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成長と憂い

職員室から帰還すると騒動の方も一段落していた。


どうも俺が騒ぎ散らしてからその場を離れたのが良かったらしい。戦う気も失せた両者は、周囲を取り囲んでいた者達によって宥められ、折り合いをつけたそうだ。


しかし彼の言動には目に余る物が見えたので、念のため呼び出した。


「お前はなんでそう火種を撒きたがるんだよ、ロイ・・・。お前だって面倒な敵を増やしたくないだろうに」


苦言を呈しつつ、それが彼の生き方なので責めるようなことは言わない。


しかしロイの傲慢な態度は、今後も集団活動において悪影響を及ぼしかねない。


彼のことをよく知るウチのクラスでは今となってはもう受け入れられているが、彼を知らぬ他の連中がそう認識し始めるには時間がかかる。


もっとも今回行くのは戦場なので、彼を知るのにそう時間はかからないかもしれないが。


「敵? ちげぇよ先生。あんな奴ら敵にもならん。敵にもならん雑魚が増えたところで、俺の生き方は何も変わらんだろう?」


うわぁ・・・。かっこいいなぁ。きっとこういう奴が将来大物になるんだろう、うん。


そんじょそこらの天狗がそんなことを叫んだって誰にも響かないが、目に見える実力や実績、もしくは目には見えない風格などに後押しされれば話は別だ。


彼にはそれがある。


「お前を呼んだのは・・・お説教をするためじゃない」


「ほう・・・。じゃ、何故にだ?」


ロイ・ウィレム。


基本は物静かで、クラスでも目立たぬ存在だ。いつもは教室の片隅で本を読んでいるか、何なら教室にいない。


うちのクラスではマックスやギル、学級委員長のクライスらが積極的に発言をし、彼らにクラスの指針が任されているようなものだ。必然的に彼らが目立つ。


しかし彼らが放つ強い光は、強者の隠れ蓑となる。


今まで彼らは学院の授業においては学術中心に学んできており、本格的な実技の鍛錬は今回が初めてだった。


故に、彼が頭角を現すことはなかった。


「今回の魔獣大行進の規模が例年より大きいということは聞いてるな?」


「そのようだな。まぁその程度、俺にとっては誤差にしかならんが」


今はその傲慢な答えがひどく頼もしい。


ウィレム家とはヴァルトピアでも有数の貴族家だ。彼のそれなりに豪華な身なりがそれを裏付けしている。


基本、大半の生徒が魔法の行使については基礎的な知識しか持たぬまま、この学院に入学する。入学試験にも魔法実技の試験はあるが、あれは適性を見るだけで、そこまで高度な技術は求められていない。


しかし、貴族家出身の者はその例外になりやすい。


歴史ある家であれば、その家特有の魔術にも歴史があり、その家なりの魔法の行使の仕方というものが独自に組み上げられていることが多い。


つまり貴族家出身の生徒は、魔導専門の学院に入る前から家独自の魔導を叩き込まれ、英才教育を施されている可能性が高い。


今の2年生の入学試験は俺も試験官を務めたが、大勢の一般人に覆い隠されることなく、頭1つも2つも抜きん出ていた者が数名見受けられた。


そのうち1人がこのロイ・ウィレムである。


「流石の答えだな。だが・・・今はその気概を見込んで、お前に頼みたいことがある」




────────


そのまま何事もなく、本番までの強化期間が半分ほど過ぎ去った。


これは何にでも共通する話だが物事を極める過程において、誰しも最初は凄まじい成長を実感できる。しかしある一定の境界を超えてから、進化の速度は極端に落ちる。それが極めることの難しさであろう。


強化期間の半分と言えど、それはたった1週間程度だ。だが1週間と言えど、その期間中に生徒たちは1週間前の自分を遥か遠くに置き去りにするほどに進歩した。それは歴代の先輩たちの裏付けがあったからこそ、学院側もたった1週間と設定しているのだ。今年の彼らもまたその例に漏れなかった。


そして半分が過ぎて、そこそこの実力とそこそこの自信を携えた彼らに、現実を突きつける時が今やって来た。


「1番、A組フィン・クラリタ。B組ヴァルター・オルヴィエート。入りなさい」


「「はい!」」


闘技場(コロッセウム)式の会場に集められた生徒たち。その中から名前を呼ばれた2人の生徒が観客席から立ち上がり、一礼してから舞台へと上がる。


「それでは今から模擬戦闘を行う。両名準備はいいか? 何度も言うが、これはお前たちの基礎戦闘能力を確かめることが目的であり、勝ち負けは問わぬ。私の指示で即刻戦闘を終了すること。いいな?」


