第1話 (1)
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人の運命とは分からないものだ。
大切な人や場所を突如として失うこともあれば、予想だにしなかった転機が訪れることもある。人生とは、偶然の積み重ねでできたもので、本人であってもコントロールはできないものだ。
だからこそ、人は神の存在を信じる。自分に分かり得ないものを知っている、絶対的なものがいると思い、自らの幸福を、展望を、そこに託すのだ。
人々に代わって神とつながること――それがイチコの仕事だった。
けれど、そんなイチコでさえ、自分の人生を把握しているかといえば、決してそんなことはないのだった。巫女としてまつりごとを支えるという今の役職に抜擢されたことさえ、当時の彼女にとっては青天の霹靂だった。自分にできることといえば、このように夜空を見上げて、ああ、これからも私やこのムラのみんなが幸せに暮らしていけますように――と願うだけだ。
雲ひとつない星空。本当に綺麗だ。
ふと、何やらカリカリという音がする。何かを思ってみると、隣に座る少年・トワリが木の枝の切れ端で、何やら地面に書き込んでいた。
「何してるの?」
イチコは訝しげに尋ねた。すぐ横でごそごそとされたら、せっかくのロマンティックな雰囲気もぶち壊しというものだ。
「地図作ろうかと思ってさ」
けれど、トワリは地面に目を凝らしたまま、短く応えた。
「地図?」
「狩りや採集に行って、道に迷ったり、帰ってこれなくなったりするムラの奴ら多いだろ。だから、この辺の森の地形を把握して、まとめておこうと思ったんだ」
「またそんな小難しいこと。ほら、こんな綺麗な夜空だよ。ちょっとは味わって見ようよ」
「夜空なら見てるよ」
トワリは顔をあげ、きょろきょろと空を見渡した。そしてまた、地面へと顔を戻し、何やら書き始める。
「星の位置関係も方角を知る指標になる。昼間は、森の中を歩き回ってきたからな。大地の地形と、空の風景を組み合わせれば、居場所の把握にきっと役立つはずなんだ」
やれやれ――とイチコは呆れながらも、これ以上何も言わないことにした。どうにも、自分とは興味の対象がかけ離れているらしい。けれど今さら、気にするようなことでもなかった。出逢ったころから、彼の性格は変わらないのだ。
「よし、まとまってきたぞ。忘れないうちにさっそく清書しなきゃ」
と言うのが早いか、トワリは立ち上がり、イチコに目をくれることもなく、自分の住み家の方へと戻っていってしまった。
イチコは小さくため息をついて、夜空へと顔を戻す。このムラへと移り住んではや3年。同い年であるが故、イチコにはトワリと接する機会も多かった。
トワリは、頭はいいが、どこか大人びていて、世間離れしたところがあった。それに、人にもさほど興味はないらしい。なので、ムラの子供たちからはおろか、大人たちからも「変わった奴」と思われているのだった。
彼の性格をよく知っている分、彼の野放図な振る舞いにも、今さら腹は立たない。けれども、思ってしまうのだった。願わくば、ふたり一緒で感動を共有することができたらいいのに。
(あれ、どうして私、こんなこと考えてるんだろう)
イチコは思う。我ながら不思議だった。感動することなら、自分ひとりでだってできるはずなのに。
幸い、イチコの仕事場と住居を兼ねる祈祷場のすぐのスペースは、あまり人が来ることもなく、いい穴場だった。たまにトワリがぶつぶつよく分からないことを考える時に使っているくらいだ。なので、ひとりで星空を見上げるにはうってつけの場所だった。
それなのに、イチコはどうにも、トワリを気にしてしまうのだった。