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教育者なれば

冒険者も荒くれ者も、普通の役員だって仲良く卓を囲む。ここはそんな場所・・・・・・だったはずだ。


「あれあれ〜? 何だって魔法学院の教師サマがこんな所でメシ食ってんだ〜?」


「ほう・・・。それはこの店に対する侮辱か? それとも俺への煽りか? 前者ならここで土下座、後者なら表出やがれ、この脳なし軍曹が」


「・・・・・・・・・あ?」


その「あ?」は聞こえなかったからもう1回、という意味の催促には聞こえない。どう聞いても、キレ気味の言葉だ。


「頭だけじゃなくて耳も悪くなったか? いいからさっさと━━━━━━」


俺が言い終わるより速く、視界に映っていたその男の姿が一瞬消えた。そして次の一瞬で視界を埋め尽くすくらいに接近していた。


「!」


顎を狙ってきた拳の一閃を回避する。片方が完全に手を出したことで、不穏な空気は一気に開戦のムードへと差し替わった。


「ちょっと! 荒事なら外でやんな!」


たった今、客から厄介者へと早変わりした俺たちに店女将は怒号を上げる。


「ご心配・・・なくっ!」


攻撃を空ぶった敵の襟元を掴み、開きっぱなしのドアの外へと放り投げる。


「ほがっ・・・!」


投げ捨てられた襲来者は受け身を取り逃し、木造の床から放り出され石畳の上を転がった。しかし転がった勢いそのままに後転倒立の要領でさっと立ち上がる。


「荒事をお好みなら職場に適任の奴らがゴロゴロいるんじゃねえのか。生憎、俺はもうそういう場を離れたただの一般市民なんだよ。お引き取り願うぜ・・・」


「アホぬかせ・・・。軍人を投げ飛ばす奴のどこが一般市民だよ。それにそういう荒事が欲しくなってきた時期じゃねぇの、なぁ元軍人の先生さんよぉ?」


互いに言葉を交わしながらもジリジリと敵との間合いを計り合う。


文面には穏やかさの欠片もないが、今はまだ互いに言葉を交わしあっているだけ穏やかな方だ。本当に戦闘が始まれば、殺気に包まれた場からは一切の言葉が消える。そこに響き合うのは、骨肉を互いの骨肉で打ち合う硬い音だけ。


しかし実のところ━━━━



この場に殺気なんてものはなかった。



「「うるぁああああああああっ!!!」」


ゴツッという固いもの同士がぶつかり合うような、開戦のゴングの音が響いた。





━━━━━━


2人の青年が店を出てからというもの少女は、


「お嬢さん、魔導学院の生徒さんなんだって!? 道理でお美しいわけだぁ! ガッハッハッ!」


「まさか俺たちみてぇな不精な男が、まさか魔導学院に通っている生徒をお目にかけられるとはなぁ! しかもこうまで美しいとは・・・!」


「俺たちの職場にゃ男しかいねえから美しい女学生なんて目の保養でしかねぇ〜〜」


「・・・・・・・・・・・・」


ひたすらゴツイ男達に囲まれチヤホヤされていた。


その整った容姿により、普段から男たちにチヤホヤするのには慣れている彼女もこれには居心地が悪そうな顔を浮かべる。


「ハァ・・・。あんたら落とせないと悟って諦めたのかと思ったら、その場の勢いでこれかい・・・」


女将もその可憐な花が、暑苦しい絵面に巻き込まれている様にうんざりとしている。


「だ、だってよぉ〜女将さん・・・」


「『だってよぉ〜』じゃないよ、情けない。だったら最初から話しかけて玉砕されときゃよかったじゃないか。ずっと横目でチラチラ見てることしかできないから有象無象揃って女の一人も落とせないのさ」


