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平和とその対義

戦士とは帰らぬ覚悟で帰ることに尽くすものなれば。


戦場に赴く者たちに捧げられた一昔前の餞の言葉だ。果たして今もそれが使われているのかは知らないが。


意味は言葉の通りだ。


戦士ならば必ず生きて帰れるという温い認識は許されない。しかし最初から死ぬ気では頑張ることも頑張れないだろう。人間時にはアメとムチが大切だ。ムチばっかで内側から崩れていった国など歴史にいくらでもある。だからこそ生きて帰ることに尽くす気でやればいい、ということである。


さすがに敗走だったとしても、国は帰還者を罰して殺すことはない。


ましてや死地に突貫していって生きて帰ったんなら、褒めるに値すると俺は思っているけども。


「始めに言っておく! 諸君らの今回の主目的は闘う事ではない! 生きて帰ることである!」


左右に何人もの元帥やら副長やらを付き従え、何人もの生徒たちの視線の前に立つ陸軍隊長が手始めに叫ぶ。


何日か前にとある飲食店で見かけた姿など欠片もない。


「今回、主に闘うのは我々陸軍だ! 正直、君たちなど戦力補強のあてにもしていない!」


それが彼に義務化された強がりであることくらい少し考えれば分かる。国からの指令が学院に来ている時点で、少しくらいはあてにされていることは自明の理だろう。


しかし彼は、そして我々はそう主張しなければならない。彼らはまだ守られる側に他ならないのだから。


「もちろん我々陸軍も万能ではない! 君達を危険な目に会わせたり、闘いを余儀なくしてしまうこともあるだろう! そこで君たちがこれまで磨いてきた力を発揮してほしい!」


その言葉に何人かの生徒が唇を噛み締めた。


恐らく彼らの中の大半はできるだけ安全に終えられることを願っているだろう。


しかし付けた力があるなら活かしてみたいと思うのが必然。が、その中で積極的に敵と戦いたいと血気盛んな連中はほとんどおるまい。


人間の本能的にそれは仕方ないことだ。もちろんいざ魔獣を目の当たりにした時、恐怖で何も出来なくなるようでは困る。しかし積極的に魔獣に突っ込んでいって、自身を危険な目に晒す方がもっと困る。


恐怖心と勇気のバランスは程よくお願いしたい。


「しかし我々は君たちの努力ができるだけ徒労に終わるよう全力を尽くす! そして君たち全員が無事でここに帰ってくることを誓おう! そのために諸君の力も貸して欲しい!」


「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」


壇上に立った隊長が右手を掲げて叫べば、それを見上げる生徒たちも勢いにのって叫び、右手を突き上げる。


周囲を見渡したらなんか教師陣もやってたので、俺も流れに乗って「おー」とか言って、ふにゃっと右手を掲げる。顔は乗っていない。


生徒たちを焚き付けるだけ焚き付けて、陸軍隊長は降壇する。


拍手を送る生徒たちの横、教師陣の前を通り越し、俺の前を通ると、俺の横に並んで足を止めた。


「驚いた。ちゃんと陸軍隊長してるじゃないか」


「そりゃ陸軍隊長だからな。お前だって生徒の前じゃなきゃ先生はやらんだろう?」


そう言われるとそんな気がする。オンオフの切り替えが大事ってことだなぁ。


壇上では、今回の陣形についての説明を、陸軍元帥を名乗った男が始めていた。


「しかし・・・まさかお前が誰かを仕切る役職に就くとはねぇ・・・」


「俺も同じことが言いたい。まさかお前が人を教える仕事に就くとはな」


お互いにお互いのことを昔から見てきた。だからこそ人の人生がどう転ぶかは予想もできない。案外、単直にその人が向いている何かになることもあれば、全く想像もできないような方向に進路を変えていることもある。まぁ、ほとんどが後者なのだが。


今、ここに立っている彼らも、今回のこの経験を経て一体どのような道を選んでいくのだろう。


その希望に満ちた瞳はどう変わっていくのだろう。


希望はかき消され、その瞳には曇りが宿ることもあるだろう。しかしそうであったとしても、自分が後悔しないような道を選ぶべし。


怖かったら逃げればいい。自分に鞭打ちしてまで、見栄を張って、強がって戦う必要はない。それが君の人生なれば。


なんか今、すっごい教師っぽい気がする。


「まぁ・・・昔から教えるのにも導くのにも向いてたかお前は。お前の経験なら、ガキどものためにもなるだろうよ」


「何も現実を教えてやることだけが教師の仕事じゃないさ。俺ももう少し幻想を語ってやれればいいんだけどな・・・」


現実を知ってしまえば夢は語れない。なぜなら現実は夢などに及ぶべくもない。決して共存することができない存在である。


誰しも夢の中では生きられないなんてことは分かっている。たとえ夢がどれほど甘く、自分に優しい嘘をついてくれたとしても、人は現実で生きざるを得ない。そして現実は自分に嘘をついてはくれない。


