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開戦の徴

今回の陣形は「おい元帥仕事しろ」と言いたくなるほどに単直な、ただ横一列に並ぶという陣形。


というのも、今回の我々の目的はヴェネスに行進する魔獣を食い止めることだ。決して討伐ではない。


我々の後ろ、首都の防壁前にも少数ながら陸軍と統治軍が控えているもののあてにはならない。


つまり我々の敗北条件は、魔獣を後ろに通してしまうことだ。


だからこその横一列。元帥も何も考えていないという訳ではなく、こうするしかないのであった。


しかし我々も知識ある人間。そして魔獣大行進は風物詩というには野蛮なものの、毎年恒例のものだ。どの規模で魔獣が、どのルートを通過するかということは把握している。


そしてもちろん、その部分を中心点として陣形は線を描いた。中心部には陸軍隊員のみで構成される強力班、その中心部を避けるようにして生徒の配属された班を配置している。


俺たちの班は中心部から西側、陣形右翼の真ん中あたり。


接敵すれば周囲の班が早急に助けに来れる比較的安全な位置である。逆に中心部は大量の敵と接敵するので、どこの班も救援には行けず来てもらえないという状況に陥る。


そして両翼の先端は、陣形の線に収まらない敵を発見した際に、陣形を離れる必要がある。故にこれらの部分に生徒がいる班は配置されない。


故にこの位置は陣形の中では割と安全な位置。


が、しかし今の合図は・・・、


「おい、あれって端の方じゃないのか?」


「いきなり『はぐれ』と遭遇したってのかよ。今年は幸先悪いな」


馬車に同乗している軍兵たちにも軽く動揺の色が見える。


それを聞いた生徒たちも、


「どっかの班が接敵したってことだよな。いつかはそうなるの分かってんのに、なんかまずいのか?」


「今、私たちは陣形の西よりにいるの。私たちの更に西側で合図が上がったとなると、それは陣形端に近い班が接敵したことになるのよ」


状況に対して素っ頓狂な声を上げたマックスに対し、冷静なサクラが説明する。


「この陣形は、中心部が魔獣の主群と接敵するように位置も考えられてるから、通常なら陣形の端の方は接敵しないようになってるのよ」


「なるほど。つまりあれは予想外の接的で、だから『はぐれ』ってことか・・・」


基本、はぐれは小規模もしくは一体のみの魔獣であることがほとんど。しかし放っておくわけにもいかないので、発見した班が早急に対処することとなっている。


「とりあえず俺が確認しに行ってきます。交戦はせずに情報だけ持ち帰りますよ」


「ああ、頼むぞ」


そう言って、軍兵の中では一番新人に見えた青年が、併走していた馬にまたがり、西側へと駆けていった。


「「・・・・・・・・・・・・」」


その後はすっかりと静まり返ってしまった。


先ほどまで割と騒ぎ立てていた生徒たちも、今どこかで誰かが戦っていることを想像してか、すっかりと緊張ムードだ。


生徒に釣られるようにして和やかにしていた兵士たちも、己の武器を確認したりして、臨戦態勢を整えにかかっている。


「ま、まぁでも、今回相手にするのは、ワールウルフとかの危険度の低い魔獣ばかりだし、きっと大丈夫よね?」


不安が堪えきれず言葉にして出てきたのか、それともこのムードに耐えきれなかったのか、ミカがおそるおそるといった様子で口を開く。


「そ、そうだ────」


「違うぞ」


マックスが肯定するように何かを言いかけるが、それを掻き消すようにして口を挟む。


「何が相手か、じゃない。予想外であることが問題なんだ」


誰かに肯定して安心させて欲しかったのであろうミカは、一層不安気な顔をするが、ここで嘘をついたところで残念ながらもう意味は無い。


「大体毎年、初接敵は陣形中央部なんだ。だからこそ最初の接敵を合図に進軍を止め、そこに防衛線を張る。だがファーストコンタクトがはぐれっていう状況は前代未聞だ」


もちろんそのはぐれが、ただ群れを追い落とされたような本物の『はぐれ』だったならそれが一番いい。


陣形端の班だけで処理できるような規模だったならそれがいい。


しかしそれだけでは済まないだろうと俺の勘が言っていた。根拠も何も無い勘が。だからこそ当たる勘ってのは本当によく当たる。



そして、俺の勘は残念ながら割と当たる方だ。



「おや? 共鳴石が反応してるな。中心部からの連絡か?」


馬車を操作する席の上に取り付けられた共鳴石が、紅く光っていた。


それは中央からの指令を一方通行で伝えるもの。こちらから向こうへと通信することはできない。


隊列への全体的な指令はこの共鳴石を使って出される。


『全ての班に次ぐ! 現在、()()()()中心部が大規模な戦闘を開始した! よって今ここで進軍を止め、ここを防衛線とする!』


何だと・・・・・・。


「なぁ先生。今の聞き間違えじゃないよな? 今、左翼って・・・」


聞き間違えではない。確かに共鳴石越しの兵士はそう告げた。同じように彼の言い間違えでもないだろう。


