第1話 (7)
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森を抜け、向こうに山を臨む草原へと出たころには、辺りはすっかり暗くなっていた。そこでイチコとトワリは、岩場でうずくまるアラキとコモンを見つけた。
「よかった」
イチコは安堵の色を漏らし、ふたりに近づいた。アラキとコモンは驚きの顔でイチコとトワリを見上げた。まさか、このタイミングでこのふたりが助けに来てくれるとは、思っていなかったに違いない。
「大丈夫?」
イチコが尋ねた。
「コモンが足をくじいてしまって」
アラキが言った。コモンの投げ出した片足を見ると、関節のあたりが少し腫れている。
「何があったの?」
「俺たち、ウサギを追ってここまで走ってきたんです。でも、コモンがわずかなくぼみに足をとられて捻挫してしまって」
「それで動けなくなっちゃったのね」
アラキとコモンは力弱く頷いた。
「けっ、たかだかウサギごときで捻挫して帰れなくなるとは、未熟な奴らだな」
「トワリくん!?」
イチコは非難をこめた目でトワリを見た。なんという言い草だろう。それに、今朝がたヒブリが言った通り、トワリは一度も狩りに出たことはないのだ。
「とにかく無事でよかったよ。立てる? 一緒に帰ろう」
「はい」
アラキがコモンに肩を持たせ、ふたりは一緒に立ち上がった。コモンはひとりでは歩くのが大変そうだが、ふたりで支え合えば何とか歩けそうだ。
「でも、こんな夜更けなのに、帰り道が分かるんですか?」
「それは……」
イチコは言い淀んだ。確かに、ここまで暗くなってしまっては、周囲の状況が分からず、地図さえも見えない。来る道中、トワリが何本かの木に目印をつけていたが、そこまでたどり着けるかどうかも怪しい。
「トワリくん、どうしよう――」
イチコは不安げに言った。
「ふん、お前らの目は節穴か」
トワリはなおも失礼なことをずばりと言ってのける。またそんな言い方――と、イチコが不満の言葉を口にしようとしたその時、トワリはさらに続けた。
「空を見てみな」
「……え?」
見上げてみれば、そこには感嘆のため息が出るくらい、満点の星空が広がっていた。トワリは空の一点を指で示した。
「あそこの星を見てみろ。あれはな、年中を通して方角が変わらない。今自分がどちらの方角に向いて進んでいるのか、一発で分かるんだ」
「それもトワリくんが気づいたの?」
「まあな。普段何気なく見ているものでも、注意深く観察すれば発見することはあるんだ。もっとも、森の中では木々に隠れて、星が見えなくなることもあるだろうから、少しはうろうろするかも知れないが。それでも、見えている間だけでも参考にできれば、帰り道はなんとか分かるだろう」
「そうなんだ」
イチコはそう応えながら、夜空に見とれていた。トワリと一緒に星空を見上げる。自分が望んでいたことが、意外にもこんなところで叶ってしまった。もっとも、今は非常事態で、ゆったりしているわけにはいかない。
(またこんなふうに、トワリくんといられるといいな)
イチコはぼんやりと考えてみた。なぜ自分は、ここまでトワリのことを意識してしまうのだろう。彼女はふと、そんなことを思ってみた。その時、満点の星空に、ひとつ筋が走った。流れ星が空を横切ったのだ。イチコはすかさず、胸の中で思った。
(トワリくんと、ずっと一緒に居られますように――)
イチコははっ、となった。なぜこんなことを願ってしまったのか。いくら自分の感情に鈍感なイチコにも、はっきりと分かった。
自分は、トワリに恋をしているのだ。
イチコは呆然となった。まさか、自分が好きな人が彼だったなんて。
「どうした?」
しばし立ち止まったままのイチコに、いぶかしげに尋ねた。イチコは何も言えないまま、ただ首をふるふると横に振った。今、自分の顔は真っ赤になっていることだろう。夜で助かった。
トワリは合点がいかぬように目を細め、「さっさと行くぞ」と言って、歩きだす。イチコは従うしかなかった。気持ちの整理がつかない。あの時、崖から落ちかけた時と同じようなドキドキが、イチコの胸で鳴り響いていた。
【第1話 END】