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偽りの島  作者: 刑部笑月
6/15

5.疑惑

(1)

 川村は加藤の姿を、カーブや辻で見失いかけながらも追いかけていたが、いつの間にか霧が出てきてついに見失ってしまっていた。

「どうしよう・・」

 とりあえず元いた場所に戻ろうとするが、今までどう路を来たかすら分からない。

「カトウ~カトウ~」

 声の限り叫んでみるが、声は霧に吸い込まれるばかりだ。やがて潮の香りが強くなってきた。それに比例して、霧もベタついてくる感じがする。普通ならば何でもない生臭い潮の香りも、不安の中にいると、死臭のようにも思えてくる。

 不意にT字路に出た。正面には何も見えないが波の音が聞こえる。横切る路の反対側に行こうとして、途中で足を止めた。海側は、高さが分からないものの段差になっており、迂闊に進んだら足を踏み外すところだった。霧は段差の下からはい上がってくるように流れてくる。海に気味悪さを感じて戻ろうとしたとき、誰かが左側から走って近づいてくる。

「川村君か?」

 加藤の声だ!

「そうだよ、俺だよ!」

 やがて霧の中から姿を表したのは、まぎれもなく加藤だった。

「加藤・・よかった」

 まさに地獄に仏だ。

「見つかって良かった。こっちで中尾さんが待っている。合流しよう」

 加藤は、現れた方向に川村を誘う。やがて右手に下り階段が見えた。浜に降りるための階段のようだ。階段を這うように生臭い霧が上がってくるのが見える。

「中尾さんは浜にいるのか?」

「そうだ」

 海に対して気味悪さを感じている川村は、良い気持ちがしなかったが、浜に中尾がいるというのでは仕方がない。どちらかというと苦手な人だが、今は少しでも多人数になることを優先すべきだろう。だが川村は、ある事にも気味悪さを感じていた。

 -川村君-

 加藤は普段自分のことを『洋平』と呼ぶ。『川村君』などと呼んだのは、初めて会った頃ぐらいなものだ。最初にそう感じた違和感が、今では気味悪く感じてきている。

 赤錆びた手すりのある階段を下りると、砂浜が広がっていた。

「中尾さんは?」

「こっちだ」

 加藤は海を左手に見るように、どんどん進む。海から風が吹き、川村の服がはためいた。川村ははためく服を押さえつつ加藤を見て愕然とした。何と、加藤の服は微動だにしない。

 川村の顔色が変わった。そして加藤に対する疑念が、これによって確定した。

『服が風にはためかないのを見ると幽霊か?』

 川村は砂の上に足跡があるか確認しようと視線を砂の上に移した。

 !!

 足跡は確かにあった。しかしそれは靴によるものではなく、素足によるものだ!

 いつの間にか立ち止まった川村に、疑念を抱いた『加藤』は振り向いた。振り向いたのにあわせて、霧が『加藤』の頭を中心に流れたのが見えた。

「どうした?川村君」

「いや、ちょっと疲れてね」

 咄嗟にごまかしたが、声が震えてしまっている。

 こちらが疑念を抱いたことに気付いたのか、ヤツは突然襲ってきた。あまりの恐怖に、現実と虚ろの境目がはっきりしない感覚になる。その隙をついて、ヤツは首を絞めに来た。

 倒れ込んだショックでようやく我に返ると、咄嗟に膝をヤツの股間に打ち付けた。ヤツはたまらず股間を押さえて悶絶している。

 ふと近くに手頃な大きさの石があるのに気づき、それを手に取ると、それで相手の頭を思い切り殴った。『ゴッ』っという音と、何かが陥没する感覚、そして手に降りかかる血と脳漿。視界の霧が赤く染まったように見える・・

 ヤツは声もなく倒れて動かなくなった。

「ハァッハァッハァッハァッ」

 川村は、自分の息切る声と、波の音も耳に入らず、ただ呆然と自分が殺した『加藤』を見ていた。ところが、やがて『加藤』の姿は、言うなれば『筋肉をむき出しにした人間』といった姿に変化した。そしてその死体から血で出来た霧が発生し、川村に向かってくるように感じられた。

「うわァァ~」

 その不気味な姿を見た川村は、その場からあわてて離れると、階段を登り、今来た路をひたすら戻るように走った。

 しかし、霧は相変わらず濃く、現在位置がつかめない。しばらくすると、見覚えのある階段が見えてきた。それは・・化け物に襲われた浜へと降りる階段だった。

「ひぃああああ!」

 今度は今まで来た路をひたすら戻った。しかし10分も走ると、前方に同じ階段が見えてきた。しかも、逆に逃げたはずなのに、先ほどと同じ方向から階段に近づいている。

 川村は立ち止まって階段を見ていたが、その状況を理解すると、後ろに勢いよく飛びずさった。そしてそのまま地面に腰を打ち付けると、痛さも忘れて呆然と階段を見ていたが、やがて・・

