みんな誰かの英雄
その事件は倉庫で確保された1人の容疑者と、学院で発見された1人の死体をもって解決した。
小悪魔と契約した容疑者は、メヴィウス先生の供述から彼の正当防衛によって死亡したことが明かされ、砂の欠片から細胞が確認されたことからそれが証明された。
当のメヴィウス先生は、いくら侵略者とはいえ2人の命を奪い、審問会にかけられたが、何事もなく釈放された。
しかしあれだけ国のお偉いさん方が喚いていたのを、あっさりと黙らせてしまったこの決定には謎の力が働いていたとしか思えない。
とかく、私にとってはよかった。
そして首謀者の一味と断定されたランディさんは国に身柄を拘束され、作戦の一切合切を白状したそうだ。
まずこの敵はやはり現在、世界情勢において頂点に君臨するノエフ帝国の回し者だった。
彼らは国の命令で、ヴァルトピアに侵入。そこで目に付けた女子供を誘拐し、軍資金を得るつもりが、その女子供は国立学院の職員の妻と娘だった。そこで金ではなく、自分たちの言う通りに動くようその職員を脅す。
そこから編み出されたのが今回の作戦であり、その職員こそ他ならぬランディさんだったわけだ。
国立学院は首都ヴェネスの中心に位置している。そこに転送魔法陣を展開し、兵力を無防備な国のど真ん中に転送。迎撃の暇を与える間もなく制圧。これが作戦の概要だ。
果たして誰の命令だったのか、それはランディさんからも明らかにならなかった。
しかし終わってみれば、作戦は大失敗。こちらから犠牲者や負傷者は出なかった。それもこれも先生のお陰なのだろうが、人を殺している反面、感謝すべきなのかは倫理的に分からない。
そして学院の方は・・・・・・、
ハプニングにより、テストは問題を作り直してやり直し。
施設の修復、そして取材、生徒の安全を慮って一週間の休校となった。
テストに向けて準備してきた生徒も、テストを作った専門の人達も涙目である。一方、準備不足を嘆いた生徒と教師陣は大喜びだろうか。
かくいう私も、今は屋敷で暇を持て余している。
「はぁ~、やーるーこーとーないっ! 遊びに行ってこよっかなー」
「アリス様・・・、何のための休校だと思っているんですか・・・。大人しく勉強しててください」
「学校で習うことの範囲くらい完璧だもん~」
「ハイスペックが裏目に出ましたね・・・」
国からの召集もないため本当に暇・・・。
「ねぇエレイス教えて~、暇を解決するいい方法だけがわからないー」
「じゃあそれを分かるようにするためのお勉強をしてください」
「うぐ・・・・・・」
これは一本取られた。
「じゃあ剣の特訓に付き合ってよー」
仕返しとばかりに打って出てみる。が、
「嫌ですよ。お嬢様強過ぎますから」
「じゃあ、精神統一」
「嫌ですよ。薄着で何時間も滝行なんて鬼畜の所業、何で好き好んでやらないといけないんですか」
こーらっ。滝行は魔力のコントロールの練習には欠かせないんだよ。
「それに・・・あれやると水気でほぼほぼ裸の状態になって、私やたら虚しくなるんですよ・・・。お嬢様が強過ぎますから・・・・・・」
「ん・・・? 何の話?」
確かに私は小さい頃から高めてきた集中力と、慣れから何時間も滝行には耐えられるけど、それにしては最初の言葉が繋がらない。
「私もそういうのを気にする年なので、無闇に持たぬ人を傷つけるのはおやめ下さい・・・」
「う、うん。なんかごめんね・・・?」
なんだか傷つけてしまったみたいだ。エレイスの雰囲気が重くなる。
「そ、そうだ! 今日一緒にお風呂入らない? ほら、長い間一緒に入ってないしさ・・・!」
「以前一緒に入ったのは、お嬢様が頭角を表す前でしたね・・・。あの時はなんとも思わなかったのにどうして・・・、こんな、ご立派に・・・!」
「え、エレイス・・・?」
「無闇に傷つけるのはおやめ下さいーっ!」
「え、エレイスー!?」
何がいけなかったのか、彼女は半泣きになって部屋を飛び出していってしまった・・・。アフターケアをしようと思ったつもりだったのだが。