そう口にされた瞬間、その有象無象たちの身が一瞬だけ縮こまる。図星も図星だったようだ。


「え・・・? 私、そんなに見られてたんですか?」


「気づいてなかったのは本人だけってやつだね。というか今回に限ったことじゃなかったけどねぇ。今まで見かける度に獣のような視線で狙っていたさ」


「え・・・・・・・・・・・・」


さすがの淑女もこの新事実には引き気味の表情を隠せない。一方、やった方の有象無象は、これを機に彼女がこの店を訪れなくなるのではと青い顔を隠せない。


「はは、でも心配することはない。あいつらの隊長は色恋沙汰には厳しいのさ。隊長がいる限り話しかけることも出来ないだろうからねぇ。今回はその隊長がいなくなったから積極的になってんのさ」


そう言って再度、「隊長が厳しいのがなんだい、情けない!」と暑苦しい男達を叱咤しだす女将。怒られている男達はしゅーんと背筋を丸くして説教を受ける。


屈強な男達が、1人の若女将相手に頭を垂れる光景にアリスは少しだけ微笑んだ。ウルティカといい屈強な男達といい、見知った顔ではあったがその人となりといったことはあまり知らなかった。


その一面を今日観れたことに彼女は感謝の念を抱く。もっともそうさせてくれた者はここにはいないが。


店内では、席の大半を埋めつくしていた男達がまとめて床に正座で説教を受け続ける。そのお説教が終わるのを待たずして、店のドアが開かれる。


「あっ! た、隊長・・・・・・?」


開かれたドアの先を見て男たちが叫ぶ。


恐らく彼らの頭には釈明の言葉や謝罪の言葉が並んでいるのだろう。顔は青く、脂汗が滲んでいる。


「せ、先生は・・・・・・!?」


ドアを開き姿を現したのは「隊長」の方。つまり姿を見せぬ「先生」の方は敗北を喫し、地に伏せているだろう。先程までの微笑みは一瞬にして消え失せ、心配そうな顔を浮かべていきり立つアリス。しかし、


「・・・・・・・・・・・・?」


どうも様子がおかしい。ドアの向こうから姿を現した彼は両腕をだらんと垂らし、やや猫背で前屈みになり、重心が定まっていない亡霊のように左右にフラフラとよろめいている。


そして次の瞬間にはよろめく体を支えきれないかのように前に倒れ込んだ。


「た、隊長ーー!!!」


倒れ込んだ衝撃で店の床は少しだけ軋み、砂埃が立ち上る。


「戦いの最中に目の前の敵しか見えなくなるような奴は出直してこい、と伝えとけ」


そう口にし、俺が勝者として姿を現す。しかしその息の荒さが拮抗した勝負であったことを物語っていた。


「隊長が負けただと・・・!?」


「闘いにしか能がないあの隊長が!?」


「バカだけど腕だけはたつあの隊長が!?」


「あんた一体何者!?」


まさか、とでも言わんばかりの反応。しかし・・・陸軍隊員も隊長に対して容赦がない。


その問いに対して、俺が口を開くことはない。正確に言えば開く「必要」がなかった。


答えたのは店の電灯の光が届かない、一際暗い角の席に座っていた隊員。


「はぁ・・・・・・。お前ら察しが悪いよ」


彼は隊員と呼ぶには少しだけ風格があった。恐らくただの隊員ではない。


「まずそのお嬢さん。お前らみてえな蛮人が声をかけていいお人じゃねえ。軍人ならその御尊顔は目にしたことがあるだろう。気づいて、落とせねえと理解した上でチキンになってんのかと思ってたが、ただのチキンだったわけかよ・・・」


「へ? 副隊長それはどう行った意味で・・・?」


そう言われて再び隊員たちの視線がアリスに集中する。その目はさながら獣のようだが、ここで彼らが襲いかかっても、一人残らずまとめて返り討ちに違いない。


そう。彼女にはそれだけの力がある。副隊長と呼ばれた彼が言ったのもそれを知ってのこと。彼は察しの悪かった隊員たちに対して、アリスに自己紹介を催促する。


「名前をアリス・カートレットといいます。私の容姿だけをご存知だった方は、この名前も覚えて帰って頂けると嬉しいです」


「「え!?!?」」


これでようやく彼女に言いよっていた輩も自分のしでかした事の重大さを理解しただろう。


「ったく・・・。言い寄るにしても相手が()5()3()()()()()()じゃあ色んな意味で相手が悪すぎるぞお前ら」


「・・・・・・・・・・・・え?」


今のは俺の声。


というか今あの人何つった? 「王聖」とか言わなかったか?


