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過ちと覚悟

ヴァルトピアの首都ヴェネスには、それはそれはたくさんの建造物がある。


ヴァルトピア全土をみれば、郊外には緑美しい森林地帯もあれば、荒れ果てた荒野なんてのも存在する。


人も都市も同じ。光が濃ければ濃いほど影も色濃い。しかし光が大きくなるほどにその存在は小さく、薄くなっていく。


ヴァルトピアの郊外の存在すべて忘れさせてしまうくらいに、中央都市ひいては首都ヴェネスが栄えているのだ。


そしてそんな街の中に溶け込まれてしまえば、探し出すのは至難の業だ。


今、そこはヴェネスの外れ。古びた倉庫の中。


「クソが、手こずらせやがって」


悪魔の羽を生やした、もはや人間ではない何かと化した男が悪態をつくようにして言った。


「なああ、あの女と子供ぉ、もうオモチャにしちまっていいかぁ?」


そしてもう1人。痩せぎすの薄気味悪い男がいた。男は半開きになった口から唾液を滴らせ、目の焦点も合っていない。もう片方の悪魔男とはまた違って、人間ではない何かとなっていた。例えるなら「狂人」と言ったところか。


「そうだな・・・。もう目的は遂げた。人質も結局必要なかったな。


「いぃやったあぁぁ。どうして遊ぼうかなぁぁ」


許可を貰った狂人は飛び跳ねながら、となりの部屋へと向かう。


そして静かになった部屋で、悪魔男は1人物思いにふける。


(長かった・・・。だが将軍様の野望もこれで叶う・・・。)


