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偽りの島  作者: 刑部笑月
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7.正体

 古坂へ向かった3人が、霧の山道を進んでいく。

「まいったな、こんな濃霧になるとは・・」

「引き返したら?」

「ここまで来ると、古坂の方が近い。今から長い山道を戻るのは危険だ」

 優美は後ろに続いている安田を見てみた。さすがに少し堅い表情をしていたが、優美が振り向いたのを見ると、笑顔を見せる。

 そこへ、背後から人の足音が聞こえてきた。濃霧の中なのに、早いペースで接近してくる。一行が立ち止まって待っていると、中尾の姿が濃霧の中から現れた。

「どうしたんですか?中尾さん」

 彰が驚いて声をかけると、中尾は息を切るでもなく口を開いた。

「加藤君と川村君がケンカを始めてしまったのですが、私には止めることができないのです。誰か止めに来てくれませんか?」

「ケンカといったって、友達同士だし、すぐに収まるでしょう。それよりも、彼らと離れてしまった事の方が問題ですよ」

「でも、二人とも杭や棒を使って殴り合っているんですよ?」

「だったら尚更その場で体を張って止めて下さいよ!」

「とにかく、ここまで来てしまったからには、誰か僕と同道してください」

 彰は、あまりにも頼りない中尾をにらんだが、怒ってばかりもいられない。この濃霧の中、一人で山道を戻すわけにもいかない。そこへ、安田が仕方なさそうに笑いながら言った。

「石川さん、俺が連中のケンカ止めてきますよ」

「そうか・・安田君なら大丈夫だろう。すまないな」

「いいですって」

 こうして二人は霧の中へと消えていった。


 一時間後、石川親子はもやの中、旧日本軍の施設跡の前に来ていた。

 二人は予定より20分ほど遅れて古坂に着いた後、宿泊に適した家を見つけて、その一室に殆どの装備品を置いた。その後、カメラや雨具などを持って、古坂のさらに奥にある桂ヶ谷という所にあったという旧日本軍の施設跡を目指していたのだ。

 施設は山側にコンクリートで出来た平屋の建物、海側は広いグラウンドのような場所で構成されているようだが、建物の崖側は半分土砂に埋もれており、グラウンドも雑草に覆われている。グラウンドの向うは切り立った崖で下は海が渦巻いている。建物は入り口や門が土砂に埋もれており、中には窓から入るしかない。

 彰は海側にある窓から中に入ると、部屋を見渡してみた。土砂崩れの時の影響か、棚などは倒れて、中にあった資料などは散乱して泥で汚れている。彰はそれらの中の一枚を拾って読んでみた。

「タイトルは・・汚れすぎて読めないな。T.Masuda, S.Okada・・このレポートを書いた人物の名前か・・」

 英語で書かれた何かのレポートのようだが、殆ど汚れで読めない。しかし、日付を見て驚いた。

「Jan 1973・・」

 他のレポートも読んでみたが、日付が解読できるものは、いずれも1970年から73年にかけてのものだった。

「なぜ旧日本軍の施設に1970代の資料が・・」

 彰は判読出来そうなレポートを探してみたが、その他にこの部屋にあった資料、というか紙片で唯一解読できたのは『検体31号は隠密行動に特に優れ・・』というものだけだった。

「検体31号?何かの実験をやっていたのか?」

 扉から廊下へ出てみるが、廊下自体、殆ど土砂に埋まってしまっている。廊下からの探索をあきらめ、別の部屋を探索しようとしたところ、優美が裏手から呼んでいるのが聞こえてきた。声のした方に行ってみると、屋外に地下へ降りる階段があるのが見える。優美の声はその中から聞こえてくる。

 階段を下りてみると、辺りの壁は地上の建物が半壊しているのに比べ、しっかりしている。扉の前で優美が待っていた。

「この扉、こちらからかんぬきがかかっているんだけど、堅くて抜けないの。何とかならないかしら」

 彰がやってみると、かんぬきは外れた。その扉の向こうは部屋になっており、左には立派な机が、正面には長机が3つ並んでおり、奥には本棚が、右には手前に歪んだ扉がある。扉からは土砂が少しこぼれている。

「優美、ここは危ないから、上にあがっていなさい」

「パパは?」

「ここの書類をちょっと見たらすぐ上がる」

 彰は優美が上に上がったのを確認すると、本棚に近づいた。

「うおっ!」

 何気なく左の机を見ると、机の下にミイラ化した死体が転がっているのが見えた。恐る恐る近づいて見る。30~40代の男のようで、白い服を着ており、致命傷になるような外傷は見あたらない。近くには古びたノートが落ちている。

 彰はそれを拾って開いてみた。

『・2月12日

 ついに奴らが反乱を起こした。奴らの処分計画が、奴らのうちの一匹の耳に入ったに違いない。だから研究に、このような方法を選択するのを反対したのだ。恐らくヤツらにもこの扉は破れまい。時間稼ぎしている間に、何とか脱出の方法を考えなければ。』

「このような方法って何だ?」

 次のページをめくってみた。

『・2月13日

 この扉を閉めてからまる1日。どうやらヤツらにはこの扉を開けることはできないようだ。しかし、私自身ここから、いや、この島からどうやって脱出すればいいのだ?』

『・2月14日

 私はヤツらの目をかすめて港まで逃げられるだろうか?いや、検体31号のように、狡猾なヤツが、私を無事舞泊まで行かせてくれるわけがない。例え舞泊まで逃げたとしても、誰が助けてくれるというのだ?島には我々に憎悪を燃やしているヤツらで一杯なのだ。』

