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過去と同僚

昼下がりの穏やかな気候はほのかに暖かく、爽やかだった。


「そういえばカイはどこへ行ったんだろうな、クロ?」


「クゥーン」


分からないようだ。


「まぁこの天気だしな。またどっかふらついてんのかもな」


「アォン」


誰もいない我が校自慢の中庭を1人と1匹で歩く。


普段ならいつ何時でも女生徒やカップルに溢れているのだが、今日は土曜日。しかも夕暮れも近づく昼下がりだ。さすがに人の姿はない。


と思っていた。


足を進めるうちに、さっきまでは死角となっていた、サクラの木の裏側に設置されたベンチに腰を下ろしている人の姿が見えた。


「あれは・・・」


「あら? メヴィウス先生じゃないですか、珍しい」


いつもはかけもしていない眼鏡をかけて、魔導書を読み込んでいる同僚の姿があった。


「休日出勤とはご苦労だな、ヴィネア」


「いやいや、それはアンタもでしょーが」


「俺は、半ば住み込み状態だから」


普段ならここは生徒達が会話に勤しむ場所だが、その生徒達がいなければ教師同士が会話することもあるだろう。


ヴィネア・シルヴァーニ。俺と同じヴァルトピア国立魔導学院の教員であり、かつても俺の同僚であった。


もう何年も前の話だが、この学院の校長の元で共に学んでいた。


「なになに、研究室にヒッキー状態のアンタがお散歩なんてどういう風の吹き回しかしら?」


「さすがに1日中研究室に引きこもってると息苦しくてな。クロの散歩も兼ねてだ」


尋ねてきた当のヴィネアは、クロのほっぺたをむにーんと伸ばしながら可愛がっている。


聞いたんなら最後まで聞け・・・・・・


10年前からまったく変わらない姿を見て、やれやれと溜息をつき、アットホーム感に少し笑顔になる。


それだけ付き合いが長ければ、お互い顔を合わせるだけでなんとなく落ち着くのだ。


「でもきっとそれだけじゃないんでしょ?」


「何だよ」


我慢の限界だったか、じたばたしだしたクロを尻目にヴィネアが言った。


「アンタが意味もなく歩く時って大体考え事をしてる時だから」


「む・・・」


あたり? と首を傾げるヴィネア。


まったく、付き合いが長いってのは恐ろしい。


「少し相談してもいいか?」




━━━━━━


「あぁー、アリスちゃんねぇー」


事の顛末を彼女に打ち明けた。


校長に激励されたこと、問題の人物であるアリスとどうやってコミュニケーションをとろうか迷っていること。


「でもさ、アンタも同じような境遇だったじゃん? なんかシンパシー的な何かで思いつかないの?」


「それ校長にも言われた」


「まぁだからこそアンタを担任に選んだってことなんでしょうね」


「・・・同じ境遇とは言われるが、あの子と当時の俺とじゃあ天地の差だ。共通してるのは戦場に送り出されてたってことだけ」


俺は送り出されて、ただの魔導師として端っこの方で戦うことが殆どだった。


だが彼女は紛れもなく最強の象徴として、戦場のど真ん中で奮闘している。それを同列として扱おうだなんておこがましいにも程がある。


「あのねぇ・・・学生の内から戦場に送り出されるだけでも極めて稀なのよ? それだけで共通点としては充分でしょうが」


確かに彼女の言う通りではある。


戦場行きを経験した教師すらそういない。増して学生の頃にそれを経験した者などほぼほぼ皆無だろう。


「私も聞いてみたいんだけど、実際、学生の内から戦場に連れてかれるってどんな気分なの?」


「どんな気分って言われてもな・・・・・・」


正直な所、気分もクソもありはしない。


若いうちから国の戦力として必要とされることは実力を認められたということではある。


だからといって嬉しいなんて思わなかったし、戦場に対する恐怖もなかった。


ただ呆然とその現状を受け入れるだけだ。


そう、実際に戦争を経験するまでは。


いつだって人を成長させるのは現実だ。


殺意の塊となって向かってくる敵。

命あるものに手をかけるその感触。

果てゆく兵士の死神のような掠れた声。

血の海に沈んでゆく味方。


それらの経験に今の俺は育てられた。


その光景を見て尚、戦場に赴きたいだなんて思えるはずもない。


弛緩していたはずの拳には次第に力が込められ、眉間に皺が寄っていく。


「ごめん。悪いこと聞いちゃったね・・・・・・」


そんな俺の心情を察したヴィネアが申し訳なさそうに謝る。


「・・・なんか、今のアンタ、あの頃とまったく同じ顔してた」


あの頃、というのは学生時代のことだろうか。


「でもさ、アンタは変わった。だから今きっとメヴィウス『先生』が存在してるんだと思う」


「・・・・・・」


俺が教員になった理由を生徒に聞かれたことがある。しかしその質問に俺はすんなりと解答することは出来なかった。


後ろめたい理由なわけじゃない。ただ自分で下した決断ではなかったからだ。


「アンタを変えたものがあるとすれば、間違いなくそれはケネス先生でしょ?」


「・・・そうなんだろうな」


現実に失望していた当時の俺に、ケネス先生もとい校長先生は手を差し伸べた。


彼のおかげで人生や考え方が一転した、とまではいかないが、少なくとも少しはマシになったんだろう。


「なんか不思議。あの頃ケネス先生がアンタにやったことを、今はメヴィがやる番になってる。教育って受け継がれていく物なのかなぁ・・・」


遠い目をしたヴィネアが呟いた。


「きっと教育に正解も教科書もないよ。ただ一つ適切があるとすればそれは、




「生徒の気持ちに寄り添うことだよ」




それは俺が求めていたような答えではない。


だが、それこそが彼女の示した答えだ。


教育に正解などない。


だからこそ、もがき、苦しめ。そこに本当の信頼が生まれる。


誰かがそんなことを言っていた気がする。


今回は答えのない問いを出した俺の負けだ。


いずれにせよ、やるべきことは定まった。


のけ者にされ、ふて寝していたクロを揺さぶり起こし、立ち上がる。


「ありがとう。お前、いい教師になれるよ」


「なーに。一応これでも生徒に評判の良いヴィネア先生ですよー」


相談に乗ってくれた同僚に礼を言い、踵を返して歩き出す。


明日は日曜日。


「話すことから全ては始まる、だっけ・・・」


かつての恩師の言葉を思い出した。


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