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契約

 

 ***


「も~!僕本当に!心臓が止まるかと思ったんだからね!」

「…」

「ここも!あっここも…もう、傷だらけじゃないか…!」


 男はそう大声で騒ぎながらあちらこちらと治癒魔法をかけている。

 ベルはあの戦闘の後、目の前の男に魔獣の下から引きずり出された。緊張が解けたせいか一気に力が抜けてしまい、それからされるがままの状態が続いている。

 立てないほどではないが疲れきっていた。故郷の森は精霊である母親が守っているので平和であり、実戦といえば外に出た時鉢合わせたゴブリンやワーグ程度だったのでそれも仕方ないだろう。

 自称一流冒険者も余裕がなかったみたいだし。ちらりと目だけで確認すると、思いがけず真剣な顔をしていて少し面白かった。

 男の手つきは図体に似合わず繊細で、施される魔法はぽかぽかと心地良い。暗い森の中だというのに、旅に出てから今が一番安らいでいるようにすら感じられた。


「ほんと、無茶なことするなあ…」

「あれが最善だったと考えたまでだ」

「確かにいい手だよ。人も獣も仕留める時は気が抜けるからね。察するに君が目的であったし…んん、同じ立場なら正直僕もそうしたかも…」

「ならぐちぐち言うな」

「だって僕ともあろうものがだよ!?この僕がついていながら怪我させるなんて!これでも結構有名な冒険者なんだよ?見目麗しいだけじゃないんだよ?」

「へえ」

「へえって…それだけ?まいっか。はい、腕動かして」

「ん」

「違和感ない?痺れは?」

「全く」

「良かった。じゃあ大丈夫かな」


 そろそろ動けそうかい?そう問われ試しにゆっくりと立ち上がってみる。

 眩暈や立ち眩みを感じることもなく、先ほどまで鉛のように重かった体はすっかり回復したようだ。強いて言えば多少のだるさはあるがそれだけで、森を抜けるのに支障はないと思われる。

 大丈夫、と男を向き直って頷いた。


「あ、その前に焼いちゃわないとか。ちょっと待ってて」

「いや、いい。私も行く」

「そう?じゃ、一緒に行こう」


 焼く、というのは先の魔獣の事だ。放っておけば腐敗し疫病を招くか、変質してアンデッドになる可能性だってある。あれほどの力ある魔物が蘇っては近隣の村などひとたまりもないということは想像に難くない。


「持ち帰ったりはしないのか?」

「ああ、毛皮とか牙とか?うーん…汚れるの嫌だし、お金困ってないし。仕事じゃないからいいかな」

「ふうん…」

「君が欲しいなら頑張っちゃうけど!」

「欲しいから頑張ってくれ」

「えっ本気?えっ…汚れるの嫌だなあ…」

「なら最初から言うな」


 そんな風に軽口の応酬をして、気が付くと先ほど戦った場所まで来ていた。

 周囲に生き物の気配はないね。男の言を聞いて、濃密な血臭の中、隠れようもない巨大な獣の体に向かって足を進める。

 魔獣に最後放った魔法は呪刻塵心(カースド・ハート)───闇属性の中でも殺傷能力の高い魔法だ。触れている対象の心臓を千々に引き裂くというもので、本来は体の外にまで破裂することはない暗殺者ご用達と言われている魔法。

 ただ今回は調整の余裕がなく、加えて上に向かって発動したせいで周囲は血と臓物の詰まった袋を叩きつけたような酷い有様だった。

 後ろにいる男であれば完璧に施行したかもと思うと少しばかり恥ずかしい。とっとと消してしまおうと魔法で炎を呼び起こして───ふと違和感を覚えた。


「あれ、どうしたの?僕がやろうか?」

「…何かおかしい」

「えっ?待って待って、間違いなく死んで──」

「死んではいる。でもなにか、…腹のあたり…」


 話している間にも疑問は確信に変わっていく。

 何かがおかしい。既に生命反応はなく、残り火のように魔素はかすかに纏っているがそれも少しづつ消えている様子。魔力を持つものが死ぬ時の現象とそう変わりないはずだが。


(消えかけとはいえ魔素の量が少なすぎるか?…いや、一部切り取られたような…?)


 胸元の風穴ではない。その下の空間をまるで塗りつぶしたような、もしくは空白のような。何かを隠しているような──。


(…まさか!)


 腰元の短剣を取り出す。同じ答えに行き着いたのか、後ろの男は何も言わなかった。

 腹を横に一線、臓物と共に一思いに掻っ捌くと、右腕をそこに差し込んだ。

 そうしてやはり、推測は正しかったのだと知れる。


「ああ…そうか。そうだったんだね」

「……」


 臓器に──子宮に物理的な裂け目ができたことで、幾重にも取り囲まれた厳重な防御結界や隠蔽魔法が消えていく。

 それに代わって観測されたのは魔力の輝き。やわらかくあかい、生命の揺らぎであった。


「…ク、…キュ…」

「…鳴いた…」

「鳴いたねえ。この子の産声だ」


 押し出されるようにまろびでて、外気に触れたことで覚醒したのだろう。空耳かと思う程にか細い鳴き声をあげたその赤子は、幾度も鳴いては四肢を動かして懸命に親を探しているようだった。


「キュー…」

「…いないよ、もうこの世には」

「…クゥ…」


 自分で未来を拓くことのできない無力な存在。ほんの体温でたちまちに消え失せる、淡雪のような命。


(私も、こうだったのだろうか?)


 それは不意に、過去の自分と重なった。森の近く、布切れ一枚もかけられずに打ち捨てられていたという自分。母に拾われずにいればきっと、すぐ鳥や獣の餌になっていたことだろう。

 ただ、運良く彼女たちの目に留まっただけだ。しかしそれのなんと幸いだったことか───。


「…私と来るか」


 気が付けばそう問いかけていた。頼りなげに、必死に声を上げる獣の額を拭ってやると、そのまま左の手をかざして己の魂の回路を開く。


「生きることはさせてやれる。仇である私の手がとれるなら…受け入れるといい」


浮かび上がった契約印は、程なくして獣の額に吸い込まれるように消えていった。



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