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偽りの島  作者: 刑部笑月
11/15

10.錯覚

(1)

「石川さん達、無事かなぁ・・」

「ぶ、無事に決まってるじゃない!あの人運動神経いいし、しっかりしてるし」

「みんな冬美さんみたいになってるんじゃ・・」

「やめてよ、そういうこと言うの!」

 進藤とあかりは雑貨屋の一階の一室で、身を寄せ合っている。

 今、彼らは、今朝あった石川からの指示に従い、石川達との合流まで、ここで身を隠している。だが、じっと待つときほど、色々な不安や妄想に苛まれるものだ。二人は昨夜の連絡で、ドッペルゲンガーのこと、安田や加藤が行方不明なことなどを聞いたとき、安田も加藤も、西田や冬美と同じ運命を辿ったと思いこんでいる。そんな不安な沈黙を振り払うようにあかりが明るく言った。

「私たち帰れるよね?」

「帰れるかなぁ・・」

「帰れるの!」

「そんなの分からないよ」

「そんな気持ちじゃ帰れるものも帰れなくなるわよ。ほら、食べて体力つけないと」

 そう言ってあかりはバックパックの中から、そのまま食べれそうな物を取りだした。さすがにこの状況下で炊事する気にはなれないらしい。こうして、二人は昨日の昼以来の食事を取った。

「なぁ、あかり・・」

「何?」

「頼みがあるんだけど・・」

 あかりは進藤がもじもじしながら言うのを、訝しげに見る。

「トイレに一緒に来てほしいんだ」

「ちょっと・・屋外ならともかく、屋内のトイレに一人で行けないわけ?」

「ちょっとでも離れるのがいやなんだよ」

「本当に情けないわね。いくらこんな状況でも、私だって一人で行けるわよ。ちょっとはしっかりしたところ見せてほしいわ」

 進藤もさすがにムッとした。

「分かったよ。僕がいない間にドッペルゲンガーに襲われても助けてやらないからな!」

 進藤は憤然と、いや、憤然としていると思い込みながら便所に向かった。これ以上醜態を見せないためにも、そう思い込むしかない。

 廊下の突き当たりにある便所は、和式で、左側の木造の外壁は大分腐食している。ギシギシいう床の上で踏ん張ってみるものの、不安のせいで、気持ちよく出てくれない。早く出ろと焦れば焦るほど、出ないという悪循環の中で、ふと遠くから廊下の軋む音が聞こえる。

『誰か来る!?』

 しかしその足音は遠ざかり、玄関の方へと去っていった。

『あかりか?でも、あかりが外に出るなんておかしい・・』

 急いで戻らなければと思ったときに限り、便意が蘇るものである。しかも、久しぶりの便所なので、一度出ると時間がかかる。進藤は、多少のきれの悪さを感じつつも、ある程度のところで妥協して、便所を出た。そして急いであかりのいた部屋に戻ると・・

 あかりの姿がない。

「あかり!」

 あわてて玄関を見てみると、あかりの靴がない。それどころか、自分の靴すらない。

 進藤は靴下のまま外に飛び出して辻の三方を見てみたが、人の姿はない。

「うお~!あーかーりー!」

 しかし、どこからも返事はなかった・・


「雑貨屋の方から叫び声が聞こえるわ」

「ドッペルゲンガーの叫び声だよ。危ないところだった」

「それにしても、今回は大活躍だったわね、イチロー」

 長狭方面に歩いている男女。それは、あかりと進藤だった。

「ドッペルゲンガーが僕に化けるところを偶然見かけたのは運が良かったよ。声を出さずに逃げろって言った意味が分かっただろう?」

 そこには、いつになく頼もしい進藤の笑顔があった・・


(2)

「あかり、どこへ行ったんだ・・」

 進藤は虫藻方面からの道を、港へと向かって歩いている。この二時間、舞泊だけでなく、虫藻まであかりを探してきたが、どこにも彼女の片鱗すら見受けられない。最悪の予想が、彼の頭をよぎる・・

『そんなことあるもんか!』

 この二年間、多少口うるさいことに腹を立てたことがあったものの、気が弱くて受け身の進藤にとって、物事を決める際にリードしてくれたり、よく世話を焼いてくれるあかりは、いいパートナーだった。今ではあかりなしの生活なんて考えられない。そんなあかりとの日々を思い出すと、最悪のことが頭をよぎるたびに、視界が滲んでくる・・

