6.選択
「フフックックック・・」
川村が一人笑いを漏らしながら、集落を当て所もなく歩いていると、また見覚えのあるものが見えてきた。それは3人がはぐれた辻にあった赤ポストだった。この辻を見失ってから数時間、川村は悪夢のような時間を過ごしてきた。それが、辻のポストを見つけたことで、急に現実に戻ることが出来たような気がしてきた。
「ウオ~」
川村はこみ上げてきた感情によって叫び声を上げると、ポストに向かって走り始めた・・
中尾は心身の疲労で、手に持った雨戸のつっかえ棒で体を支えても、歩くのも億劫になっていた。頭の中は、2時間ほど前に起こった『事件』で、一杯だった。
『あの化け物は何だったのだ?ヤツは最初は川村君の姿をしていたが、あの死骸の姿は・・何かに化ける能力を持った化け物だということか?それにしても危なかった。間一髪ヤツの攻撃をかわしていなかったら、骸を晒しているのは僕の方だった・・』
中尾がふらつきながら路を歩いていると、前方から叫び声が聞こえてきた。中尾は咄嗟に右側の家の物置の脇に身を隠すと、頭だけを出して前方を見てみた。声は直接こちらに向かってくる様子ではないようだ。目をこらすと、今来た路が前方で別の路にぶつかっているのが分かる。声はその路の左から聞こえて、段々遠ざかっていくようだ。
中尾は足音を殺しながらその路へと近づいていった。ところが、中尾が横切る路に達する前に、声がした方向から驚きの叫びがあがるのを聞いた。そして、何か言い合っていたが、すぐに何かを叩く音や、鈍い音が聞こえてきた。
中尾が角から頭だけを出してみると、少し先で、二人の人間らしき者が争っているのが分かる。
「僕になんか化けやがって!お前もヤツらの仲間か!」
「この偽物め!」
『化ける・・偽物・・そうか、どうやら少なくともどちらかは、さっき遭遇した化け物の仲間のようだ。もう一方は本物だろうか?声からすると、川村君のようだ』
二人が互いに目の前の相手に集中している様子を見て、中尾は静かに二人に近づいた。やがて二人の姿がはっきりと見えてきた。やはり川村だった。一人は右手を血に染めている。
「中尾さん!」
二人はこちらの姿に気付くと、こっちを向いて異口同音に叫んだ。
中尾は深い焦りを感じていた。本物を殺したら人殺しになってしまう。いやそれよりも偽物を助けたら自分が殺される。それとも・・二人とも偽物で、このケンカは自分を騙すための罠か?
中尾が強ばった表情で固まっているのを見た『川村』が口々に言葉を投げてくる。
「早く助けてくださいよ」
「僕を疑っているんですか?」
「アイツは偽物です。早く殺さないと大変なことになりますよ?」
「何やってるんですか!仲間でしょ?」
中尾は二人から口々に責め立てられ、目をいっぱいに見開き、頭を激しくかき始めた。
『何でこんな役割が僕に回ってくるんだ!』
子供の頃から誰かが決めてきたことをやってきた。そのせいだろう、自分で何かを決めるのが苦手だった。今度の事だって、長狭グループを任せられたのは本意ではなかった。それでも、事前に計画して決められる事が殆どだったし、間違った決断をしても、そう問題になるようなことはなかった。でも今度は、自分と他人の命がかかっている。
『どうしてこんな状況になったんだ!好きでこんな立場になったんじゃないぞ!』
「うるさい!少しはこっちの身にもなってみろ!」
いきなり頭をかくのをやめると、中尾は普段出さないような大声で叫び、肩で息をしなから、二人を睨んだ。
二人はしばらく呆然としていたが、やがて右手を血に染めた方は、肩を落として頭を右に傾け、もう一人は失望の表情をうかべた。
中尾は二人の様子を見て一瞬、はっとしたが、間髪を入れずに右手が『きれいな』方の川村の体に、つっかえ棒で突きを入れた。不意打ちを受けた『川村』は、たまらず体を後ろの壁にぶつけると、前にのめって倒れた。そこに右手の汚れた川村が近くに落ちていた石で倒れている『川村』の頭にとどめを刺した。倒れた『川村』の体が変化する。
右手の汚れた川村は一息つくと、青ざめた顔に笑顔を中尾に向けた。
「助かりましたよ、中尾さん。それにしても、何で僕が本物だって分かったんです?」
「君は時々、頭を右に傾けるクセがあるよね。僕が怒鳴ったとき、君が頭を右に傾けたのを見て、キミのほうだけ、時々同じ仕草をしていたのを思い出したのさ。ところでその右手は・・」
川村は顔を歪ませた。
「僕は加藤の偽物に襲われて・・」
それだけ言うと、涙を流し始めた。『人間』に再会できたことで安心したのだろう。中尾も瞼が熱くなるのを感じたが、『化け物』が複数いる様子に思いを致すと、川村を伴って、とりあえず安全な場所を求めて移動することにした。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
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