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妥協と追求の結果に

「なんだか騒がしいですね・・・・・・」


「なんかあったかねぇ・・・?」


昼休みの時間を超え、重役復帰してくると学院が少しだけ喧騒に包まれていた。


魔獣大行進に向けての強化期間には教室での授業は行われない。なので時間や場所はかなりルーズになっている。重役なんたらが許されるのもそれ故にだ。


だがルーズだからこそ色々な問題が発生する。教員が観察不行き届きでよく叱られるのもこの時期。


しかし魔法の練習をするにしても教員の目の届くところでなければならないというのが原則。なのだが普段は魔法の軽使用ですら認められていない生徒は、ここぞとばかりに興奮気味だ。なので教員の目を盗んで・・・なんてことも少なくない。


今回の騒動もその類だろうか──────、


──────と思っていた。のだが。


「すげえ・・・・・・!」


「これが本当の魔法・・・・・・!」


数人を中心にして、それを沢山のオーディエンスが取り囲むその様は、騒動と言うより一種のショーのようだった。


「なんの騒ぎだ・・・・・・」


「おわっ・・・! 先生!?」


近くにいたギルに声を掛けると「やべっ!」というようなリアクションを見せ、そのリアクションは他の観客にも伝播していく。


そして観客たちは勝手に魔法を使用していたという後ろめたさもありきか、その足を引き、中心に向かう花道を作り出す。


花道に誘われ、その中心へと歩みを進めると、


そこには2人の男子生徒が立っていた。


片方は3年生だ。眉を吊り下げ、顔に脂汗を浮かべている。いかにもやらかした、と言わんばかりの表情だ。


もう片方の生徒は内のクラスの生徒だ。つまり2年生。普段の威風堂々とした態度は今も変わることなく健在。金色に逆立てた髪が威圧感を放ち、釣り眉は鋭い眼光を演出し、首にかけた眩いネックレスがそこはかとなく高貴さを示す。


「ロイ。この騒ぎはお前のせいか・・・?」


声色を重くし、問いかける。


「いいや。そこの口だけはデカい先輩のせいだ先生よ」


「なっ・・・・・・!」


勝手に責任をなすりつけられ3年生の方が憤る。しかも後輩の方に反省の色は全くない。


その後両者の言い分を聞いたところ、どうやら2年生たちが魔法の実技練をしているのを、暇を持て余した3年生が見かけ、顕示欲に駆られてお手本を披露していたらしい。


そこへ我が道を行く主義のロイがやってきて、一通り罵倒したわけだ。後輩に馬鹿にされて頭に血の登らぬ器の持ち主などそうはいない。そのまま売り言葉に買い言葉でこの場は決闘に持ち込まれたらしい。


「あのなぁ・・・。いくら後輩の態度が悪いからってこんなことして許されると思ったのか? 第一、3年生は授業があるんじゃないのか。授業サボって後輩に喧嘩売ってるとはい〜いご身分だな」


皮肉も込めつつ注意したつもりだったのだが、その生徒の顔は「?」という感じで首を傾げる。


周囲からも「あれ?」、「え?」というような声が聞こえる。


はて、何かおかしなことを言ってしまっただろうか?


「あの、さっき担任の先生から聞いたんですが・・・、『今回の魔獣大行進は厳重体制をとるため特例で3年生も行くことになった』と・・・・・・」


・・・・・・・・・・・・。


しばらく考えてから俺はその場をほったらかして職員室へと駆け出した。




──────


「昼休み中に職員集合がかかって、そこで知らされたのよ。それをアンタは・・・。どこ行ってたの?」


「拉致されてた」


「ん?」


職員会議はどうやらかなり前に終わっていたらしい。しかし幸い、まだ職員室に残っていたヴィネアに事情を聞くことができた。


たしかに今回の魔獣大行進の規模が例年に比べ、大きいということは分かっていた。しかし、


「どうなんだ、それ?」


「さあね。ただ・・・学校側としてはこの間みたいな問題もあるから、生徒の身に何か起こることだけは避けたいのでしょうね」


この間の問題というのはどこぞのスパイに侵入を許し、長期間にわたる工作までされ、その挙句、内通者が学内にいたということ。あれによって学院や生徒だけでなく、国やひいてはその国民にまで危機を及ばせてしまった。


そんなこんなもあって今現在、学院の信頼度は地に落ちる・・・まではなくともかなりよろしくない。


その中でこうして毎年恒例の国事参加を行えていることだけでも批判の嵐なのだ。生徒から重傷者や果てには死亡者が出れば、国民の不満は大爆発するだろう。


というか今でさえ割と爆発はしているのだが・・・。


連日、記者や住民は押し寄せ、不満の手紙は届き、事務の方々は手を焼いている。


それでも学院が国事参加に踏み切れたのは、この学院が()()であるからに他ならない。


誰しも1度は戦場をくぐり抜けて立派な魔導師になる。それが国の考え方であり、国事参加も恐らくは校長ではなく国のお偉いさんの判断だろう。要するに民が許さずとも国が許す、ということだ。