「また検体31号か・・」

『・2月15日

 食料がなくなった。何でこんな事になってしまったのだ?・・そう、我々はアメリカのエゴの犠牲というわけだ。先月27日にパリ協定が結ばれ、米軍がベトナムから手を引き、しかも我々の研究がマスコミにかぎつけられた途端に、我々も研究もご用済み。撤退費用のみで資金打ち切りだ。今更人道上の問題とか持ち出してきやがって。しかし誰がアメリカに逆らえる?全員口封じをされるのが関の山だ・・』

「米軍?ベトナム?パリ協定は・・1973年か」

『・2月21日

 何も口に入れなくなってから6日が過ぎた。さすがに衰弱が激しい。皆はすでに死んだのか?私ももうすぐ・・。唯一ドッペルゲンガーに殺されなかった者として・・』

 ノートはここで終わっていた。

「ドッペルゲンガー・・そんなものが本当に存在するというのか?」

 彰は手早く本棚の書類を調べ始めた。しかし、部屋内の空気が外に漏れて減圧したせいか、右の扉から不気味な軋み音が聞こえ始め、しかもそれは段々大きくなってきた。彰は2つの書類を掴むと、急いで外に出た。その少し後に地下室で『ズズン』と大きな音が聞こえ、出口の扉の辺りまでが土砂で埋まった。

「パパ、大丈夫だった?」

「ああ」

「その書類は何?」

「『ある研究』の要求仕様書と報告書のようだな」

「『ある研究』って?」

 彰は黙って書類を開いた。


『○要求仕様書

~背景~

 アメリカはテト攻勢の際にベトコンに壊滅的な打撃を与えたものの、アメリカ大使館を襲撃され、それが世界的に報道されるなど、国際的な立場を悪化させるに至った。そのような中、米軍は北ベトナム政府とベトコンとの連絡を遮断し、また政治・軍事の要人を暗殺したり、良質の敵側の情報を得るための方策として戦前に古賀博士らが研究していた『複写人間』に目をつけた。

 米軍は敵地に深く潜入し、要人の暗殺・機密情報の入手などを行うには、味方側の人間が変装し潜入したり、現地人を協力者に仕立てるよりも、敵側の人間そのものに変化することができれば、最も効果的であると考えたのである。

 戦時中、旧日本陸軍中島中将は、同じような考えを元に、『生物複写論』を書いた古賀博士らに『複写人間』の研究を行わせていた。

~目的~

 我々、故古賀博士門下のスタッフに科せられたのは、外見上・言葉・仕草・癖などを完全に複写し、かつ完全に所有者の命令に従う、いわば『人間兵器』の作成である。

 知能・運動能力は、人間と同程度かそれ以上を要求される。』


 持ち出せたのはこの部分だけだった。続いて報告書を開く。


『○報告書

~現段階での成果~

 標準的な検体は、着衣や装飾品まで含め、外見的な複写は即座に成功し、言葉なども比較的速やかに覚えるものの、仕草・癖などを身につけるには少し時間が必要である。

 また、運動能力はまだ人間と同程度というには筋力等をはじめとして十分とは言えない。しかし地形の読みとり能力などには長けているため、普通の人間より、悪路の移動などには長けている。

 また、彼らはテレパシー能力を有しており、ある一体が得た情報は、瞬時に他の検体に伝達されるようである。これは情報収集を行うに当たり、非常に有効である。

 知能は元々の検体による個人差によるものが大きい。多くの検体の頭の中は、自分を複写人間にした人間への怒り・普通の人間への羨望と憎悪だけに染まっているため、行動も比較的単純で、それゆえに複写後にもボロを出して見破られることが多いのだが、中には速やかに複写相手の仕草・癖を身につけ、騙す相手との会話もそつなくこなし、一週間の間、一部の研究員を完全に騙してしまったほど高い知能を持った者もいる。この検体は本能がもつ怒りや憎悪を押さえる方法を十分に身につけているものと見られる。

 最大の欠点は、複写人間のいずれもが、こちらの言うことに従わせるには、制約がついてしまうということである。

 複写人間は基本的に通常の人間より身体能力が低いので、こちらが十分な監視を行い物理的に十分抑圧できる状況にあれば、一見従順に従うが、物理的にこちらが弱いと判断すると、すぐに反抗的になる。

 複写人間が複写を行うに当たっては、過大な精神力を必要とし、その精神力を引き出すために『怒り』を利用するしかなかったのだが、これがそもそもの間違いであった。

 今後の最大の課題は、過大な精神力を引き出すのに『怒り』以外のものを適用するか、『怒り』の矛先を制御する方法を見つける必要があることである。』


 青ざめた顔をした彰を見た優美は不安そうに聞いてきた。

「・・つまり、どういうこと?」

「少なくとも40年ほど前に、この島で他人になりすますことの出来る新しい『生命体』を作る研究をしていたということだ」

「え!それって出来ちゃったの?」

「地下で読んだ日記によると、その生命体、ドッペルゲンガーというんだけど、それらが反乱を起こして、研究者達を襲ったようだ」

「じゃあそいつらが今でもいるかもしれないの?」

「あわてるな優美!」

 彰は不安で浮き足立つ優美をしかりつけた。優美は、はっとして彰を見た。彰の顔は、いつもの顔色に戻っている。

「パパに任せろ。必ず無事に家に帰れるさ」

 そう言って笑顔を見せる彰を見て、優美の動揺は収まった。しかし彰の心中の動揺は、より激しくなっていた。

「とりあえずみんなに連絡を取ろう」

 彰はトランシーバで中尾に連絡を取ろうとしたが、繋がる様子がない。進藤にも連絡が取れない。一生懸命二人と連絡を取ろうとする彰の上空には、そんな彼の努力をあざ笑うかのように霧が渦巻いていた。

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