「フハ・・フハハハハハ」

 川村は、どうあがいても浜から逃げられないことに対して、強烈な諦観が体の中を突き抜けるのを感じ、笑いが止まらなくなった。

 それは、『絶望』と呼ばれる感情だった・・


(2)

 加藤はひたすら人影を追っていたが、いつの間にか霧が出てきて見失ってしまっていた。未開の土地で視界が悪くなり、急に不安になっていたところで、後ろの霧の中から誰かが近づいてきた。

 加藤は一瞬身構えかけたが、相手の姿がはっきりしたら警戒を解いた。

「洋平、来たのか・・」

 加藤が息を切りながら聞くと、川村はうなづいて右の方を指さして言った。

「さっきのヤツが、こっちへ行くのを見たよ」

「そうか。一緒に行こう」

 川村は加藤を先導する形で路を進むと、目前に少し大きめの門が現れた。門にはプレートがかかっており、「村立長狭小中学校」と書いてある。校舎は霧の向こうにうっすらと影があるので分かるものの、校庭の広さは霧によって視界を阻まれ、分からない。

 さすがに加藤も気味が悪くなり、学校の中に入る勇気がない。しかし川村は特に恐怖を覚える様子もなく、うっすらと影がある方向を指さして言った。

「人影があっちに行ったのが見えた。行こう」

『洋平のヤツ、どっちかっていうと臆病なくせに、今はやたら落ち着いてやがる、何か変だな・・』

 学校の玄関を開けると、校舎の中に勢いよく霧が流れ込むのが見えた。すぐに校舎の中も霧で視界が悪くなる。

 中を入ると両側には下駄箱があり、横を廊下が横切り、正面には職員室がある。

「俺は右を探すから、加藤君は左を探してくれ」

 -加藤くん?-

 加藤が疑問を持つのに構わず、川村は右側へと向かっていった。

『コイツ、洋平じゃない・・さっき見えた頭は、ヤツの頭だったんじゃないか?俺をここに誘い込むために、わざと晒したんじゃ・・誘い込む?何のために?』

 そこまで推理した加藤は、背筋を寒くした。

『少なくとも、相手が俺に対して害意を持っている事は間違いない』

 武器は・・折りたたみ傘くらいしかない。これでは心細い。

 ヤツが職員室の隣の部屋に入ったのを見ると、加藤は足音をたてないように職員室に入り、ヤツが入った部屋の方へ行って、聞き耳を立てた。しかし、いつまでたっても音が聞こえない。試しに廊下に出て、ヤツが入った部屋を覗いてみると、誰もいる気配がない。用心深く見ると、教室の窓が一つ開いている。急いでその窓に近づくと、窓枠の埃が、そこだけすれている。ヤツはここから外に出たらしい。あわてた加藤は、武器を探し始めた。

 この部屋は教室だったらしく、机や椅子が部屋の隅に積み重ねられており、教卓が黒板の前に置いてある。用具入れを探したがモップも箒も何も入っていない。この部屋を出て、一つ奥の部屋に向かった。入り口には『理科室』とある。

 中に入ると部屋が大きな棚で二つに仕切られているような間取りになっており、窓側に通路があって、棚の向こう側の区画に行けるようになっている。棚の中には空の瓶がいくつかあるだけで、武器になりそうな化学薬品などはなかった。

 加藤は窓側から棚の向こう側の区画に行った。その途端・・

「ひぐっ!」

 妙な声を上げて加藤は後ろに飛び退いて、窓際に背中を押しつけた。加藤の目に飛び込んできたのは、廊下側の壁際に散乱する人骨だった。だがよく見ると、その人骨の側には、標本を立てかける柱が立っている。

「な、何だ・・標本かよ、脅かしやがって」

 何とか強がって笑みを浮かべてみたものの、さすがに口が引きつっている。そしてため息と共に腰を下ろした瞬間・・

 ガシャン!

 ちょうど頭上にある窓のガラスが割れて、加藤に降りかかる。

「うお!」

 横に飛び退いて窓を見ると、バットが外から突き入れられている。そしてすぐにバットが引っ込むと、窓が開く。開いた窓からは悪意を運ぶかのように濃い霧が、流れ込んでくる。そして霧と共にヤツの頭と手が見えてきた。

 今しかない!

 加藤は咄嗟に折りたたみ傘で、ヤツの頭をめがけて思い切り突いた。十分な手応えがあったわけではなかったが、それはヤツの耳の後ろの柔らかい部分に当たった。ヤツはたまらずのけぞった。上半身しか理科室に入っていなかったヤツは、そのまま外に姿を消した。

 窓枠に手をあてて下を見ると、ヤツが耳の辺りを押さえて、横転しながら呻いている。その側にはバットが転がっている。加藤はそこからすぐに外に出ると、バットを拾い、ヤツの体を所構わず思い切り叩いた。

『死ね!死ね!死ねェ!』

 一心不乱にバットで叩いていると、やがてヤツの姿が変化しはじめた。

「何だ?」

 やがて『ヤツ』の正体を見た加藤は、バットを捨てて、狂ったように霧の中へと走り去っていった・・


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