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不穏な流れ

「ふん!」


「「グギャ────」」


横一文字に薙いだ剣が、狼たちの首を刈り取る。


「燃えろ煌々と、灰と化せ」


「「ギャアアアァァァ!!」」


放たれた火球は、狼たちを火刑に処す。


「こう言っちゃあアレですけど、本当に数だけは多いっすね! 毎年毎年!」


「コイツらはそれだけが取り柄だからなそりゃあ! 後ろのヤツらは班長に任せて、俺らはできるだけ殺すぞ!」


前衛で敵を薙ぎ払い寄せ付けない先輩後輩兵士と、後衛で的確に魔法を放ち、迫らせない班長兵士。


そのコンビネーションには、積み重ねられた年月と戦場の数が感じられる。


対する狼はといえば、数任せでコンビネーションからは程遠い。これが知能の差であった。


数に任せたところで、一度に同じ方向から敵を攻撃できる匹数は限られる。波状攻撃が通じないのなら回り込んで、全方向攻撃でも試すべきだが、下級魔獣風情ではそんな考えには至るまい。


人間様ならどうするか・・・。


俺なら──────、


「味方によって敵の集中が逸れてる間に、敵の死角に回り込んで、奇襲かな」


サラッと呟き、カチッと引き金を引く。


消音(サイレンス)』の魔法が施された銃は、音もなく敵を屠る。銃弾は、スコープが捉えていた狼の頭部を撃ち抜き、狼は力なくその場で死す。


すかさず次の対象を捉え、一匹二匹と天に送っていく。それにしてもやっぱセミオートはいいなぁ・・・。連射連射!


「もうステルスキラーとか呼ばれてもいいんじゃないかね」


若干ハイになりつつ、両手の指では数え切れないほど撃ち抜くと、そこで戦闘は一時の終わりを告げた。


ちなみに俺は、実際の戦場から数十メートルは離れた安全圏から撃ってただけ。


卑怯? 陰湿? そんなのは敗者の台詞だ。これが人間、正面からは戦えない弱者の戦い方だよ。決して強者とは言えずとも、勝者であればいい。


もう死んでいるし、まぁ生きていても伝わらなかっただろうが、狼たちへの教訓だ。


兵士たちは一息ついて・・・、あ、班長がこっちに手振ってる。バレてるバレてる。どうやらステルスキラーを名乗るにはまだ早いらしい。


「しかし妙だな・・・・・・・・・」


さっきの戦闘を見る限り、どうも敵が好戦的すぎる。


彼らは繁殖期特有の衝動によって興奮状態と化している。その本能が求めるのはあくまで異性との出会い。それを求めた結果、人の住まう場所に近付く。


だから普通なら、先程のように波状攻撃を仕掛けてくるほど戦闘には固執しない。むしろ戦闘には加わらず、防衛線の間を抜けて行こうとする輩もいるくらいだ。


なので陸軍は結局、毎回防衛線を何体かに通り抜けられ、街直前に待機する戦闘慣れしていない清国軍勢が少し過剰な被害を受け、やたら口を出さずにいられない清国軍上層から嫌味を言われるのだと陸軍隊長が愚痴っていた。


しかし今回はどうだ?