王聖というのはこの国における称号の一つ。この国においてこの上なく優れた魔導師に贈られる称号。単位に「代」とついている通り、先代が亡くならぬ限り次代の王聖は任命されない。つまり同時に2人とは存在し得ぬ、この国における唯一無二の存在。


それがアリス・カートレット。俺の生徒。


「あちゃー。言われてしまいましたね。先生には私の口からは伝えないでおこうと思っていたんですけど・・・。・・・・・・・・・先生?」


告げられた事実を理解するのに数秒かかった。そこから自分の進退、身の程、これからのこと、さらに自分が今どうするべきなのかにまで考えは及ぶ。そして、


「・・・・・・アリス・・・『様』」


「『様』!?」


突如払われた敬意にアリスは驚愕を見せる。


生徒とはいえ今となっては聖人君子。敬称で呼ばなければ国民に刺されるかもしれない。


「俺は教員を辞めるわけにはいかないんです・・・。辞めると多分心配性の校長がうるさいんです。でもこのまま貴方様の担任を続けることも荷が重い」


「全然いいんですよ!? 続けてくれて! というか今まで通りでいいんですよ!?」


酷く慌てた様子で弁明の言葉を並べ立てるアリス。だが彼女が気にせずとも俺が気にする。彼女が許そうとも国民やお偉いさんが許してくれなそう。


「というわけでここに1つご提案がございます」


「何も変えなくていいと思いますが、果たして何のご提案なんでしょうか・・・・・・」


「俺は教員を辞めたくない、ですが貴方のお手を煩わせるわけにもいきません。というわけで今から俺は貴方の()()()()()()を校長に直訴しに━━━━━━」


「いやあああああやめてえええ!!!」


「痛てえ!」


「王聖」の放ったビンタに頬を叩かれ、脳が軽く揺れた。さすがにいい威力。


「先生・・・さては私に飽きたんですか!? だから私を一学年上に送って捨てようとしてるんですね!?」


「捨てるなんてとんでもない。貴方が我々を捨てて行くので、あ、ちょ、触らないで・・・抱きつくのはおやめください」


「やだあああ、捨てないで下さいい!!」


涙目になりながら泣き縋り付いてくるアリス。街中で「王聖」ともあろうお方を泣かせたなんてことがあれば、その辺の役人が黙っていないだろう。


気付けば周りの軍人たちは生暖かい目でこちらを見守っている。


「いやあ、これが修羅場っていうのか。見る側からすると意外と面白いんだなこれが」


「呑気に解説してますけどこれ全部あなたのせいじゃないですか、副隊長! どうしてくれるんですか!」


半泣きの状態は変わらず、俺の腰も離そうとしないままアリスが副隊長に抗議する。


「俺が言わずとも明後日辺りには国全土に知れ渡ってたでしょうよ。遅かれ早かれこうなってたんですよ」


副隊長の仰る通りだ。例えこの事実を知るのが一二日遅かったとしても、俺のとる対応が変わることはないだろう。


「これで分かったろ。彼女が『先生』なんて呼んでるんだ。彼の話なら酔った隊長がよくしてるだろ」


副隊長がまた何か言ったようだが、彼の正論に対し食い下がったアリス、更に釣られた周りの隊員たちも加わって更に店内は騒がしくなり、よく聞き取れなかった。


「なんだ。今日はまた一段と騒がしいな」


今、後片付けを終えたらしい店主がそう呟く。そういえば俺たちも随分前に来た料理に手をつけれていない。


「すみません、騒がしくしてしまって・・・・・・」


「かまわんさ。軍の奴らがいるからほぼ毎日こんなもんだよ。ガッハッハッ!」


謝罪の言葉に笑って返す店主。その豪気な笑い方はウルティカさんそっくりで、親子という繋がりを感じさせる。


「あんたその服・・・。ひょっとしてあんたがアリスちゃんのいう『先生』かい?」


店主は俺の着ている魔導学院の教員にだけ支給されるコートを見て、そう問いかける。


「はい。恐らく」


「ほぉー。想像してたのとはちと違うが、いい先生だってのは分かるよ」