「は、はい!」


「承知しています」


少しおどおどした様子のA組生徒と、それとは正反対にキリッとして相手を睨みつけるような表情のB組生徒がステージ上である程度の間隔をあけ、正対する。


「ふふっ、ようやくA組と直接決着を付けれる時が来たようね!」


一人、舞台から遠く、高い所で座っていたのだが、後ろから小物令嬢のような台詞が聞こえてきた。


「お前・・・いい加減A組に対抗意識持つの止めないか・・・? なんかみっともないぞ?」


(ムカッ)


あら眉間に皺がよった。俺としてはヴィネアのためを思って言ったのだが、彼女からは余裕で何処吹く風な様子の俺、ひいてはA組に怒りを覚えたのだろうか。


「第一、今審判も言っただろうが。これは生徒の今段階での実力を見るためで勝ち負けはどうでもいいって。俺ら教員がそれを忘れてどうすんだよ」


あまり怒らせてもしょうがないので正論で抑えに行く。


これは毎年恒例の強化期間中間行事だ。毎回、この学院の敷地に隣接された闘技場で一対一の模擬戦闘を行い、生徒の実力や魔力の特質を見る。それによって本番で配属される部隊や担当する場所が決められるわけだ。


なので本当に勝ち負けはどうでもよく、教員が求めることとしては出し惜しみすることなく己の出来ることをやってくれることのみ。実際にはそれさえ満たされれば、お互いに攻撃がノーヒットでも終了が告げられる。


それに乗っ取って、今舞台では対戦者による魔法の応酬が繰り広げられていた。


「そうだけど・・・! 分かってるけどっ! 全体評価で劣ってるB組としてはこういう場面で少しでもいい所見せてかないといけないのよぉぉぉぉ・・・!」


「色々世知辛いんだな・・・・・・」


半涙目で食い下がってくるヴィネアに少しだけ同情した。


「お、今ステージに立ってる生徒、いい炎魔法じゃないか。熱気がここまで伝わってくるぞ」


とりあえず話題を明るくするため、B組の生徒を褒めてみる。すると、


「でしょ! ヴァルターはね、すごく真面目ないい子でね! 強化期間中も3年生の先輩にすごく熱心に指導してもらっててね、その熱気があの炎魔法にも昇華されてるっていうか────」