陣形はボロボロ、穴だらけ。もう既に何体も突破されていても不思議はないにも関わらず、恐らくほぼ突破されていないと言い切れる。


それは敵がすべて「人」に向かって来ているから。


まるで何かに、そう言いつけられているみたいだ。


「おーい。先生。俺たちはもうひと班の様子を見てくる。だからあんたは生徒たちの様子を見て来てやんな。馬が暴れて迷子になってるかもしれねぇからな」


「分かりました」


元々7人いた兵士は、状況確認に行った兵士を除き、3人2班に別れている。今ここにいない3人は戦闘が始まる前に狼の群れの半分を連れて、離れた。


そちらも問題はないだろう。


いや・・・そう思いたいだけだ。敵が普通なら間違いなく問題はないはずだ。だが今回のこれは────、




「────普通じゃない」




どこかから吹いてきた風が、鼻腔に嵐の予感を伝える。


少しの不安に後ろ髪を引かれつつ、悪い空気の流れをはっきりと感じ取っていた。




────────


「なんか・・・・・・ドンパチ聴こえるな」


「でも見えないな」


蚊帳の外とはまさにこのこと。


遠く、肉眼では何も見えないほど遠くで戦闘が行われている。


今もあの音の源では誰かが闘っている。


敵を殺しているかもしれない。はたまた殺されているのかもしれない。


しかしこうも蚊帳の外ではそれさえ知り得ない。


それが視認できないくらい遠くに置かれて、何も出来ないことがもどかしいような、それとも音が聞こえるほど近くに脅威が迫っていて緊張するような。


彼らが本当の戦闘を知っていたなら、その答えもやることも一つだったかもしれない。


「なあ・・・。なんで俺らこんなとこにいるんだ・・・?」


堪えきれなかったようにギルが呟いた。


その言葉はうっすらと、自分たちも立ち上がるべきなんじゃないのか、という意味を孕んでいる。


「なんでって・・・それは・・・・・・」


誰もがその答えを分かりきっているはずだ、とミカが言葉を自らで遮ってしまう。


控えめに言って、「足でまとい」。


そんな事実は、ここに参加している学院の生徒全員が承知の上。


自分たちはまだ守られる立場なのだと。ここで立ち上がったとしてもその事実が覆ることは無い。


「そういや・・・、左翼中心部が交戦中・・・って言ってたよな・・・?」


虚空を見るような目で、今も音のする方を見つめているマックスが、独り言のように呟く。


「中心部って・・・俺の聞き間違いじゃない・・・よな?」


次ははっきりと尋ねるように口にした。


それに答える者はいないが、その場全員の沈黙が肯定を意味している。


無視のようなその扱いに同情するようにサクラが、


「ええ・・・。中心部・・・、つまり学院の生徒がいるでしょう・・・」


何から何まで異例なこの状況。もっとも、彼らにとってこの異例が初体験。何がどう異例なのか、比較できる通例もない。


しかし、今この状況において、自分たちの同級生がどこかで命を懸けているかもしれない。そんなことが通例であるはずがなく。


「左翼中心・・・。誰がいた・・・?」


「そんなの覚えてないわよ・・・。どのクラスもクラスの半分は左翼中心部なんだから・・・」


つまりこの瞬間、A組も10人は無事だが、10人は危機に瀕しているかもしれぬということ。


「ロイは確かあっち側だったと思う。んでフィンとリガルタが同じ班だった」


「じゃあその2人は大丈夫・・・ってわけでもなさそうよね・・・・・・」


「まぁ・・・あのロイが誰かをすすんで助けるとは思えないわな」


語る口調は全員が淡白だった。しかし内心、落ち着いてはいるまい。


沈黙が訪れると、最悪の展開を想像する時間ができてしまうから。それが怖いから彼らはより集まり、口を開き続ける。


あの子はまだ無事だろうか・・・。


あいつは少し頼りないからもしかすると・・・。


けれど不安は駆け巡り、不穏な思考ばかりが脳内を駆け回る。


「そ、そういや! アリスは? アリスは左翼じゃないのか?」


「アリスさんは一応、陣形中央部よりの右翼側でした」


「あ、あぁ・・・そう・・・なんだ・・・・・・」


精神的支柱を求めたマックスの一言も、サクラの返答によってあっさりと一蹴される。


そして恐れていた沈黙が訪れた。


今も遠くの方からは爆発音、それに混じって金属のぶつかり合う音が響き渡ってくる。


その時は全員がその方向を見つめて、それぞれが物思いに耽っていた。


戦慄はいつか忘却され、頭は何も考えなくなる。不安は緊張を抱かせるものの、警戒の色を薄くさせる。目は景色を映してこそいるが、そこに映ったものは情報を伝えず、目は何かを見ているようで何も見ていない。