『あのときすぐに便所から出ていれば・・いや、便所なんかに行かなければ・・』

 進藤の心の中を、何度も後悔が涌いては出てくる。

 彼が港に大分近づいた時、港の方から、突然聞き慣れた声が聞こえてきた。

「死ね!」

『中尾さんの声だ!』

 進藤は港に向かって急いだ。そして目に入った光景を見て、彼は絶叫した。

「あかり!」

 桟橋の上で、小さいナイフを持ったあかりが、釘が刺さった棒を持った中尾に襲われている。それを見た進藤の中で、何かがはじけた。

「うおおおおー!」

 進藤は狂ったように中尾に突進すると、中尾に飛びかかった。不意を突かれた中尾は堪らず横転する。

「この化け物め、あかりを殺らせるか!」

 中尾は、自分を襲ったのが『進藤の姿をしている』のを確認すると、憎らしげに呻いた。

「この化け物め、仲間がいたか!」

 互いに棒を奪おうと、膠着していたが、やがて中尾が上になると、徐々に中尾が優勢になってきた。

『くそっ、ここで終わりか』

「ぎゃ!」

 突然中尾の上体が起きあがって、苦しみ始めた。あかりが後ろから中尾の背中をナイフで刺したのだ。

 進藤は棒を奪うと、中尾の頭を思い切り殴りつけた。中尾は、堪らず失神した。しかし、進藤は崩れ落ちた中尾の頭を何度も棒で殴った。

「イチロー、そいつもう死んでいるよ」

 その一言で我に返った進藤は、棒を落とすと、あかりをまじまじと見た。あかりは笑顔を見せているが、目からは涙が流れている。さすがのあかりも怖かったのだろう。

「イチロー、ありがとう。私を守ってくれたんだよね」

 その声を聞いた進藤の視界が曇った。

「あかり!」

 進藤はあかりをしっかり抱いた。あかりも抱き返した。


 足下に転がる中尾の死体のポケットから、血に汚れた小さなピンク色の手帳がはみ出していた・・


(3)

 50分程前、舞泊付近の山道・・

 中尾は蹌踉とした足取りで、長狭から舞泊への道を歩いている。

「早く進藤君達と合流しなきゃ、早く・・」

 今、彼の心の中を占めているのは、責任を全うできなかった自己嫌悪と、その失敗を取り戻そうとする焦りであった。学校で川村の死体を見つけ、加藤を見失ったことにより、彼は、このままでは石川に顔向けできないと考えるようになった。そのため、石川との約束通り長狭で石川を待つのではなく、舞泊グループを保護することで失敗を取り返そうと考えるに至った。冷静に考えれば、そんなことをしても失敗を取り返すことにならない上に、かえって混乱を招くことはすぐ分かるのだが、視野の狭くなった彼の頭では、そのような判断を下すことは出来なくなっていた。

 そろそろ舞泊かというところで、ふと生臭い臭いが流れてきた。その臭いは川村のところでも嗅いだ、あの臭いだ。川村の無惨な姿がフラッシュバックして足が固まる。しかし、誰の死体か、確認しないわけにはいかない・・

 舞泊方面から漂ってくる。歩を進めると、道が赤黒く染まっている所がある。

「誰が・・」

 中尾は、辺りに誰もいないのを確認すると、血の跡を追った。それは左手の雑木林の中へと続いている。

 左側は右側の急な崖と異なり、道より少し低いところでちょっとした台地を作っている。無惨な現場はすぐに見つかった。人の頭と足が見える。被害者は女性で、仰向けに倒れている。顔は向こう側を向いているため見えない。胴体の辺りは手前にある草のせいで、よく見えない。彼は草をどかしてみた。

「ウグッ!」

 死体の胴体には血に汚れた服が着せてあるものの、腹の辺りは明らかに膨らみが足りない、というよりも、服が直接地面にかかっている感じで、腹の辺りだけ、沈んでいるように見える。

「ウェ!」

 中尾は服を剥いだ時の様子を想像して、思わず嘔吐した。しかし、身の危険が常にあることを思い出すと、すぐに周りを確認し、改めて死体を確認した。死体は血では汚れているが特に変色しているわけではなく、比較的新しい感じだ。手足はかじられたような跡は見受けられない。顔を確認しようとしたが・・顔の辺りも血だらけなのを見て、やめた。しかし、この時すでに中尾には被害者の見当がついていた。服に見覚えがあったのだ。

 近くに持ち物が落ちていないか探してみると、血に汚れた小さなピンク色の手帳が落ちていた。拾ってみると、吉田あかりと進藤一郎が写ったプリクラが貼ってある。

「吉田さんか・・それじゃあ進藤君も・・でも、狩野さんや西田君は無事かもしれない」

 中尾は手帳をポケットに入れると、道を急いだ。


 舞泊の外れまで来ると、一気につづら折れの坂を下った。辻にある雑貨屋を覗いてみた。誰もいる気配はない。万が一を考え、土足のまま座敷に上がり、隣の部屋を見ると、菓子の袋や空のペットボトル、それに二人分の荷物が置いてある。荷物が残っている所を見ると、誰かが戻ってくる可能性はある。中尾は、ここで待つことにした。