学院を抜け出してから数刻。彼は悲願の達成を遂げ、余韻に浸った。


だが彼は学院から逃げ出してしまった。その目で結果を見ることなく。


目に映るものだけを信じるな、とは戦場においてよく言われるが、大切な事ほど自分でやれ、とは人としてよく言われる。


彼は結果の裁定を神にでも任せたのだろうか。だとしたなら神が微笑んだのは━━━━




━━━━彼に対してではなかったようだ。




「━━━━お邪魔してます」


「!?」


倉庫の天井、鉄柱の上から礼儀を通した。


「バカな!? 貴様一体いつからそこに!」


「その台詞からするに俺の気配は察せていなかったみたいだな。それでも小悪魔か? 油断しすぎじゃないの?」


適当に煽りをかけたつもりだったのだが、相手は驚くばかりで反応すらしてくれない。


「貴様、学院を見捨てて来たのか? 大層立派な先生だな。残念だが私を追ってきたところで━━━━」


「ふざけんな。教員が学院と生徒を見捨てるわけねえだろうが。ぶち殺すぞ」


割とガチでキレた。


教員の義務は生徒に物を教えるだけの範疇では済まない。そんなことも知らない外部者に好き放題言われて言い返さないわけにはいかない。


「面白い冗談だな。あれだけの仕掛けをこの短時間で解除して、尚且つ我々の場所を特定して追ってくるなど人間技ではない」


「そうか。じゃあ━━━━」




「━━━━俺たちは人間じゃないのかもな」




目の前の怪物に向けて言い放った。


どういう意味合いなのか伝わったとは思わない。


彼の顔は何とも言えぬような顔をしていたが、その場を見て、どちらが人外生物であるかは一目瞭然だ。


「はは、それも面白い冗談だ。だが、君からは何か異様な空気を感じる。この作戦にあたっても我々はそれを警戒していた」


「そりゃどうも」


まだ奴は信じていないようだが、この勝負、すでに俺たちの勝ちだ。今やっていることは後片付けの一環に過ぎない。


彼らの敗因は俺を警戒して、本当の特異点(ジョーカー)を見誤ったことだ。


「ところで何故ここに来たんだ? 私を仕留めたとてあの魔法陣は止まらない。愛しい生徒や仲間と心中した方が良かったんじゃないか?」


「やだよ。死ぬ時くらい一人で逝かせろ」


「先生が死ぬなら私も一緒に━━━━」


「バカ野郎、17歳がなんてこと言いやがる」


暗闇からひょこっと姿を現したアリスに心中宣言をされる。こりゃ彼女の目の前では死ねませんわ。


「小娘・・・! 貴様もいたのか・・・」


「どーもー」


ひらひらと手を振って応えるアリス。


そしてアリスの登場に、小悪魔の青白い額に汗が浮かび始める。


アリスが学院に残っていれば、魔法陣の解除を彼女に任せ、俺だけが敵を追ってきたとも考えられる。奴はその線で考えていたのだろう。


しかしロジックは崩壊している。その時点で既に解除されているという線が出てくる。


「・・・答えろ。貴様は何者だ?」


その一言で空気が変わった。


先ほどまでとは比べ物にならないくらいの殺気を感じる。


「さあな。俺が教えて欲しいくらいだ」


「・・・ほう。この場に及んでまだ冗談を言えるのか」


大分頭に血が上っているようだ。


これはいつきてもおかしくな━━━━。




「答えられなかったこと、地獄で悔やむがいい」




さっきまで奴がいた所には何もなくなっていて、次の一瞬で視界が悪魔の姿に埋め尽くされる。


「っ!!!」


腰に蹴りを入れられ、体が軽く吹き飛ぶ。そのまま壁に叩きつけられた。


「っ、てぇな・・・・・・」


人間を吹き飛ばせる脚力なんて、さすがに人間じゃない。


「まぁ、人間には見えないけどなっ!」


追撃してきた悪魔の飛び蹴りを間一髪でかわす。


「チッ!」


蹴りを受けた壁がメキメキと音を立てて軋んだ。直撃していたら骨の一、二本じゃ済まなかったかもしれない。


「怖っ! 本当に人間じゃねえよ!」


「言い返すようだが、この蹴りをかわす貴様の反射神経と動体視力も人間技ではあるまい!」


すぐさま壁を蹴って、戦いの舞台を地上へとシフトチェンジ。


敵は羽を使って宙を舞っている。


「貴様は危険だ。いずれ将軍様の野望の妨げになりかねん」


「将軍様・・・?」



「ここで本当に殺しておくとしよう」



そう言うと悪魔は両手に紫の球体を抱えた。魔力反応がある。



「━━━━━━死ね」



殺意とともに投げ放たれた球体が迫る。



「これはキツいな・・・・・・」



強烈な光。熱。それら全てが今の俺の世界。


破裂した球体は炎を吹き出し、爆風は俺のすべてを巻き込み、覆い尽くした。


視界はただの白。耳にはシンプルな崩壊音が溜まり、もはや何かが聴こえているのかもわからない。


体は熱気に燃える。チリチリと熱い感覚が全身を包む。もうそれが冷たくさえ感じられる。


そっと目を閉じてみる。


このまま旅立って行けたならどれだけ楽なんだろう。


そんなことを考える。


でもきっとまだ死ねない。


人が死ぬのは志が折れた時だ。とか、正義を失った時だ。とか誰かが言っていたけど、じゃあ志なんて塵ほども残ってなくて、正義なんてとうの昔に亡くした俺は何故ここに生きているんだ?