そんなことは皆が知っているが、そんなことを身をもって学んで皆が大人になっていく。


故に、大人とは夢を見れない生物なのかもしれない。


「ところで魔導学院教員。お前の同僚に()()()()戦える奴は何人くらいいるんだ?」


その質問に少しだけ言い淀んだ。


まともに。明確な定義づけはされていないからこそ、そこに念を押されたように思う。もし彼の感覚が()()()()()()感覚だったなら・・・。


「・・・・・・1人もいないかもしれない」


「・・・そりゃ大層なこった。足でまといも甚だしいな」


彼はそう答えるのにほんの少しの間を開けたが、それは驚きの間にしては短すぎた。


ある程度は予想していただろう。


軍の関係者などから教員に転ずることはほぼない。つまり教員など大半が戦を知らぬ者たちだ。下手をすれば、ちょい強めの生徒よりも戦力にはならない。


そもそも教員を志す者など、ほとんどがその魔法の適性的に戦闘に向いていない。


個人的にはそこそこ戦える教員以外は置いて行けばいいと思うのだが、そこは監督役不足などでお咎めを受けるわけにはいかないらしく、致し方なしである。もちろん国的に。


「戦力的にやばいのか?」


「さあな。規模がデカいとは聞くが、実際に対峙してみねえとその全貌なんて分からん。全ては行ってみないことには・・・な」


「まぁいつの時代もどこの戦場もそんなもんか・・・」


その度に死地を見て、その都度必死になってくぐり抜ける。


何かを犠牲にして生き残る。


なら今回の犠牲はなんだ?


それは多分、俺たち大人なんだろう。




────────


「すっげー! だだっ広いだーいそーうげーん!」


「そんなに騒ぐ光景かコレ? ホントにだだっ広いだけの草原だぞ・・・」


馬車にガタガタゴトゴト揺られながら、間の抜けたマックスの声が大草原を駆け抜けていく。


「まったく・・・緊張感なんて欠けらも無いんだから男子は・・・」


「ふふっ、楽しそうだねー」


そんな男子陣を眺めながら、満更でもなさそうな女子陣。一歩引いているようで、引けていない。


今回の作戦では生徒4人+陸軍7人+教師1人のグループがおよそ20程度構成されている。


うちの班の面子はマックス、ギル、サクラ、ミカの4人。班はすべて先週の観察試合の結果から分けられており、今年は近距離使いと遠距離使いの人数が同じくらいだったので、班内の比率はどこも1:1。例外でサポート向き、両方行ける派のやつも組み込まれてる班はあるが。


ちなみにこの班では、マックスとミカが近距離組。ギルが遠距離で、サクラがサポート型という編成。


編成の面では別段問題ないだろうが・・・先ほどから妙にミカがマックスに対して、苛ついている様子が窺える。相性の方には少し問題あり・・・か?


どうも自分が緊張しているからか、風景一つに騒ぎたち、全く真剣味のなさげなマックスが癪に障るようだ。


陸軍による諸々の解説が終わってから学院を出て、ヴェネスの郊外までは汽車に揺られた。


汽車の中も、車両を一つ占領出来たこともあって、特に男子陣はもうお祭り騒ぎだった。今から何しに行くのかも忘れ、もはや遠足か旅行かのように盛り上がっていた。


「まぁ仕方ないか・・・・・・」


魔導学院は国の方針故に遠足などの学校らしい行事などがほとんどない。普段そういった機会に恵まれない分、こういう時の騒ぎ方はかなりオーバーである。


分からないことはないのだが、何せここはもう敵の世界だ。いつ戦闘開始の号令がなってもおかしくはない。


うーむ。これで戦えるのだろうか。


「ちょっと! あんまりはしゃいでると、いざって時に戦えないわよ!」


先程から妙に大人(ぶっていた)感じのミカがいよいよ声を上げ、代弁してくれた。


「ばかやろー。ただはしゃいでるだけじゃねぇぞ? こうして景色を眺めることでな、敵影にいち早く気づけるというな・・・」


「嘘をつくなー! 純粋にはしゃいでただけでしょーが!」


「いやどっちかと言ったら、緊張してガチガチになってるより、はしゃいでた方がいざって時も戦えるだろー」


ミカの激昂をマックスは笑い飛ばし、ソフトに受け流す。以前なら見られなかったような光景。


彼のことは一年前くらいから見てきたが、当初に比べると随分成長したなぁ・・・。今回のこの行事関係でもかなり成長したように見える。それだけでもう充分な気がしてきたよ、教員としては!


