歓喜と憂い
ある人が言うには、人生で人が授かる幸運と苦難の数は皆平等らしい。真面目な返答をさせてもらうと、そんなことはあるはずもないのだが。
要するにこの言葉は何が言いたいのかというと、誰しも人生には幸せな時と、苦しい時があり、その数は等しくなくとも、今が苦しければいつか幸せな時が来る。その逆もまた然り、ということだ。
というわけで生徒たちも教師陣にも辛いことであった行事が終わった。そしてつかの間の平和が訪れた後、また緊張の時は訪れる。
実行があったのなら、良くも悪くも結果が伴うものである。
「うわああああああ!!」
テストの結果は学内の掲示板に張り出される。上は1位から下は300位まで全て、点数も込みでだ。
点数が良ければ賞賛の対象となり、悪ければ公開処刑だ。誰もが固唾を飲んで結果を見る中、
「3位から抜け出せねえええええ!!」
そう叫んだのは、我がクラスの問題児マックス。彼はバカそうな言動に反して、実は優等生だ。授業は真面目に受けてるし(一限は絶望的な遅刻率)、家庭学習の努力も見えるので、クラス担任的には意外でもない。
しかし彼の素性をよく知らぬ他クラスの生徒たちは、彼の努力を知る由もないので、「なんでこんなバカそうな奴が・・・・・・」とか思ってそうな表情で彼を見ている。
ちなみに彼はたしかこれで3回連続の3位だったはずだ。それはかなーり凄いことなのだが、彼が目指しているのは更に上。それを阻んでいるのが、
「また2位・・・。やはり・・・敵いませんものね」
「いやいや、充分すぎるからサクラ・・・」
そして━━━━
「すごい・・・! すごいよアリスさん! これで入学から7回連続1位だよ!」
「あ・・・うん、ありがとう」
「まるで当たり前のようにクールな返答・・・! これが王者の貫禄・・・!」
数人の男女に囲まれわいのわいの。その中心にはアリスがいた。
掲示板に載る名前は上からアリス、サクラ、マックス。この順が定着しつつある。
そして今回も今回とて、上から13番までをA組が独占していた。ちなみにうちのクラスは全員で20人。そして上位30番までの3分の2をA組が占めた。つまりクラス全員が上位30番に入った。
「うぅ・・・。次は、次こそは覚えておきなさいよ・・・!」
「はいはい・・・・・・」
いつの間にか横に来ていたヴィネアが負け惜しみ的なことを呟く。それ聞くのもう何回目かなぁ・・・。
「うちの子たちだって頑張ってるのに、何が違うっていうのよおお!!」
「「先生泣かないでええええ!!」」
ヒストリカルになった担任に釣られるように、B組の生徒たちも泣き出す。愛されてんな。
「先生ぃぃ・・・。あの二人強過ぎるよぉ・・・、勝てないよぉ・・・」
「片方はバケモノ、片方は全知神だからなあ。人間の殻を破り捨てないと勝てないよ」
「じゃあ俺、明日から何になればいいの・・・?」
「とりあえず人間になろうぜ」
「俺は猿ううぅぅぅ」
マックスがすがりついてきたのをひっぺがす。
人間誰しも向上心が備わっている。B組の生徒たちが上位を目指すのなら、A組の生徒たちは最上位を目指す。
おそらく差があったとしたら最初だったと俺は思う。
入学当初からA組の成績は他クラスよりも頭一つ抜けていた。それが彼らを高いステージへと乗せ、向上心と共に更なる高みを目指し始める。そうして振り返らずに上だけを見て突き進んだ結果がこれだ。
上位者は上だけを見上げて追い続ける。下位者は上位者を見上げるが、その差を感じ、歩みは段々と遅くなっていく。
クラス担任としてはA組の飽くなき向上を喜ぶべきだが、しかしこの学院の一教員としてはA組の存在がかえって他の生徒たちの向上の妨げとなっているのではないかと感じ、なんとも複雑な気持ちになる。
それについてA組に非はないので、勉強するなとか成績落とせとかは間違っても言えない。しかしこれは教職員が次に解決すべき問題かもしれないのだ。
━━━━
「えー、今回の試験の件だが・・・・・・。皆も見ての通り、本当に良くやったと思う。しかしあくまでこれは学院内だけの試験だ。これから学院を出れば、そこには君たちの予想など軽く超えてくる者達がいる。今は想像するのも難しいと思うが、要するに今回で満足せずに努力するように。以上」
こんなセリフを口にするのももう何回目になるだろうか。毎回、少しずつ文章を変えてはいるのだが、言っていることは毎回同じだ。
生徒たちも「またか・・・」とでも言わんばかりの顔で話に耳を傾けている。まぁ仕方ない・・・。
担当クラスに非の打ち所がない、というのも中々にやりにくい。かといって非のあるクラスを持てば、非のないクラスが良かったとか言い出すのだろう。
いつもと同じなら、このまま担任の総評などなかったかのように進み、いつも通り彼らは頑張り続けるだろう。
しかし今回はいつものようには行きません。
「さて、これでテストは終わり。お疲れ様・・・といいたいところだが・・・・・・残念ながら今回はこのままお疲れー、とはいかない」
その一言でクラス中の反応が二分される。