「確かに火力はいいが、出力が弱い。あれじゃフィンの風魔法には押し返される」


俺が言い終わったタイミングを見計らうように、炎魔法を躱しきれなくなったフィンが風魔法を発動させ、炎を打ち消し、風穴を開けた。


「ああ・・・押し返された火の粉に怯んだな。この隙に接近されて・・・お、いいボディが入った。これは終わっただろ」


「どうしてよぉーー!!」


不憫・・・・・・。


案の定、フィンの拳が相手の鳩尾を捉えたところで審判の先生が終了の笛を鳴らした。


彼の炎魔法は注がれる魔力量、すなわち火力は悪くなかった。舞台から離れたここまで伝わってきた熱気がその賜物だ。


しかしその炎を相手に打ち放つ力、すなわち出力が弱かった。だから出力は屈指の強さを持つ風魔法に簡単に打ち破られた。


まだまだ熟練の浅い魔導師の対決なんてこんなもんだ。魔法の力勝負で勝った方がそのまま勝つ。


「ううう・・・。でもここからなんだから!」


ビシッと指を突き付け、宣戦布告してくるB組担任。




しかしそんな言葉とは裏腹にそこからの4連戦はなんと、B組同士の対決カードとなった。


「だからどうしてよぉぉぉーー!!」


「ドンマイ・・・・・・・・・・・・・・・ぷっ」


「今、笑ったなぁぁー!」


いやー、なんか担任が張り切れば張り切るほどに結果は裏目に出るんじゃないかなーと思ってしまい・・・。可愛そうだけど少し面白い。


しかしここまで自分たちの結果に一喜一憂してくれる担任だからこそ愛されているのだろう。


他から遠く離れた場所で泣き笑い、談話を繰り返す。誰にも気づかれないはず、だった。



「へぇぇーー・・・。なんだか楽しそうですねー?」



「うわ! びっくり」


突如として背後に現れたアリスの姿。正直、全く気配を察せなかった。恐ろしい子・・・。


「出たなぁー! A組筆頭!」


「筆頭? なんの事ですか?」


未だに打倒A組精神を燃やすヴィネアが現れたアリスを威嚇し始めるが、やはり何処吹く風の様子が俺と変わらない。


唸るヴィネアを尻目に、すっとヴィネアと挟んで俺の横に座った。さすがに間を割ることはしないらしい。


「ここに来たってことはやっぱりお前は調査対象には入れられなかったんだな」


「なんとなく分かってましたよ。自分で言うのも何ですけど、私には既に充分な箔がついてますからね」


確かに自分で言ってるのはあれなのだが、それを本心から言えてしまうだけすごい。


そんな俺の尊貌の心も露知らず、彼女はまっすぐに舞台を見下ろしていた。


舞台ではヴィネアが待ち望んでいたA組対B組の生徒の戦闘が行われている。しかし当のヴィネアは俯いて何かをボソボソ呟いており、舞台が見えていない。


「あれじゃダメですね。相性の不利もありますが、発動速度に差がありすぎる」


彼女がそう呟いた通り、相手に詠唱の速度で劣ったB組の生徒が、A組生徒の放った氷魔法を捌ききれず、直撃するところを審判に助けられた。その場で終了が告げられる。


「また・・・まただ・・・。やっぱりA組の子たちはすごいなぁー・・・。敵わないのかなぁ・・・」


おいおい、実際に負けてるのも敵わないのも生徒なのに、担任が一番負けてるみたいだ。


やれやれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


ふぅーと溜息をついて口を開いた。


「なぁアリス。A組の生徒とB組の生徒は違うと思うか?」


この問いの真相を彼女は捉えてくれるだろうか。


「ほぇ? どうしたんですか、急に?」


「いいから答えてみ。真面目にな」


真面目に、という部分に念を押す。


アリスはしばらく黙り込んでから、はっきりとした声で告げるように答えた。



「いいえ。変わらないと思いますよ」



すごく透き通った、濁りの無い解答だった。


その言葉にヴィネアも少しだけ反応する。


「確かにA組の生徒とB組の生徒には明確な差があります」


それは残酷な事実だった。だからこそA組、B組と分けられ、はっきりと分かるように区別までされてしまっている。


「ですが彼らも同じ学院に通う仲間です。同じ時に入学して来た同級生です。スタートラインは皆同じだったんです」


実際、入学時には明確な差などなかったはずだ。しかし志の差がそれを分け、クラスを分けた。


「ですが私はそれはつまり人は努力次第で変われる、ということの裏付けだと思っています。当たり前のことなんですけど努力って一つ一つは細かいようで、積んでいけば大きいものなんですよ」


いつの間にか答えているアリスの視線は俺には向いていなかった。その視線は俺を通り越して、俯いているヴィネアに向いている。


「今回は私、学院中をふらふらして、A組だけじゃなくてB組の人たちも見てましたが、皆確かにしっかり汗水流して努力してましたよ。よっぽど担任の先生に触発されたか、期待に応えたかったんでしょうね」


担任の先生という言葉に、更にヴィネアが反応して顔を上げ始めた。


「私は人を先入観で見るつもりはありませんが、そのB組の人たちの努力する姿を見たからこそ、本番でも信じてB組の人たちに背中を預けますよ。そこにクラスの違いなんて関係ありません」


暗い世界に差し込む一筋の光のように微笑むアリス。その微笑みは俯いていたB組担任に一縷の希望をもたらした。


「そ、そう。ありがとう・・・・・・」


軽く頬を紅に染め、礼を言いつつ、いつもの調子に戻ったヴィネアを見て、息を吐く。


「そうよね。あの子たちだって頑張ってるもんね。今は遠くても、いつかのその日を・・・信じて待とうかな」


あくまで打倒A組は変わらないのか・・・・・・。


やれやれ・・・。俺の意図を汲んで、期待通りの解答をしてくれた生徒と、何も気づかずに慰められた教師。どちらが生徒で、どちらが教師なんだか・・・。


その次の試合もA組対B組の生徒となったが、その試合はお互いに攻撃ノーヒットで終了が告げられた。


そして、


「8番、A組ロイ・ウィレム。A組マックス・アルトライア。上がりなさい」


「はいっ!」


「・・・・・・・・・・・・」


闘技場中に響き渡る元気な返事と、もはや無視。正と負の対になりそうな両名の反応だった。


「来たか・・・・・・・・・」


「来ましたね・・・・・・・・・」


「え? 何? あの子たちそんなにすごいの?」


何も知らないヴィネアとは正反対に、俺とアリスはその試合に全神経を集中させようとしていた。


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