契約、してるのか…?」

「ああ。これで冒険者の登録は問題ないだろ?それと書類を登録する間、少し場所を借りたい。それから布をできるだけ多く…水を張る桶も必要か。代金が必要ならあとで請求してくれ」

「…わかった。上の階に部屋があるから案内させよう。布と桶は後から持ってくるがそれでいいか?」

「助かる」


 その答えを聞くと、近くにいた受付嬢に待合室への案内を任せる。大きな獣を抱えながらも器用に階段を上がる背中を見送りながら、いつかとんでもない大物になるかもなと考えずにはいられなかった。



 ***



 受付嬢に案内された部屋は談話室のようだった。中央に大きな机が設置され、6脚の椅子が収められている。一瞬迷ったが流石にこの上は置けないだろうと判断し、少しの間我慢してくれと窓際の床に抱えていた巨体を下す。


「少し調べる───『生命視』」


 右手を翳して一つの魔法を発動する。生命視とは、対象の体にかかった状態異常や呪いを即座に検知するというものだ。施行する者とされる者が近しい存在(血縁など)であればあるだけ精度が上がるという特性があり、それには魂を繋ぐ契約も含まれる。

 家族と呼べるものはいる。しかし血縁のいない自分にはこれまで習得の価値を感じることのない魔法であったが、先ほどめでたく使役獣を得たので確認を兼ねて使ってみた次第だ。


(疲労、空腹、僅かに悪寒。…驚いたな、これは)


 そうして分かったのは、その精度が格段に上がっているということだった。以前母親の一人に使ったときは、ひどく喉の渇きを訴えていたにも関わらずそういった結果は出なかったと記憶している。


(疲労はすぐに回復するだろう。空腹についてはこの後考えるとして…ひとまずは体を温めてやらなくては)


 何かを学ぶのはとても楽しい。布が来るまでの処置として体をさすってやりながらベルは思う。

この魔法に限らず、魔獣を従える戦法も森の中で暮らしていてはきっと一生体験し得なかったのだと考えると、旅に出てから初めてこの選択を心から肯定することができたような気がした。

 その時、後ろからどんどんと扉を叩く音がした。


「おい、入ってもいいか?」

「…ギルドマスターか。構わない」


 応えとともに入ってきたギルドマスターは片手に大きめの桶と布を抱えている。

 金は、と聞くとこれくらい気にするなと返されたので、ありがとうと一言礼をして受け取った。


「こいつの体を拭いてやるんだろう?水持ってこさせるか?」

「いや、いらない」


 水を生成するのは得意だ。夏の暑さに参った母にせがまれて、その根元に注いだことは数知れず。

 あなたの作るお水はおいしいわ。そうほっこりと笑ってくれるのが嬉しくて、もっと上達しようと書物を漁り特訓を重ねたことを思い出した。

 間もなくいっぱいになった水は、出力調整した甲斐あって程よく温かいと感じる温度になっている。それを確認してから借りた布を数枚投入した。


「生活魔法も使えるのか…」

「まあね」

「…疑って悪かったな。エイドニーの言っていたことは正しかったんだろう」

「エイドニー?…ああ、あの冒険者か。気にしなくていい」


 私も慣れない旅で気が立っていたから。そう告げればふ、と力が抜けたような微笑みを返された。


「ありがとうよ。…それじゃ!早速登録についての話をするぞ。確認だが、登録する職業はテイマーでいいんだな?」

「ああ」

「人気も戦果も下から三本の指に入るような職だから、もしお前さんが望んでもパーティへの参加を渋られるかもしれん」

「不便だけど仕方ないね。契約も済ませてしまったし」

「まあ、そうだな。それから使役獣との契約印についてだが───いや、細かい注意点は済んでからの方がいいな。そいつの手当てが済んだら下の録鏡(ミラー)前まで来てくれ」

「分かった」



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