しかし国民の不満も放置する訳にはいかず、という所で多少戦い慣れした3年生を同行させ、厳重体制をとるという折衷案を出した。


「でも・・・3年生だって立派なウチの生徒よ。結果的に生徒を危険に晒していることに変わりはないのにね・・・」


「まぁ国側もいつもより動員する軍兵を増やしてはくれるだろうがな」


「じゃあ3年生が出る必要ってあるのかしら・・・?」


魔獣大行進で活性化する魔獣は実のところそこまで強くはない。普段ならその辺の冒険者や軍兵によって駆除されてしまうくらいの危険度だ。


つまり多少戦い慣れさえしていれば問題なく倒せる相手なのである。


国の上層部はウチの3年生をその対象として捉えたのだろう。しかしそれでも彼らが投入される必要があるとは思えない。


「まぁ格好つけなんだろうな・・・・・・」


「それで将来を失う生徒もいるかもしれないのにね・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


沈黙するしかなかった。


それもこれも()()()()()()仕方ないことなのだ。


国民の不満は放っておけば国を沈める。それに対して、1人の生徒の将来が失われたとてご愁傷さまの一言で済ませられる。


そもそもこの魔獣大行進すらも乗り越えられない生徒など、生き延び、兵士になったところですぐ潰れてしまうに違いない、ということだ。


所詮、国単位で見ればその程度なのである。


しかしそれは決して軽んじていいものではない。


「でも生徒を出撃させるなんて、それこそ国民の不満を煽りそうだけど」


「多分、国民には厳重体制をとるってことしか言わないつもりだ」


「そんな・・・!」


憤慨した様子でヴィネアが声を張り上げるが、その勢いはすぐに萎んでいく。


今の王政はおおよそ20年前に発足した。以来、資源の枯渇を防ぐためと称し、国外侵略を繰り返す。


しかしその域は資源確保などとうに超えている。


今現在、ヴァルトピアが戦争を繰り返すほどに欲している資源などこれといってない。


要するに現王政は国内のことになど関心がないのである。だが関心がない=のさばらしにしている、ということではなく、軍の一部を全王政にはなかった「清国軍」という国内統治の軍を創設することで余計な火種を潰した。


序盤は清国軍を活性化させることにより、以降の犯罪を減らした。他のことにも大きな抜け目はなく、国民の大半は現王政に不満がない。


そう。一部を除いては。


「とりあえず対策を尽くす姿勢を見せておきたいのさ。それで生徒に問題が起きたら、上手く扇動して学院側の落ち度にするつもりだろう。『学院には厳重注意を促しただけで、生徒を増員しろと言った覚えはない』とかな」


国外侵略だけに尽力する国家の犠牲になるのは兵士だけに及ばない。この学院、そして教員、生徒も例に漏れずである。


今回の決断も魔獣大行進で将来有望な戦士の原石を発掘し、国外侵略のための戦士の補強の目処をつけることが目的だろう。そのために犠牲になる生徒や教員がいる。


どう考えても杜撰で横暴な実行。そんな政治でも文句が出ないのは清国軍の効果が及んでいるから。


「どこまでも汚いやり方ね・・・・・・」


「人道的にはな。だが言ってしまえば効率的ではある。その効率を追求出来ているだけ(うま)政い治だよ」


別に褒める気などありはしない。しかし目を見張るものはあるのだ。そこは認めざるを得ない。


その言葉を聞いたヴィネアがうつむき加減になり、少しの間が訪れる。そしておそるおそるといった様子で次に続く言葉を絞り出した。




「あなたは・・・これでいいと思ってる・・・・・・?」




胸の前で小さな拳を握り、勇気を振り絞り、やっと口にしたその問い。


「・・・・・・・・・・・・さあな」


その問いに返せる答えは、俺の手元にはなかった。とぼけるように「何の話だ」とつけ加える。


「不要な物は切り捨てる。ただひたすら『効率』だけを追い求める。それがこの国家なりの政治なんだろ」


「その過程を省みない、厭わないのが影の部分なんだけどね・・・・・・」


まぁそういうやり方もある。何より国のお偉いさんには俺たちには理解し得ない苦労事があるんでしょう。


「昔、先生が言ってた。『過程を度外視し、結果を追うのならどこまでも非情に、一途に』ってさ」


冗談めかしてカカッと笑ってみせる。何度も言うが、今の国家のやり方を褒めるつもりも肯定するつもりもない。


「物は捉えよう、感じ方は人それぞれってね・・・」


そう言って呆れるようにヴィネアも微笑む。


「んじゃ、そろそろ行きますか、っと」


お話に一段落ついたところを見計らったヴィネアが軽く伸びをして、椅子から立ち上がる。


・・・・・・。この時期授業はなく、教員もやることと言えば外周りと実技の指導くらい。


何が言いたいかって言うと、みんな割と薄着なんです。だから無防備な双山の強調やめようね。


「何はともあれアタシ達教員がしっかりやれば万事解決なんだから、頑張りましょっ。お互いにね!」


「ああ」


そう告げてヴィネアは職員室を去った。


・・・・・・・・・・・・。


本当ならその後を追って俺も戻るべきなのだろうが、独りになった職員室で思考に(ふけ)った。


「これでいいと思ってる、か・・・・・・」


思い返すのは、答えなかったその問い。


不必要な物は切り捨てる。その考え方は効率的なのだろう。


しかし例えば、人から不必要なものを全て切り捨ててしまえば、それは人ではなくなるように。


きっと不必要なものの中にも必要なものがある。


それを主張しようとしていた過去の自分がいた気がした。だがそれは頭痛と共に頭の片隅に放り捨てられた。


「もう・・・・・・大人なんだよ、俺も」


そう解釈し始めたのは全てに諦めをつけてからだった。


過程を度外視していた頃があった。しかし過程がない自分の空っぽさに気づいた時、その歩みは止まった。


自分を犠牲され、自分を犠牲にした。


世界は残酷にできている。誰かが笑っている裏には誰かが犠牲になっている。


ならば俺は笑ってみせよう。


たとえ、犠牲になったのが自分自身だったのだとしても。


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