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森にて2

 


 そうして走って、走って、走って。何かがおかしいと気づいたのは、見覚えのある倒木を3度目にした時だった。あの男に後を任せて駆け出してからそれなりに時間は経っているはずだが、そう奥まで入っていないはずの森を抜けることができない。2度目に視界の右側を流れたときは思い違いの可能性も考えたが、その時付けた短剣での切り傷がそっくりそのまま幹に刻まれていれば疑いようもない。


(魔術的な干渉を受けているな…)


 こちらの認識が阻害されただけなのか、それとも空間自体を捻じ曲げられているのか。息を整えながら考え、恐らくは後者であると推測する。

 ここに至るまで幻覚作用を持つような草木、生物は見当たらなかったし、精神に影響を与える魔法というものは対象から一定の距離を離れると効果が消えるのがセオリーだ。最後の方はともかく、全速力に近い速度で走っていた自分に一切の気配を悟られず並走するのは不可能だろうと判断した。


(正体も目的も不明だが…さて)


 空間そのものに干渉する魔術は、知る限りどれも難度の高いものだ。解除には術者を直接叩く以外方法はなく、油断は一切できない。

 そう危険ではないと教えられた森で、どうしてこんなことになったのか。使役獣を得るという目的をかけら達成できないまま日も落ちそうで嫌になる。

 空の色より暗い木々の陰を見まわして、ため息をつこうとして───あるものを視界に捉え、動きを止めた。


(探す手間が省けたのは、よかったけどね…)


 見えたのはあかい瞳。周囲を漂う血のような色をした瘴気。先ほどと同じ種類の魔獣のようだが、より巨大でより強い魔力を纏っている。動きも堂々たるもので、多少体を低くしてはいるが踏みしめる草や土の音に遠慮は感じられなかった。

 寧ろ主張しているのかもしれない。ざっ、ざっ、と続くその足音は、静まり切った森を支配するかのように断続的に耳に届き。

 そのうち、こちらの間合いに入る直前で歩みを止めた。


「…森を塞いだのはお前か?」

「ああ。そうだ」

「!…そう、か」


 可能性としては考えていた。確かめようと放った言葉への返答で謎は解けたが、代わりにじわりと汗がにじむ。

 間違いなく先ほどの個体より強い。空間を捻じ曲げる何らかの魔法を長時間使用したにも関わらず、疲労の色が全く窺えない。その上はっきりとした応えから知能もかなり高いことが窺える。汗が一筋、頬を伝って地面に吸い込まれた。


「くそ、厄日だな」

「貴様自身が招いたことだ」

「…何?」

「自覚などなかろう。人が、この地に住まうものどもが稲妻に怒らぬのと同じこと」

「なんの話──」

「嘆いても始まらず、繋がる可能性があるならと選んだ。望んだことでは無かったが詮無きこと。…さあ、構えよ」

「おい、話を──」

「私は告げたぞ。十分な時間もくれてやった。では───参る」

「っ!」


 告げられた直後、瞬発的に高まる魔力の気配にベルは大きく跳び下がった。しかしそれは読まれていたのか、魔獣は流れるように反応すると瞬きの間に距離を詰めてくる。告げられた言葉を問いただす余裕はない。


(速い…!)


 魔獣は次いだ一蹴りで間合いに入り、勢いを保ったままこちらに牙をむく。咄嗟に横に逃れて炎魔法を二度放つが、どちらも難なく躱された。

しかしそれらは想定内のこと。

 当たらなかったのは残念だが、距離をとれればこちらとしては成功だ。


聖隕石(ホーリー・メテオ)!」

「!」


 片手を天に掲げ、少し前から詠唱していた魔法を発動する。

 聖隕石(ホーリー・メテオ)。その名に冠する通り聖に類する魔法であり、属性以外は通常の隕石(メテオ)とそう変わりない。落ちてくるのは一度きりだがかなりの破壊力を持ち、範囲も広いため避けられないだろうと踏んだのだが正解だった。

 とはいえこの程度では倒れないだろう。威力は高いが魔力の消費が激しいし、次は通用しないという体で動かなくては。そう考えながら巻き上がる砂塵を睨んでいると───突如、中から何かが飛び出してきた。


「甘い…!」

「なっ!?」


 何か、とは勿論あの魔獣であるのだが。


(ど…ういうことだ?、間違いなく隕石は当たったのに…!)


 ビュッと血が飛んで草花を染める。右腕を見遣り骨までは達していないことを確認すると、出血を止める簡単な治癒魔法を施して小さく息を吐いた。

 冷静に、冷静に。続く魔獣の猛撃を紙一重で避けながら、しかし目まぐるしく思考を巡らせる。

 詠唱が失敗したという感触はなく、当たったところもこの目で捉えた。けれど全くダメージを受けておらず、治癒魔法の痕跡も見当たらないというのが現在発動している魔力感知の結果である。

 このことから導き出される答えは二通りあるのだが、どちらを試そうにも隙が見当たらない。距離を、時間を与えれば不利だと判じたのだろう魔獣は続けざまに攻撃を仕掛け途切れさせることがなかった。

 なにか、どうにかして一度でも不意を突ければ。その糸口をどう掴もうか思案しているときだった。


「───風撃(ウィンド・ショット)!」

「!」


 突如鋭い音を立て、側面から風魔法が迫ってきたのだ。

 最低限の動きでそれを避け、ちらりと見れば森の奥で別れた男が杖を構えて立っている。

 どうやら先ほどの相手は倒してきたようだ。衣類は所々破れているが、本人はそう疲弊していない様子が遠目にも感じ取れる。

 自分のせいで死なれるのは流石に目覚めが悪い。だからよかったと、ほんの少し意識を外したその瞬間。


「勝機!」

「ぐっ…!」


 猛烈な勢いの突進を食らって体が宙を舞う。

 風撃を避けたと思われた動きは助走をつけるためであり、決してたくましいとはいえない体ではひとたまりもない。

吹き飛んだ先の一本の木に、背中から全身を打ち付けた。


「か、は…っ」

「ああ!そんな…!」


 血を吐き、どたりと倒れ込むベルを目にした男の悲痛な叫びが辺りに響いた。だが魔獣はそれに気取られることはなくその喉元に爪を当てる。まるで親の仇を相手にするような執念さすら感じる動きだ。

ひゅ、と頼りなげな呼吸に歪んだその表情の示すところは分からない。


「恨みはない。憎しみもない。知らずにいたなら好ましくさえ、あったろう」

「……」

「…天命であったのだ」


 許せ。魔獣はそう呟くと、抑えつける左手に力を籠めようとして───その瞬間。


呪刻塵心(カースド・ハート)


 魔法の発動、次いで自身の胸に大きな風穴があいたことを本能的に理解する。


(…どうか、慈悲を…)


 小さな体を見下ろして告げる。それが音になっていないと気づくことはないまま、常闇が訪れた。




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