恩師は言った。


生きているのは、まだ君がやり残したことがあるから。まだ━━━━━




━━━━━━生きる意味があるからだと。




すうっと体の熱さが消えていく。


聴覚は静けさに研ぎ澄まされ、視界の白がだんだんと色を持ち始める。



ほら、そっと目を開いて。大丈夫。今の君は、



生きているから。



「・・・・・・バカな」


静けさに飛び込んできたのは、小悪魔の驚きの声だった。


「直撃していたはずだ。なぜ生きている・・・!」


「生きてるならそんなことは気にしなくていいだろ。お前じゃ俺を殺せない」


「なんだと・・・」


ギリ、と悪魔が歯を軋ませる。


「次は俺の番だ」


ぐっと地を踏み、体勢を整える。


そのまま力強く蹴って━━━━━━


「!!」


弾丸の如く、宙を飛ぶ敵に突っ込んだ。


「ごはあっ!!!」


結果的にはただの体当たり。しかしその速度は人ならざる者の目にも留められぬ。そのまま悪魔を引き連れて、壁にめり込んだ。


「真の強者ってのは無駄なパンチは打たねえ。一発にすべてを込めて決めるんだ」


「ごふっ・・・! なん、だ・・・。今、のは・・・・・・」


「死にゆく奴に答える必要はねえよ」


悪魔の首を掴み、そう言い放ってやった。


「これ以上喋るな。もうお前に話すことはないし、話す必要性もない。ただ、一つ言ってやるなら」




「さらばだ。同胞」



「なん、だと・・・・・・・・・」


冥土の土産だ。この一言を胸に逝くがいい。そして地獄で己の選択について、よく考えることだ。


「汝不浄なるものよ、この世の理に反し、生きるその魂、我が浄化せし━━━━」



自壊への(アポトーシス・)誘い(グラッゾ・グラッデ)



━━━━これでいい。


「ぬ!? ぐっ! あああああ!」


悪魔らしい叫び声をあげて、敵は苦しみ悶える。それぞまさに阿鼻叫喚。


「身体が! 身体があああぁぁぁ・・・・・・」


その身体はだんだんとひび割れ、ピシピシと音を立てて崩壊していく。そして砂となって崩れきった。


ものの数秒の出来事だ。


ここに人ならざる者は消え去った。


これが俺のけじめだ。


初めに奴を見た時、あの時既にこの状況を頭の中に描き切っていた。こうするしかないのだろう、と。


でもやったことはただの殺し。


断罪、裁き。言い方は色々あったかもしれないが、事実は変わりない。


そう。


どう取り繕ったとしても、自分を騙し切ることはできないから。


だから人は一生罪の意識を消せない。




━━━━━━━━


「ありがとう・・・! ありがとう、お姉ちゃん!!」


となりの部屋に入ると、そちらも既に一件落着していて、泣き叫ぶ幼い女の子の声が耳に入ってきた。


「うん・・・・・・。もう大丈夫だから」


少女は号泣したままアリスに抱きついて離れない。相当怖い思いをしたんだろう。


涙を目に浮かべながら、それを眺めていた女性に声をかけた。


「あなたがお母さんですか?」


「はい・・・! この度は助けていただき・・・なんと、お礼を申したら良いか・・・!」


「いえ・・・。ご主人には色々お世話になりましたので」


彼女がランディの奥さんで間違いない。


「あ、あの・・・! 主人は・・・」


「心配いりませんよ。彼は強い人です」


そう告げると彼女もまた声を上げて涙を流し、膝から崩れ落ちてしまう。


「・・・そっちも大変だったか?」


未だ少女を抱きしめたままのアリスに問う。


「いえ・・・。泣いてるこの子を見たら、なんだか本気が出ちゃって・・・」


ああ・・・。瞬殺ですか。


よく見たら遠くの方で敵がのびていた。少しだけ敵が気の毒です・・・。


少女はアリスの胸に抱かれ、わんわんと泣き喚き続ける。


それは安心の印なのだろう。アリスが彼女らを救ったのだ。


人は恐怖から解放された時、自然と最初に目に入ったものに安心感を覚えるのだそうだ。それが美しく、力強く輝く英雄だったとき、どれだけ頼もしかっただろう。


適材適所という言葉の通りだ。人にはできることとできないことがあって、それらを上手く噛み合わせてこの世界は回っている。


もし彼女らを救ったのが俺だったら、少女は別の意味で涙を流していただろう。


誰かを救う、という行動一つとっても方法は無限にある。


アリスのように真っ当に悪を倒して、人々に安心感を与える救い方は、俺には真似できない。


今の俺には、誰の目にもつかないところで何かを消し去って、その恩恵として誰かを救うというやり方しかできない。


それは決して人に誇れるやり方ではない。


ただ弱い俺は、英雄ではない俺がきれるカードは無いに等しかった。その中で一点だけ見えた可能性に俺は飛びつき、その代償がこれだ。


果たして今の俺は、あの時の俺の願いの通りになれているのだろうか。


誰もその答えを知らない。


ただ、少女を胸に抱いたまま優しく微笑む英雄の姿が、直視できないほど眩しくて、そんな姿に憧れていた自分がいたんだっけ・・・と思えた。


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