乙女の本音
「え? ええええっ!?」
突然の申し出にアリスは驚きを隠せない。
そりゃそうだ。今までまともに話したこともない男にいきなり恋バナしようなんて言われたらどんな女子も驚く。
「そんな・・・先生が私と恋バナしようなんて・・・何かの冗談ですよね・・・?」
「いや、冗談なんかじゃない。ちょっとこの国一番の魔導師の恋愛事情を知りたくてな」
「大切な話ってそんなことだったんですか!?」
彼女にとってそんなことでも、俺にとっては彼女との距離を縮めるという目的のために大切なことなのだ。
まぁ確かにいきなり恋バナっていうのは少し行き過ぎたかと思ったが、今も昔も女子と言ったら恋バナ! っていうのが常識だ。え? 俺の認識古い?
本当ならもっと世間話から始めて、慣れてきたところで、本題である学校生活の話にシフトチェンジしていくつもりだったが、直感的に攻めていいと感じてしまった。
その瞬間、言葉は口を突くように出ていた。
もう戻れない。
「・・・先生。私の恋愛事情に興味がおありなんですか・・・?」
国一番の戦士である乙女の恋愛事情が知りたくて、なんていうのは今さっき作った口実だが、興味がないわけではない、のだが・・・
「まぁー、ほら、一緒に戦っている人がいいとか、戦場でピンチを助けられて好きに・・・とかそういう話が聞いてみたくて・・・」
自分の担任する生徒の恋愛事情に興味あります、なんて言ったらセクハラで学院に訴えられかねないので、遠回しに説明した。
「じー・・・」
・・・めっちゃ薄目で睨んできてるし。多分バレてんなこりゃ・・・。
仕方ない。恋バナは少しやり過ぎたか。ならテキトーに休日の過ごし方とかから始め・・・
「・・・分かりました」
分かっちゃうんかい。
「そうです。私ももう戦場に赴いたりしてますが、恋する乙女のお年頃です」
「お、おう、そうだな」
「ただし! 私だけが話すのでは、割に合いません。なので━━
「先生の話もお聞かせくださいね」
彼女はそう言ってにっと笑った。
━━━━
「はぁ!? 剣将? ないない、有り得ませんよあんな自信過剰のお坊ちゃんなんて」
「お前・・・今、この国の女の大半を敵に回したぞ」
普段は背中合わせで戦っているような、同胞を卑下するアリス。
剣将ヴェルフリートといえば、この国では勇者のような扱いである。
王家出身で、容姿端麗。剣術は世界一との呼び声も高く、この国の女性には憧れの的である。
それを自信過剰のお坊ちゃんって・・・。本人に会ってみたくなってきた。
「先生はどうなんですか? 気になる人とかいないんですかっ?」
やたらキラキラした目で問われるが、俺もう29だからな? 青春なんてとうの昔に過ぎ去ってるからな?
「そういえば・・・ヴィネア先生と仲がいいですよね。この際どういう関係なのか聞かせてもらいましょうか・・・」
・・・こいつよく見てんなー。
俺とヴィネアは一応もう10年近い付き合いになる。仲がいいといえばいいのは間違いない。
しかし教員同士、妙な噂がたつといけないので学校、増して生徒の前ではあまり話してはいない。のだが・・・
「あれはただの同僚だよ。まぁ魔導学院時代からの長い付き合いではあるけど・・・」
「やっぱり! ただの同僚で済まされる関係ではないと思ってたんですよ」
彼女はそれでそれでと続きを求めてくる。
「アイツはああ見えてかなり優秀でな。俺が19の時に在籍してた魔導学院高等部に12で入ってきたんだ」
通常、魔導学院の入学者の年齢は皆同じ、とは言いきれない。
試験を突破できる能力さえあれば、幼くとも、老いていようとも入学できる。そして在籍している年数によって初等部、中等部、高等部と進級していけるのが魔導学院というものだ。
しかし一昔前から6歳で初等部に入り、12で中等部、18で高等部に進級する、というのがかなりメジャーになってきている。
その中でヴィネアは6歳で初等部に入り、飛び級を繰り返して12の時に高等部に入った。
彼女は高等部に進級してすぐに学院中の噂の的になったものだ。
「さすがに俺もびっくりしたよ。これが天才ってやつか、ってさ」
「そ、そんなすごい人だったんですか・・・」
どうやらアリスも彼女が異色の経歴を持つ者だとは思っていなかったらしい。まぁ普段はポンコツだからなアイツ・・・。
「学院を卒業してからは魔導司書をやってたから、知識も豊富だぞ。授業で分からないとこあったらアイツに聞きにいってもいいかもな」
「こ、今度行ってみます・・・!」
といってもコイツも天才だから授業で分からないとことかあるんだろうか・・・
「でもただ一緒に在籍していただけじゃあそこまで仲良くはなれませんよね?」
「まぁ・・・色々あったというかね」
「ああーっ! なんか気になるー!」
ガタッと椅子から立ち上がるアリス。
といっても昔からポンコツだったアイツを俺がほっとけなかっただけなんだけどな。
説明していて思い出したけど、俺とヴィネアって同僚だけど結構年離れてたんだなぁ・・・。
何をされたわけでもないが、勝手に彼女との間に小さな壁を作ってしまった。
「でも・・・いいですよね、そういうの」
落ち着いて椅子に座り直したアリスがやや暗い表情でそう言った。
「私には今、友達と呼べるような人はいませんし、クラスの人とも仲良く出来る気配がありませんから」
「・・・」
「仲良くなりたいと思っても、どんな風に話せばいいのかも分かりませんし、皆の話についていくこともきっとできませんから・・・・・・」
彼女はその立場も相まって、他の生徒とは距離ができてしまっている。
避けられているという訳では無い。
ただ彼女の位が高すぎるのだ。
またきっと幼い頃から魔導の修行ばかりで、同年代の人と関われず、友達というものを知らない彼女の態度や言動から、余計に近づき難くなってしまっている。
会話に花を咲かせすぎて忘れかけていたが、元々今日ここに来た目的は全て、最終的に彼女の抱えるその問題を解決するためだった。
「・・・確かに今はまだ遠い」
「え・・・?」
「でも、今日1日で先生の君に対する印象は大分変わった。こんなに話してくれる子だったんだなって」
正直な想いを彼女に伝えた。
「知らないなら学んでいけばいい。きっと今日、俺に接してくれたみたいにすれば、自ずと近づいていけるよ」
今日見た限り、彼女は人との接し方を知らない訳ではない。
今日俺は、素の彼女を引き出すことに成功した。その結果、ここまで気楽に会話が出来たのだ。ならば普段から素でいればいい。
「先生である俺とここまで上手く会話出来たんだ。同年代のクラスメートとならきっともっと上手く話せるよ」
「・・・・・・」
まだ俯いたままのアリス。
だが明確に希望は見えた。彼女はきっとまだ救える。
かつての俺のようにはならない。
「・・・それは、違います」
1人、見えかけた希望に思いを馳せていると彼女が俯いたままで口を開いた。
「私は━━
先生とだったから・・・っ!」