かたや「ほえ? まだ何かあるの?」と間抜けな面を晒す者。それとは逆に表情がやや強張る者。
それによって知っているか、知らないかが分かる。
「もう既に先輩や兄弟から小耳に挟んでいる者もいるようだが、今からお前らに大事な書類を配る。大事なことだから2回言うぞ。大事な書類だからな」
結構圧をかけるように言ったので、クラス全体の空気が引き締まった。それを見て、書類を配布する。
「国事参加同意書? 国事って何ですか?」
書類に目を通した委員長、クライスが問う。
「お前らも聞いたことくらいあるだろう。周囲のレベルの高さに『挫折』する1年。己の力を行使し、立場を掴み取る『行動』の3年。では・・・2年は?」
質問の答えにはなっていない。しかしこれで何が言いたいのかは大体伝わるはずだ。
その問にクラス全員がぼそりと呟くように答えてくれた。
「「2年は・・・・・・『地獄』」」
「ご名答。それはその地獄に向かうための同意書だ。君たちの先輩方やお兄さんお姉さんは、この地獄を乗り越えてきたんだ」
もちろんこの学院の卒業生なら誰しもが通る道だ。しかし誰しもが乗り越えられる訳ではない。これによって心を折られた者も少なくなく、そのまま学院を去る者もいる。
しかしこれを乗り越えられなければ、彼らは何者にもなれない。雛も一度は空を飛ぼうとしなければ、一生飛べないままだ。
「ついこの前危険な目にあったばっかなのに・・・また危険なことなんですか・・・?」
「この間のはハプニングだからな。ノーカウントだ。しかも実際闘ったのは、俺とアリスくらいだったしな」
「え、待って・・・。ってことは、次は俺たちが闘うってことなんですか?」
流石に抜け目のないギルだ。口振りだけで何が言いたいか察してくれる。
「その通りだ。君たち、魔導科2年生には魔獣大行進の鎮圧に参加してもらう」
「「はあああああああああ!?!?」」
クラス全体のどよめきに教室が震えた。
ただ1人、アリス嬢だけがなぜかお茶を啜っていた。おい・・・。
「魔獣大行進って確か、国周辺の魔獣が一斉に繁殖期を迎えて気性が荒くなることでしたわよね・・・。それを鎮圧って、あまりに危険ではありませんか?」
「もちろん俺たち教師陣も総動員だ。命の保証だけはしてやる」
「つまり生かしてはもらえるが、大ケガはする可能性はあるってことじゃねーか! うわあああ!」
「生徒の察しが良すぎて、先生は幸せだよ」
「「俺(私)たちは全然幸せじゃないんですが!?」」
まあ絶対にケガしないってことなら、保護者の同意書とか要らないんですよね。移動費とかは国負担ですし。つまりそういうことです。
「うちのクラスはアリスがいるから、まだ幸せな方だと思うが」
「「確かに!!」」
「まあアリスは特例で、教員サイドに立ってもらうのが既に職員会議で決定している━━━━」
「「この鬼教師たちめ!!!」」
これもわが子を谷に突き落とす獅子のようなものである。
しかし突き落としてそのまま死なれてしまっては、教育の場としては問題になるので、空を飛んでなんとか谷底スレスレでキャッチしてやるのが、今回の俺たち教師の仕事だ。
しかしそうなった者は二度と谷を這い上がっては来れない。そうなれば、一生かけても魔導士として立ち直れるかはわからない。
彼らには拒否権がある。
何も知らぬまま、平穏に過ごすことも一種の幸せの形かもしれない。
しかし残念ながら、毎年大半が参加し、参加した者の大半が乗り越えて帰ってくる。そんな彼らの一回り大きくなった背中を見て、何も変われていない自分にそれでも幸せを感じられるだろうか。
傷ついてでも進まなければ人として生きても、魔導士としては死んでしまう。
これから彼らの中には、命の保証のない戦場に赴く者もいるだろう。常に瞬間の中で進化していかなければ、本当に死んでしまうのだ。しかし緩やかな日常ではその力を養えない。死地に赴いてこそ、掴める何かは大きく、得られる経験はかけがえない。
つい先日、彼らはそれの疑似体験をしたが、彼らはあくまで戦闘に関わらない第三者に過ぎなかった。戦闘など見るのと、やるのとでは雲泥の差。誰にでも「初めて」はある。彼らにとっての初めてが、今回のこれになるのだ。
まだ年端も行かない時、初出撃の時、当時の曹長にかけてもらった言葉がある。
『骨は折れても治る。剣は折れても直せる。だが心だけは折れてしまえばもう一度、一から作り直していくしかないんだ。だから若いうちは涙を流しても、四肢を失っても、心で立ち続けることだ』と。
言われた当の本人である俺は、今も五体満足であり、何とか立ち続けてはいる。
俺にも今の彼らのような時期があったんだ。
今、彼らにとっての分岐点がその姿を見せようとしている。
どれが正解かなんて、その道を進み終えてみなければ分からない。
生きている限り、自分の進んでいる道が正解かなんて分からないのだ。
ただ1つ言えることは、その道は━━━━
不正解だ、とも言えないことだけである。
それは縋るにはあまりに頼りない事実。
しかしそれでも見失うことなかれ若人よ。信じ続けよ。その道が正解になるも、不正解になるも、全ては君次第なのだから。