だから誰も気づかなかった。堂々と忍び寄っていたその影に。




「ヒヒィーッ!!」




生徒たちにとっては唐突。しかし大声をあげた馬からすれば、迫り来るものに対しての反応としては必然だった。


「なんだ!? 馬が急にっ──────」


命の危機を感じた馬は、暴れ、走り出す。


「おいマックス! お前手網はっ!?」


「すまねえ! 途中から普通に離してた!」


「なにやってのよぉぉぉっ!!!」


馬に繋がれた馬車も当然、暴れ、走り出す。


そこに乗車している生徒たちはとっさに椅子や柱など、各々思い思いにしがみついた。


「ていうか、なんで急に暴れ出すんだよ!?」


しがみついたままで体勢を保つので精一杯という様子でマックスが叫ぶ。


「み、皆さん! あれ!」


後部席の方に乗っていたサクラが、馬車の後ろの方を指さす。


「な、なによあれ・・・・・・」


「あれ・・・教科書で見たことある。あれは・・・・・・」


視線の先には、2つの影があった。といっても影、としか認識できないほど遠くはない。むしろ逆で、形からその形相まで視認できるほど、「それ」との距離は近かった。



「あれは・・・・・・、豚人(オーク)・・・?」



対象は特有の岩のような巨体を、見るからに薄汚い濃茶色の皮で覆い、ドスドスと地を踏み鳴らすようにこちらに迫ってくる。


豚人という、その名にそぐわない豚顔で、四足歩行の家畜豚に慣れた人間からすると、その容貌だけで恐怖に値するだろう。


「い、いつの間にあんなのいたのよ!?」


「こっそり迫ってたんだろうよ。お喋りしたり、遠くを眺めたりで俺たちが気づかなかっただけだ!」


泣こうが叫ぼうが、豚人の追跡は止まない。


しかしその足の速さに関しては、馬車を背負っていても馬に一日の長があるように見える。


「マックスさん! とりあえず手綱を取ってください! ここで止まるわけには行きませんが、あまり陣形から離れすぎてもいけません!」


「お、おう! でも操作の仕方なんてわかんないぞ!?」


馬車を転がって、マックスが手綱を握り、御者席に辿り着く。


パニック状態になった馬はそんなことも気にせず、前を見て走り続けるだけだ。


「くそっ! これどうすりゃいいんだ!? とりあえず曲がれええええっ!!」


わからないなりに何とかしようとしたマックスが手綱を振るう。


するとパニックなりに反応した馬がその意思を汲み取ったかのように従い出す。


「お!? よっしゃあ! 曲がった!」


「「「ぎゃああああああ!!!」」」


たしかに曲がった。間違いなく曲がったけれども、


「アンタは加減ってものを知らないの!? どう考えてもおかしい角度で曲がったんですけどおお!」


「操作は知らないって言っただろ! 知らないのに加減もクソもねぇよおおお!」


マックスの指示に従った馬は、斜め45度程度で左に曲がった。猛スピードを保ったままで、ギュンっとな。


遠心力に吹き飛ばされた他3人は馬車の中をゴロゴロと転がり、頭やら背中やらを強打していた。


「いたた・・・、ですが、このままいけばたしか村があったはずです。そこまで逃げ込んでやり過ごしましょう!」


「マジか!?」


「ええ、作戦前に地図で見ました!」


まだ馬車の操作の基礎すら分かっていないが、分かったつもりになったマックスは「っしゃ、行けいけぇ!」と手綱を引く。


果たしてその彼と相性がいいのか、馬は真っ直ぐに、その足の回転を速める。


彼らは逃げているのか。それとも近付いているのか。それを知る由もなく。


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