第1話 (3)
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狩りに出た男たちが帰ってきたのは、夕暮れになってからだった。大がかりな狩りだったとはいえ、予想よりもずいぶん遅い。たいていは、どんなに遅くとも、昼下がりには帰ってきていたのだ。しかも、長い時間をかけた割には、持ち帰った獲物はそこまで多くはない。
「何かあったのですか?」
イチコはヒブリに訊いた。男たちの顔が不安の色に包まれているのを感じたのだ。ヒブリは言った。
「仲間が2名、行方不明になってしまったのです」
「ええっ? いったい誰が――」
男たちを見渡したら、足りない頭数にはすぐ気づいた。今朝がたいたはずの、初々しいふたり組がいない。
「まさか、いなくなったのって」
「アラキとコモンです」
ヒブリはかすれた声で言った。
「どうして……」
「私たちは、森の渓流のあたりでいったん散開しました。別々に獲物を探し、太陽が真上にのぼる頃までに再び落ち合おうということになっていたのです。時間が来て、みな渓流へと帰ってきました。けれど、あの2人だけが帰ってきません。はじめは、『よっぽど大物を見つけたに違いない』と言って、彼らを待っていました。けれど、いくら待っても彼らは帰ってきません。私たちは、彼らが狩りをしていた方角を探してみました。けれど、いくら探しても彼らは見つかりませんでした」
「その人たちが行った方角は?」
「ふたごの山の方へと進んだ、木々が覆い茂る方角です。ああ、私のミスです。彼らにいきなり単独で仕事を任せたから――」
ヒブリは落胆しているようだった。
「馬鹿野郎!」
そこで声をあげたのはトワリだった。トワリは肩を怒らせて、ヒブリへと近づいてゆく。
「何諦めモードになってんだよ。リーダーとしてムラの奴らを守るのが兄貴の仕事だろ」
「何を――半人前のお前に何が分かる。こんな状況で何ができるというんだ」
トワリの非難に、ヒブリも声を怒らせた。
「そもそもどうして地図を持っていかなかった。俺が地図を作ったのは、こういう事態になるのを想定してのことだ。あれがあれば、行方不明の奴なんか出なかったろう」
「ふん、あんな落書きが、何の役に立つ」
「落書きじゃねえ。お前、ふたりが向かったのは、ふたご山の方角だと言ったな。あのあたりは森も深く、崖も多い。はじめて森に入る奴らには、ハードルが高すぎる場所だ。俺は、前からその辺も調べていたんだ」
「どうだか。そこまで言うならお前が作った地図とやらを見せてみろ」
「それは――」
トワリは言葉に窮した。地図は手元にはないのだ。
「トワリくん、これ」
そこへ声をかけたのはイチコだった。イチコの手には、トワリの作った地図があった。
「お前、なぜこれを」
「今朝、トワリくんが投げ捨てたでしょ。私、拾ったの」
トワリは地図をひったくるように取った。イチコはむっとしたが、トワリは彼女の心境などお構いなしで、山の付近を指さしてヒブリに見せた。
「ほら、この付近だ。とりわけ条件が悪いことが分かるだろ」
トワリの指す付近は、確かに木々や崖の情報が事細かに描かれ、地図の他のどの部分よりも悪路であることがうかがえる。
「確かに、地図ではお前の言う通りになっているな。しかし、この情報が信用できるという保証はあるのか」
それでもなお、ヒブリはトワリの言い分を認める気はないらしい。トワリは言った。
「分かった。俺が奴らを見つけてきてやる」
「お前が?」
「そしたら俺が正しかったことが証明できるだろ。肉体ばっかり使っている、筋肉バカの兄貴たちよりよぉ」
「何を――!」
ヒブリは怒りをあらわにすごんだ。イチコは思わず仲裁に入る。
「まあまあ。落ち着いて。トワリくんも、そんな言い方はないと思うよ」
イチコの非難の言葉に、トワリは不機嫌そうに顔をそむけた。ヒブリが言った。
「分かった。そこまで言うんなら、お前に任せてみよう。その代わり、ぜったいにふたりを見つけ出して来い。いいな」
「のぞむところだ」
トワリは挑戦的な目つきで応えてみせた。やれやれ――とイチコは思う。兄弟どうし仲が良くない場合も多いが、ヒブリとトワリにおいても例に漏れずといったところだ。そして、その主な原因のひとつが、トワリの子供じみた言動にあることも間違いない。