『なお今現在、陣形中央部は接敵していない!』


「何だと!?」


その声が石の向こうに届くことは無いが、操車をしていた熟練兵士が思わず叫ぶ。


『繰り返す! 中央部はまだ敵を見ていない! 今回は異例の事態だ! 一層気を引き締めて、各班最善を尽くせ!』


その言葉を最後に、通信は途切れた。


「おいおい、中央部が敵を見ずに防衛線を張るなんて今まであったか?」


「さすがにねぇだろ・・・」


この行事において皆勤賞の兵士たちも、未だ見ぬ事態にぼやく。


「いずれにせよ、ここで馬を止める。お前らも降りて準備を・・・・・・」


「班長?」


途中で話すのを止めた班長の視線の先を見やると、


「おいでなすったか・・・・・・」


「!!」


まだはるかに遠く、目を細めなければ見えないほど遠い。だが、そこから黒い影がいくつか迫ってきていた。


それを確認して、残った兵士たち6人が何も言わずに馬にまたがる。


騎乗した彼らの顔は、笑っていた先ほどまでとは打って変わった鬼の顔だった。それを眺めれば、生徒たちの顔からも甘えの色は消え去る。


「アーゲン、合図を打ち上げろ!」


「はいよ!」


真上の空に綺麗な昼花火が打ち上がった。


「行くぞぉぉ! これが開戦の狼煙だぁぁ!」


「「うおおおおお!!」」




────────


飛び散らせた土の香りが鼻腔を突き刺し、散り逝く者の最期の叫びが耳を満たす。


「い、いやだっ! よせ、来るなああああ!?ごぶがるぎいやあああ!!」


噛み砕かれても尚、踏み潰されても尚、人は死に絶えぬ。そして生ある限り、人は叫び続ける。それが命の美しさ。


「あはぁ・・・、アハハハハハハっ!」


死すものの最期ほど美しいものはない。これほどまでに心を満たしてくれる芸術など、この世に存在しない。


「素晴らしい! 美しいわ! あなたという尊い命は、今! 私を満たしていく!」


いいや。存在してはいけないのだ、と。


「どうして? どうしてこんなに命とは美しいものなの!? 分からない! 私、分からないわ!」


命の在り方など人それぞれ。華々しく咲き誇り、潔く散っていく花もあれば、無惨に踏み潰され、誰の目に留まることなく消えていく花もある。


いずれにしてもそれが尊い一つの命だと言うなら、それを嗤うのは道化か、それとも狂者か。


「だから・・・教えて。もっともっと満たして! 私のこの欲望を!」


人は蟻を踏みつけても、その巣を壊しても、蟻の気持ちが理解出来ないから、何も感じない。


「来るぞ! 総員、構えろ!」


道化の下僕たちが、命を献上しようとばかりに人に喰らいつく。


しかし道化はその姿を決して晒さない。


道化は盤上の駒を動かす者に過ぎない。ただ、終わった後の結果を眺めて、興じるだけだ。


「クソっ! あ・・・ぐうわわわああああ!!」


「リチャード! しまった! あぐああああ!!」


また2つ、花が散った。道化はそれに目を向けてさえいない。


「あらぁ? もう全て散らせてしまったのね。つまらない」


赤く染め上げられた大地を、遥か遠くから見下ろし、道化は辺りを見渡す。


その地には未だ生きたまま喰われる蟻の叫びが木霊するが、そんなものは耳にさえ入らない。


「次はどこを面白くしてあげようかしら〜♪」


くるっと振り返って、道化は見る景色を変える。


そこには緑の大地が広がっていた。


距離的にはほとんど変わらない。だが、道化に見られたか、見られていなかったかで、その地の景色は天と地ほどまでに異なる。


道化は見透す。どこまでも。美しいものを探して。




「・・・・・・・・・・・・・・・ここにいたぁ♪」




道化の口元が艶めかしく歪む。それは、至高の獲物を見つけた時の捕食者の顔だ。


「へぇ〜。だいぶ大きくなったのねぇ。顔つきも立派に変わっちゃって」


一瞬、全てを射殺すような冷たい瞳。しかし、すぐにまた歪んだ顔が張り付く。


「いいわぁ。前のお人形さんみたいな顔も好きだったけど、今の顔も好きよぉ。だって可愛いもの」


人は様々な時において、何かを可愛い、と愛でる。


幼気な少女、色鮮やかに咲いた花、愛くるしい小動物。


だが、その言葉はどれとも違う。


まるで自由のない、ただ自分だけが自由に飾れる人形にかけるような、憐れむような。


「でも・・・違うのね。今のあなたは美しいわ。ねぇねぇねぇ・・・何があなたを変えてくれたの? 何を見たの? 教えて、教えて、教えてええええ!!」


渇望の声は空を引き裂く。


腕を掲げ、(こいねが)えば、駒は動き、その願いを叶えんとする。


その過程にどれだけの屍を積みあげようと、気にもならない。だって道化にとって人など、蟻に同義なのだから。


「殺そうか、殺すまいか。愛でようか、壊してしまおうか。いいえ、違うわよね。ちゃーんと見てあげなきゃ。そうよねそうよねそうよね。だって────、



私の可愛い可愛い、()なんだものね」



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