とは言えど、まだ本番は始まったばかり。いや、まだ始まってすらいない。


「ははは、今年の生徒さんはイキがいいですな先生」


「そうですね。イキってますね」


「そういう意味じゃなくてですね・・・」


少しだけ塾兵感を漂わせた初老の兵隊さんは笑う。


馬車を操り、ほかの隊員から親しげにかつ敬われていることから、この人が他の6人の隊員をまとめる役になっているようだ。


「うむ、元気がいいのはいいことだ! しかしなぁガキ共、少しは緊張感も持たんと、いざ魔獣を前にした時にチビっちまうぞ?」


程よく焼けた褐色の肌に、にかっと笑った時に白色の歯が眩しい兵員が緊張をほぐすかのように明るく言った。


「そ、そうよ! 少しは緊張しなさいよ!」


「そんなの心の持ちようだから無理です」


もう夫婦漫才かなんかかこいつら。


そんなミカとマックスの様子を微笑ましそうに眺めるサクラ。ギルは瞑目して、瞑想中・・・あれ寝てない?


手元でガチャっという音をたてながら、いつも通りの光景にフッと微笑む。


「先生はどう思いますか!?」


ヒステリックそうな妻の方がすごい剣幕で訊ねてくる。もっと仲良くしてって思うよ、まず。


「俺か・・・。そうだなぁ。こんなくだらない争いができる時ほど平和なんだなぁ、って思うかな」


いかにも哀愁漂うような、老翁のようなセリフだが本音である。


結局、統治軍とかが国内での盗難とか諍いの仲裁などに駆られている時ほど、国って平和なもんだ。


本当にヤバい時はそんな些細な問題は放置される。そして最終的にそれらの病原菌が国を蝕み、根幹から崩していってしまうのだが。


「ははっ。先生なんかジジくさいぞー」


「ふふっ。先生が一番緊張感ありませんわね」


すっかりギャラリーと化していた二生徒に突っ込まれるが、どこ吹く風である。平和だしね。


気づけば兵隊たちにも笑われている。そんなにおかしい事言ったかね? 個人的には割と名言だった気がするんだけど。


そんな空気にもはやミカも毒気を抜かれたように、溜息をつき、その場にへたり込んだ。


「ところで先生・・・、さっきからカチャカチャやってる手元のそれは銃かい?」


「はい、そうですよ」


「じゃあ、その背中のケースは・・・」


指し示されたケースを下ろし、開けてみせる。


「こりゃ・・・! ライフルの類かい!?」


「ええ」


ついこの間も見たことのあるスナイパーライフルである。もちろんこの間の物は国に押収されているから、全く別の物だが。


「へぇー。先生もなんだかんだ戦う気満々じゃん」


「生徒だけ戦わせてたら懲戒免職だな」


素っ気なく答えながら、鉛玉を弾倉に一つ一つ込めていく。送り板が下がらなくなったところで、それを銃本体に差し込めばまたガチャっという音がする。


「今時、銃を使える人なんてそういませんからなぁ。我々も物珍しい限りですな」


そう言って兵器武器の類には慣れたはずの兵隊たちも手元を覗き込んでくる。


「まぁ銃火器なんて今時、魔法で代用出来ますからね。銃部隊を保持しているのも、もう帝国くらいでしょうし」


「先生は魔法はお使いになられないんで?」


「生憎、落ち目の魔導師ですから」


その一言で全てを察したのか、それともただ同情したのか、それ以上は言及されなかった。


「ていうかこんなの国から支給されんのか。他の先生たちもこんなの持ってんのかな」


学院にこんな武器はないだろう、つまりこれらの兵器は国からの支給品だろうと推測したギルがそう言ってくるが、


「いや・・・これ私物だけど」


「「えっ・・・・・・・・・・・・」」


おっと地雷を踏んでしまったかもしれない。そらこんな危険物が私物とかどう考えてもヤバめの人だ。まだコートの中に手榴弾とか投げナイフとかあるけど、絶対見せないようにしよう・・・。


「そ、それよりもまだ合図は上がりませんなぁ!」


気まずくなった雰囲気を修復しようとするように、兵隊の1人が無理に会話の方向を変えようとする。


しかし変える必要はなかったのだ。


何気ない会話に、何気なく時間を費やせるような平和な時は長くは続かない。平和は戦争の裏に成り立っている。平和があるからこそ戦争が起きる。


いずれにしても、この下らない時間は終わる時が来ることに変わりはない。


どれだけ平和を享受し満喫したとしても、戦争はそれを一瞬にして塗り替える。平和の貯蔵なんて気分的にもできない。


今、西の空に緑色の光が打ち上がった。


「合図だ」


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