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偽りの島  作者: 刑部笑月
9/15

8.友の痕跡

(1)

 他のグループと連絡の取れない石川親子は、仕方なく荷物のある古坂に戻ってきた。

「パパ、ドッペルゲンガーって何なの?」

「昔話や伝承で、自分と同じ姿の者を、自分や他人が見たという話がある。その時に見た『自分』をドッペルゲンガーと言うんだ。それにちなんで、ここで研究していた連中は、他人の姿や特徴を複写できる生命体をドッペルゲンガーと名付けたようだ」

「何でそんなものを作ろうとしたの?」

「昔ベトナム戦争というのがあってね、その時アメリカ軍が生物兵器としてドッペルゲンガーを使おうとしたようだが、完成する前にアメリカが戦争から撤退したんだ。その結果、アメリカ軍はドッペルゲンガーを必要としなくなったみたいなんだ」

「それで、どうしてドッペルゲンガーが反乱を起こしたの?」

「必要なくなったドッペルゲンガーを研究者が処分しようとしたら、反撃されたということだ」

「勝手な人達ね・・」


 二人は荷物を置いた家に着くと、一息ついた。横になろうとする優美に彰は言った。

「万が一を考えて、民家ではなく、崖際にある防空壕の中に泊まろう」

「どうして?」

 優美は明らかに不安な表情を見せる。

「万が一ドッペルゲンガーがいるとすれば、すでに我々が島に入ったことを知っているだろう。そして我々を捜すとすれば、まず民家を探すだろう。寝ている間に襲われたら、ひとたまりもない」

「・・いると思う?」

 荷物を持った彰は振り返らずに言った。

「分からない。しかし、無事に帰ることを考えれば、万が一にも備える必要があるんだ」

 二人は雑草や雑木で荒れた段々畑の脇の路を下りて、集落の端を通る主道に出た。そのとき、長狭方面から誰かが近づいてきた。二人は足を止めて警戒する。しかし、薄暮の霧の中から現れた人物を見て、優美が嬉しそうに叫んだ。

「孝ちゃん!」

 それは中尾と共に長狭に行ったはずの安田だった。

 安田に向かって走り出そうとした優美を彰が押さえる。そして彰は安田に笑顔を見せると、笑顔で問うた。

「コウヘイ君、ケンカは収まったのかい?」

 安田は笑顔で答えた。

「ええ、もう問題ありませんよ」

 その答えを聞いた瞬間、彰は安田にカメラを思い切り投げつけた。安田はカメラを右目に受けて、たまらず顔を押さえてうずくまる。彰は側に落ちている石を拾うと、思い切り安田の頭を殴った。安田は鼻や口から出血して倒れ、そのまま動かなくなった。そして二人が見ている前で、その姿を変えていった。

「これがドッペルゲンガーの正体か・・」

 それを見た優美は、声もなく震えている。彰は、その優美を引っ張るようにその場を離れ、荒れ畑の藪の中に入ると、トランシーバを取り出した。

「孝ちゃん・・」

 涙を流しながらつぶやいている優美を見た彰は、優美の肩を掴むと、力強く言った。

「しっかりしろ。安田君が死んだとは限らないんだぞ」

「でも・・」

「彼は要領のいい男だ。相手が不審な動きをしたら、見逃さないし、とっさに襲われても何とか逃げるさ。それよりも、我々が同士討ちをしないようにすることが肝心だ。相手が本物かを確かめる方法を考えるんだ」

「それでさっき・・」

「カマをかけるのも一つの方法だ。優美もメンバーのクセとかを思い出して、本物を見分ける方法をよく考えるんだ」

 そう言うと、彰は再びトランシーバを操作し始めた。


(2)

