対面の時
ヴィネアに助言をもらった翌日。
俺の足は学院からそう遠くはない場所にある、貴族の屋敷へと赴いていた。
「ここで間違いなさそうだな・・・」
学院の学舎の敷地くらいの広さはありそうなその屋敷の一帯は、高い塀に囲まれており、入口の柵は揺らしてもびくともせず、音も立たない程頑強である。
塀には流れるような筆記体で「カートレット」の文字が刻まれている。
そう、ここはアリス・カートレットの家に他ならない。
いわばこれは家庭訪問、というやつである。
事前に許可をとったわけでも、学校側に義務付けられたわけでもないが、昨日のヴィネアの言葉がこうしなければならないのだという衝動に駆らせた。
柵の柱に取り付けられた青緑色の宝石を軽く指で叩く。
これは共鳴石だ。
共鳴石はどれか一つを叩けば、その振動が周囲の他の共鳴石に伝えられる。その範囲は大きさによって異なるが、小石でも学院一帯を補えるくらいの伝導力はあるだろう。
恐らく他の石は使用人が持っていたり、屋敷の中に設置されていたりするのだろう。
案の定、どこからか現れ、こちらに向かってくる使用人らしき姿が見えた。
「どちら様でございましょうか?」
「私はヴァルトピア国立魔導学院の教師、メヴィウスと申します。アリスお嬢様にお話をしたく、参りました」
使用人に向かって柵ごしにコートに取り付けられた教員章を見せる。
「それは失礼いたしました。しかし、アリスお嬢様は先日までの戦で消耗しております故に面会はご遠慮頂けませんでしょうか・・・」
使用人が申し訳なさそうに言う。
「それは承知の上で参りました。大変ご無礼存じ上げますが、大切な話なのです。お取次ぎをお願いできないでしょうか・・・?」
つい先日まで彼女が戦場に立っていたのは知っている。だが使用人の口ぶりからするに負傷している、という訳ではなさそうだ。
ならば引くわけにはいかない。
力強い眼差しで使用人を見つめる。
そんな俺に押されたのか、
「・・・分かりました。ご確認して参りますので、中でお待ちになって下さい」
使用人はそう答え、柵を開けた。
━━━━
門を通され、客室らしき部屋に案内された。
外観からしてかなり立派なのは分かっていたが、客室でさえこの内装だということからすると、お嬢様であるアリス彼女の部屋はどれだけの物なのだろうか。純粋に興味が湧く。
使用人は今、恐らく彼女本人と彼女の父である主に確認を取りに行っているのだろう。
いつまででも座っていられそうな感触さえする、高価そうな椅子から立ち上がり、窓辺に寄る。
見慣れた研究室の窓の数倍はありそうなその窓からは、同じように見慣れた学院の中庭よりも遥かに広大で、整備の行き届いた広い屋敷の中庭が拝める。
その木々の向こうに噴水が見えた。
その淵に腰掛ける誰かの姿があった。
美しい銀の髪を腰あたりまで伸ばし、その顔にはメランコリーな表情を携えている。
おまけに絶世の美少女なので、それだけで1枚の絵になりそうな光景であった。
その彼女に、俺は見覚えがあった。
思えば、大分前に出ていった使用人がいまだに帰ってこないのは交渉や確認が長引いているからではなく、単に彼女の姿が見当たらないからではないだろうか。
やれやれとばかりに客室を後にし、噴水の場所へと向かう。
━━━━
噴水の側まで来ると、水の叩きつけられる音に自然と心が浄化されているような気がした。
子鳥のさえずり、噴水の音、草木のざわめく音。それら全てが整えられた美しい庭園の外観と相まって、高貴に感じられる。
それは庭園の要素だけのせいではなかろう。
噴水の周辺は石畳の床に囲まれている。
教員用の革靴がカッと床を鳴らす。
「・・・っ、先生!?」
銀髪の美少女がこちらを振り返った。
さすがに担任なので、アリス本人も俺のことを知ってはいる。
しかし使用人はまだ彼女を捜索中で、俺がここにいる旨を伝えてはいないはずだ。
「あっ、アリスお嬢様ぁー」
遠くからようやく探し人を見つけたのであろう、先程の使用人が息を切らしてこちらに駆け寄ってくる。
「エレイス! なな、何で先生がここにいるのよ!」
「それが、お嬢様と大事な話がしたいとの事でして・・・」
「だ、大事な話!?」
駆け寄ってきた使用人の後ろに隠れるアリスはやや頬を紅潮させて、猫のようにこちらを睨んでいる。
・・・あれ? 俺、避けられてね?