「はぁ・・・・・・」


褒められたのに間違いはないのだが何だか釈然としないのは、外面だけを評価されたようにしか思えないからだろうか。


もちろん人間たるもの見てくれは大事だ。だがどんなに観察眼に優れた人でも見てくれだけでその人の全てを理解することはできない。


例えば、外面は麗しい女性も戦士となれば豹変する時があるように、人間なら誰しも360度全ての方向で色んな「顔」を持っており、それに皮を被せることで覆い隠し、「自分」を生きている。


だから100年寄り添った夫婦でも、互いのことを全て知り尽くすことは叶わないだろう。それくらいに個人が抱える「顔」や「過去」は多い。


それこそが人間の最大の面白さであり恐ろしさであるのだと感じる時は多々あるが。


「あの子はよく出来た子だよ。きっと親御さんの育て方が良かったんだろうね」


口を開いたのはウルティカさんだった。


「ただ・・・やっぱりできる子ってのは()()の人とは考えることも感じ方も違うのかねぇ。不器用だったのさ。恐らく学校でも浮いてたんだろう。違うかい?」


「仰る通りです」


「そんなあの子のある日を境に雰囲気が一転した。それはきっと先生が何かしたんじゃないのかい?」


「自覚はないんですが・・・・・・」


アリスの雰囲気が変わり始めたのは家庭訪問がきっかけではなく、もう少し以前からだったと彼女自身が言っていた。あれ以前となると、もう俺には心当たりがない。


「誰かの何気ない一言や行動が、他人の人生を良い方にも悪い方にもひっくり返しちまうってのはよくあることさ。でも()()()()()()()()には自覚がないってね」


ウルティカさんはカウンターに肘をつきながら、ため息をつきながら続けた。その視線は向こうのアリスに向けられている。


「皮肉なもんだよ。ひっくり返された方は相手に感謝しようが、恨もうが、それは届くことのない片想いなんだからねぇ」


「片想い・・・・・・ですか・・・・・・」


「そうさ。口にするまで届かない想いほど可哀想なものはないよ」


ふと視線をアリスの方に向ける。少し涙目になりながら、自分より頭2つは大きいだろうという副隊長に言い募っている。


一昔前の彼女のままだったら、あんな姿を見せてくれただろうか。


栄誉、実力、実績。それら全てを持ち、少女は閉じこもっていた。持っているものは何一つ、彼女の救いにはならず、むしろ彼女を独りにする壁となった。


それを取り払ってみれば、高貴な茨に覆い隠されていたのはただの少女。きっと今、彼女の歩みがそれを周囲に伝えようとしている。


「私は教員のことなんて全く知らないが、学校の先生が生徒に教えるのは何も勉強だけじゃないってことはわかるさ。じゃあ、もう教わる必要のない優等生が先生に求めることってのはなんなのかねぇ?」


ニヤニヤした顔でウルティカさんが言葉を締め括る。


たかが一教員。そう解釈しきってしまうのは簡単だ。そして俺は、アリスが今まで出会い、これから出会う人の中の1人に過ぎない。星でいうと五等星くらい。


人の出会いが人を変えるというのなら、たった1つの出会いで全てを変えることもできるだろうか。もしくは変えてくれるのだろうか。


どこぞの校長もそんなことを期待している的なことを言ってた気がする。


「まったく・・・。教育者ってのはどこに真意があるのかわかんねえな・・・」


そう吐き捨てながら、目の前の料理を口にする。それはすっかり冷めきっていた。だからこそもう一度ここに来たいと思わせてくれる。


「ありがとうございます。ご馳走様でした」


いろんな意味を込めて2人の店主に礼を言うと、2人はそっくりな笑顔で「あいよ! またのお越しを」と答えてくれた。


また来るか・・・・・・・・・次は1人で。


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