「分かりました。必ず戻ってきてください」

 役場の二階の一室で、中尾はトランシーバのスイッチを切ると、川村に向かって言った。

「石川さん達は、まだ進藤君達とは連絡取れていないそうだ。明日昼まで石川さん達が戻るのを待つが、戻ってこなかったら・・二人だけで舞泊に戻る」

「安田さんも行方不明なんて・・こちらも早く加藤を捜さないと!」

「駄目だ!もうすぐ日没だ。夜は夜目の利くドッペルゲンガーの方が有利だ。明るくなるまで加藤君を捜すのはやめた方が良い」

 中尾は『何故分からないんだ』と言わんばかりの表情で、激しく頭をかきながら早口で言う。川村はそれを見て、いらだち押さえきれずに怒鳴った。

「それならなおさら夜一人でいるときに襲われたら危険じゃないですか!」

「いいか、ただでさえこちらは相手が本物かどうか見分けがたいというハンデがあるのに、物理的に不利になる夜に人を捜すのは自殺行為だ」

「そんなことを聞いているんじゃない!加藤を見殺しにするのかを聞いているんです!」

 中尾は立ち上がった川村の方を見ようとせず、ソファーに腰を沈めて俯いたまま、つぶやくように言った。

「彼が明日まで無事なのを祈るしかない・・」

「アンタは怖いだけなんだ!自分が助かりたいだけなんだ!僕は一人でも捜す」

 そういうと、川村は走り出した。

「川村君!」

 中尾はあわてて玄関まで追ったが、すでに川村の姿は霧の薄暮の中に消えていた。

・・・

「加藤は絶対生きている。アイツは要領のいいやつなんだ。そう簡単にドッペルゲンガーなんかに殺されてたまるか」

 川村はどこをどう走ったのか、途中でポストのある辻を右に曲がった事以外は何も覚えていない。やがて目前に少し大きめの門が現れた。

「村立長狭小中学校・・そういえば、ここも役場と並んで重要探索ポイントだったっけ。役場にいないとすれば、ここにいるかも・・」

 校庭を横切りながら周りを見ると、ふと学校の敷地内には殆ど霧がないことに気付いた。常に流れるような霧に巻かれてきただけに、逆に違和感を感じる。校門の方を見ると、外から敷地内に霧が流れてくるのが見える。思わず川村は追ってくる霧から逃げるように校舎の中へと入っていった。外に誰かがいたら、川村が玄関の中に消えた刹那、中から濃い霧が流れ出るのが見えただろう・・


 すでに日は暮れているので、中は真っ暗だ。懐中電灯をつけると、外とは打って変わって霧が濃いことに初めて気づいた。役場を出たときの怒りや焦燥感はいつのまにか吹き飛んでしまった。しかしここまで来て捜索をやめるわけにもいかない・・

 正面にある職員室に入って辺りを調べていると、入って左側の部屋から床の軋む音が聞こえた。

『誰かいる!』

 その誰かが加藤の可能性もあるのだが、もはや川村の頭の中には、『誰か』がドッペルゲンガーであるとしか考えられない。川村は懐中電灯を消そうと思ったが、ドッペルゲンガーが夜目も利くことを思い出すと、武器になりそうなものを探し始めた。そのとき、聞き慣れた声が聞こえてきた。

「誰だ?」

 川村が声の主に懐中電灯を浴びせると、眩しそうな表情で手のひらで光を遮っている加藤の姿が浮かび上がった。

「加藤!」

「その声は洋平か?無事だったか?」

 お前こそ・・そう言おうとして、川村は踏みとどまった。ここはカマをかけてみよう。

「『加藤くん』こそ無事だったかい?」

 その瞬間、加藤の表情が変わった。

「お前もドッペルゲンガーか!」

 右手に持っていたバットを構え、警戒する。

「お前、本物の加藤なんだな。悪かった。お前がドッペルゲンガーかどうか調べるために、カマかけさせてもらったんだ」

・・・

「そうか、ここで僕の偽者に襲われたわけか・・それにしても、何で僕のことを本物だと思ったんだ?」

「カマかけ方が下手なんだよ。一瞬本気にしたけどな。ただ、最初に『加藤』って呼んだだろ?」

「なるほど、今度からはもっと気をつけないとな」

 川村はその後、加藤にドッペルゲンガーの特徴や、メンバーの現状について語って聞かせた。

「早くも行方不明になっているメンバーがいるのか・・こっちも十分武装しないと危険だな。お前手ぶらじゃないのか?」

「ああ、役場をあわてて飛び出してきたので、身に着けていた懐中電灯以外何も持ってきていないんだ」

「ここの体育倉庫に、バットや木刀とかあったぞ。それを取りにいこう」

 二人は校庭の一角にある体育倉庫に向かった。加藤が体育倉庫の前まで来たとき・・

「何だあれは・・校舎の裏側で、何かが倒れている」

 加藤の指摘を受けて川村が懐中電灯を向けると、確かに誰かが倒れている。

「俺はヤツの方を警戒しているから、早く倉庫内の武器になりそうなものを取ってきてくれ」

 川村は倉庫に入って急いで物色を始めた。バットよりも木刀の方が威力が高いか?これは一部が腐っているから駄目だ。それにしても、暗いな。懐中電灯があってもよく見えない・・