「はぁ・・・・・・・・・」
1人取り残され、部屋に静寂が訪れる。そして再度暇が訪れる。
窓の外を眺めると、麗らかな日差しと穏やかな風に揺れる木々の葉が目に入ってきた。
こんな天気のいい日は外を駆け回りたい衝動に駆られると共に、現在の休校は生徒の安全を考慮してのものなので、外に出れないという残念な気持ちが混ぜ合わさる。
ふと机の上に置いてあった本に目が移る。
これは先生の持っていた本だ。借りてきたその日のうちに読了してしまった。
その本はいわゆる「英雄譚」というものだった。
英雄譚といえば、誰もが子供の時一度は目に通す「英雄アレクサンドル史」がメジャーなのだが、この英雄譚は個人執筆で、アレクサンドル史とはまた違った良さがあった。
アレクサンドル史はいかにも世間の謳う「英雄」についてのお話。
主人公は幼い頃から武と魔の才能に溢れ、人望に満ち、どんな強大な敵にも立ち向かって最後は勝つ。そんな誰もが理想とする人物。そして最後には腐敗していた王国を、自らが王となって立て直すという話。
小さい子供ならこれに興奮し、憧れるのだろうが、少し成長してから読んでみると、荒唐無稽で筆者の想像の中で作られた話だとしか思えなくなってしまうのである。
しかしこの個人執筆の英雄譚は、国発行の英雄譚とは真逆をゆく。
主人公は才能には溢れていたものの、魔法の適性が戦闘向きではなく、「強く」はなれなかった。それでも知識を活かして、戦場では小賢しく生き延びた。
それでもある日、強大な敵を相手にし、戦友1人を犠牲にして逃げ、生き延びることを決断させられる。
その出来事に彼の心は荒み、ついに彼は戦場を去り姿を消してしまう。
ここまでの展開ではとても彼を「英雄」とは呼べない。
しかし話の最後で彼はある人たちに出会い、再度立ち上がることとなる。その人たちこそ、
彼が今まで救ってきた人たちに他ならなかった。
彼は自分自身のことを、「才能がなく必死にもがきながら生き延びた、惨めな戦士」と称した。その思念に彼は囚われており、自分のやったことが見えなくなっていたのかもしれない。
確かに彼はアレクサンドル史の主人公のように、盛大に、かつ格好良く、人を救うことはできなかったかもしれない。
それでも彼は、日の目を浴びぬところで誰かを救っていた。時に辛い訓練に勤しむ訓練兵に優しく声をかけたり。時に戦場で行動不能になった班を、その知策で救出したり。
大勢の人の記憶に残るようなことはできなくても、彼に救われた人の記憶に、彼は鮮明に焼き付いていた。
それを彼は知らなかった。
だから彼はずっと理想の「英雄」に対し、劣等感を抱き、自分を蔑んできた。
作中で明言はされていない。だが彼は間違いなく「英雄」だったんだ。
そして、作者の後書きでこの話はこう締めくくられている。
━━━━きっと誰もが、誰かの英雄である。と
実のところ、この本は作者の後書き部分から先は、開かれた形跡がなかった。そしてこの本は出版された本ではない。
つまり、この本は誰かが先生のために描き、先生に贈ったものだ。
それを先生は最後まで読まなかった。いや、読めなかったのだ。それはきっと、この本に込められた真の意味に気づいてしまったから。
今の先生はきっとこの話を本当には読み終えていない。だから先生の描くストーリーはまだ続くだろう。
でもいつかハッピーエンドを迎えられるのなら、遠回りもきっと必要な文章になりうる。どんな物語にも不必要な部分なんてありはしない。
じゃあ私はその物語の誰になれるだろう?
答えは多分、主人公に救われた人の1人。きっと名前も描かれないただの少女。
それでもいいんだ。
英雄譚は主人公が立ち上がったところで終わった。しかし人の人生は、一冊の本には収められないほどに長く、色濃い。
描ききれなかった英雄譚の後の話は、私が描いてみせる。
救われた人の抱く心を、私が代表して私自身で描いてみせる。
私は━━━━
「・・・・・・先生のことが好きです」