 誰か来る間に、荷物の内容を確認しようとした矢先・・

 シャリ・・

 玄関前で、誰かが砂利を蹴る音が、かすかに聞こえた。中尾はゆっくりと立ち上がると、足音を忍ばせて庭に出て、玄関前を覗いてみた・・

 『それ』は人型をしているものの、最初は輪郭がはっきりしない姿をしていた。しかし、やがてその姿がはっきりしてくる。それは女性・・吉田あかりの姿になった。

『ドッペルゲンガーが死んだ吉田さんに化けた!』

 中尾は目に憎悪の光を宿すと、庭先に落ちている釘つきの棒を拾い、屋内に入ろうとするドッペルゲンガーに襲いかかった。

「キャッ」

 中尾の砂利の蹴る音に気付いたドッペルゲンガーは、悲鳴を上げると、中尾の攻撃を間一髪でかわした。そしてあわてて逃げ出した。

「待て!殺してやる」

 ドッペルゲンガーは、道ではなく、家と家の隙間を器用に逃げていく。中尾は所々つっかかりながらも、見失わずについていく。そして、ついに家が途切れ、先にあるのは桟橋だけとなった。逃げ場を失ったドッペルゲンガーは、桟橋の上で海を背に、こちらに向き直った。

 ドッペルゲンガーの手には小さなナイフがある。こんな獲物なら、絶対負けるわけがない。中尾は復讐の衝動がわき上がると共に、歪んだ笑みを浮かべながら、左手で髪を激しくかき始めた。

「よくも仲間を殺してくれたな、化け物め。お前ら一人残らず殺してやる。まずはお前からだ・・死ね!」

 中尾は棒を構えると、ドッペルゲンガーに突撃した。

 後ろから迫る影に気付かずに・・


(4)

 加藤は夢遊病者のように夕暮れの舞泊集落をふらついていた。頭には昨日から今日にかけてのシーンがフラッシュバックする。学校で会った化け物が、川村の姿から本来への姿へと変わっていくシーン。理科室の棚に眼鏡をかけた川村の頭蓋骨が、川村の遺品とともに置かれていたシーン。彰の『偽物』に出会ったシーン。そして、『本物』の彰を殺してしまったシーン・・

 彰の死体がいつまで経っても変化しないのを見て、自分が何をしたかを悟って以来、

『何故俺はもっとしっかり確かめなかったんだ』『化け物を殺しに行って、人殺しになってりゃ、世話無いな』

そんな自責と自嘲の言葉が何度もよぎる。

 ふと気付くと、雑貨屋の前に来ていた。

『誰でもいい、全てぶちまけたい』

 加藤は誘われるように中へと入った。最初の座敷の隣の部屋には、菓子の袋が散らかっており、人のいた気配がある。加藤は人を求め、二階へと上がっていった。あまり考えもせず、道なりに歩いていくと、正面に襖で区切られた部屋があった。襖を開けると、誰かが横になっている。それは、血に汚れた白いシャツを来た、西田だった。

「キョー!」

 加藤が驚きの声を上げると同時に、西田は起きあがり、近くに置いていた木刀を構えた。

「お前、本物だろうな?」

 西田の目には、濃い猜疑の光が宿っている。どうやら、加藤と同じように何度も騙されてきているらしい。

「その言葉は、俺も言いたい」

 そうは言いつつも、加藤は警戒の態勢を取らない。しかし西田の詰問は、さらに続く。

「俺のフルネームを言ってみろ!」

「西田恭一だろ?」

「大学と所属学部学科を言え!」

「陵西大学文学部英文学科」

「あとは・・そうだ、懸賞で当たったデジカメ持ってるか?」

 加藤は胸ポケットからデジカメを取り出すと、西田に見せた。西田はそれを確かめると、初めて安堵の表情を浮かべた。

「疑って悪かった。今度はお前の番だな。何でも聞いてくれ」

「そこまで知っているヤツが偽物なものかよ。だが一つ聞かせてくれ。その血はどうしたんだ?」

「冬美さんに化けた化け物と格闘した際についた。冬美さんは多分・・」

「そうか・・、こっちは洋平が殺られたよ」

 その言葉に、西田の表情は固まった。その固まった西田の顔から目をそらすと、加藤は自嘲気味の表情で、今までのことを話した。

 聞き終わった西田は、慰めるような表情をしながら言った。

「俺、あんま上手く言えないけど、彰さんの件は、仕方なかったと思うよ。こんな状況に置かれれば誰だって・・お前は運が悪かったんだよ」

 そう言うと、西田は加藤の肩に左手を置いた。加藤は一瞬間をおくと、西田の服の胸の辺りを掴み、その掴んだ手に顔を押し当てると、泣きじゃくり始めた。


 同時刻、二人がいる雑貨屋から1kmほど離れた虫藻岬。その崖下に木片みたいな物が散乱している。それは海水に洗われているが、紛れもない人骨だ。その側には骨の主の持ち物であったバックパックも落ちている。そのバックパックには『西田』と書かれていた・・

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