 その瞬間、長らく気づかなかった疑惑が急に湧き上がった。

『そういえば、加藤は懐中電灯もないのに、なぜ倒れている奴を見つけることが出来たんだ?それに、何で加藤は僕が話す前からドッペルゲンガーのことを知っていたんだろう・・』

 その時すでに、誰かが川村の背後に忍び寄ってきていた・・


(3)

 翌朝。今朝も長狭の霧は濃い。そんな朝の長狭を加藤が一人歩いている。

 加藤は役場に向かっているつもりだが、どうも先ほどから同じところをぐるぐる回っているような感じがしている。そのうち、朝濃かった霧が少し薄くなってきた。すると、今までとは異なる景色が見えるようになってきた。更に歩くと、見覚えのある大きな門が・・

「学校・・」

 昨日あったことを思い出すと、思わず後ずさる。

『そうだ、バットをここに置いてきたままだ。今、武器は何も持っていない』

 加藤は足を二度たたくと、思い切って門をくぐった。が、さすがに校舎に入る勇気はないので、校庭を迂回して校舎の裏手に回ろうとした。すると、体育倉庫が目に入ってきた。入り口は開いている。

「こっちにもバットあるかな・・」

 一人ごちると、加藤は体育倉庫に近寄った。だが、入り口の様子を見て顔を強ばらせた。床の上には、明らかに何かを引きずった跡が、しかもその跡には血が付いている。

「誰かが殺られたのか」

 そうであれば、怖いが今後のためにも確認しなければならない。引きずった跡を追跡していくと、校舎の裏手まで続いている。裏手に廻ると、昨日殺した化け物の死体がまだ残っていた。その辺りには、引きずった死体の肉や残骸が少量あるだけで、身元が分かりそうなものは何もない。

 加藤は化け物の死体の側に転がっていたバットを拾うと、辺りを見渡した。すると、少なくない血痕が理科室の窓の辺りに付着している。加藤は昨日の化け物の二の轍を踏まないよう、玄関から入って理科室へ来た。理科室に入る前に二つの入り口から中を伺って、誰もいないことを確認すると、中へと入った。

 昨日とは別の入り口から中へ入ると、入り口の右脇に相変わらず標本の骨が散乱している・・が、昨日とは明らかに様子が違う。骨の数が増えているし、中にはやや黒く変色した肉片が付いた血に汚れた骨が混在している。

「うあああ!」

 加藤は思わず逃げそうになったが、まだ誰の骨かは確認していない。加藤は骨の散乱している辺りを捜索してみるが、遺品などは見あたらない。それに頭蓋骨も1つしかない。これは標本のものだ・・

 目を上げると、血痕は棚で仕切った向こう側の区画にも延びている。加藤は唾を飲み込むと、勇気を振り絞ってもう一つの区画に向かった。

 血痕はあるところで消えていた。

 その近くの机の上には・・何もない。

 机の下は・・何もない。

 机を調べていた加藤は、立ち上がると後ろを振り返った。そこには棚があった。棚には見覚えのある腕時計が・・

「これは洋平の!」

 駆け寄って棚を開いた。すると、上から何かが落ちて、加藤の頭に当たって床に落ちた。後ろに飛び退いて『それ』を確認すると、どうやら箱のようだ・・が、箱の口から髪みたいなものがはみ出している。

「よう・・へ・い・・か・・?」

 半ば泣きそうな顔で加藤は箱を傾けた。中から出てきたのは・・目の辺りは、目蓋はないが、目が付いている。頭は頭皮に髪が付いているが、殆ど白骨となった頭蓋骨だった。

 加藤は泣きながらその場を走り去った。加藤には辛うじて分かったのだ。その髪型が生前の川村のそれであったことを・・

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