第1話 (6)
6
どのくらい歩いたのか、日はいつしか、とっぷり暮れかかっていた。
(どこかに水はないものかな)
イチコはぼんやりと思った。ずいぶん前から喉の渇きを覚えていた。
ふと、向こうの岩場で清水が湧きだしているのが見えた。
「やった!」
イチコは叫んで、トワリの背後を外れ、岩場まで走っていった。
「おい、ちょっと待て!」
トワリが言うが早いか、岩場にたどり着く前に、イチコは突然、足をすべらせた。
「えっ?」
突然、ぐらりとした感覚にイチコは何が起こったのか分からなかった。彼女が踏み出した場所は、落ち葉や枯れ枝に隠れて見えづらかったが、ちょうど崖だったのだ。
「危ない!」
トワリが叫んだ。刹那、イチコの動きがぴたりと止まった。足を滑らせて落ちようとしていた彼女の手を、トワリが掴んだのだ。そのままトワリは力いっぱい彼女を自分のもとへと引き寄せた。
「馬鹿野郎、俺のそばから離れるなって言ったろ!」
耳元で怒声が聞こえたが、イチコは驚きのあまり、小刻みに震えたまましばらく話すこともできなかった。
「おい、大丈夫か。俺の声が聞こえてるか?」
トワリはイチコの両肩を掴み、前後に揺さぶった。
「……はっ」
イチコは我に返った。トワリの顔に安堵の顔が広がる。
「わ、私……」
「この辺りはもうずいぶん道が悪くなっているんだ。だから、もう二度と俺のそばを離れるな」
「ごめん――」
「分かりゃいい。だが、悪いことに今落ちかけた崖は、このあたりでもとりわけ高い。本当に落ちてたらヤバかったぞ」
イチコは崖の方を振り返った。落ち葉や枝が崩れ落ちたその下は、今の場所から見ると、底が見えないくらい深かった。イチコは今さらになって、自分がどれだけ怖い目に遭ったのかを自覚した。
「よし、いくぞ。ちゃんと俺の後についてこいよ」
「分かった」
イチコは再び歩きだしたトワリに続いた。前を歩くトワリの背中が、さっきよりも大きく見えた。