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強さは憧れ

「さてと・・・・・・」


立ち住まいを直し、気を取り直し、足を運ぶ。


「とりあえず知ってること全部吐いてくれ、ランディ」


未だ絶望を顔に貼り付け、俯いているランディの前で片膝をつく。


「お前のやったことは許されることじゃない。だがお前にも救われる権利があるはずだ。俺の気が変わらないうちに白状してくれ、時間もないしな」


学院中からそびえ立つ光の柱は、神々しいが危機を感じさせる。美しいものほど妖しく煌めく。


だがそれでも焦りを声色には出さないようにした。本当は叫び、掴み倒してでも早急に口を割らせたいところなのだが。


「・・・・・・もう駄目だ。遅いんだ・・・。全て、終わりなんだよ・・・・・・」


彼は魂の抜けたような声でそう呟く。


全て、というのは彼自身もこの学院も、という事だろうか。


そんな戯言に耳を傾けている暇はない。そんなことは知らん。


「お前が何を言おうが、諦めようがどうでもいいんだよ。だって━━━━」




()()、まだ諦めてないからな」




その答えは少し傲慢だっただろうか。後になってそう思った。


ただ曲がりなりにも俺は今、教育者という誰かを導き、教える職に就いている。なら発言には責任を持って、芯を通す。今は少し傲慢か、強情なくらいで丁度いい。


俯き通しだったランディがようやく顔を上げ、目を合わせてくれた。


「君が・・・なんとかするって言うのか・・・・・・?」


「正確には俺じゃなくて、俺たちだな」


ランディの目線が俺から外れ、俺の後方に向けられる。


彼の目に映った()()はどれだけ頼もしく見えただろうか。


天気雨の中、雲間から射し込む光は彼らを静かに照らし出す。


雨は降りしきり、暗雲は立ち込めている。が、その隙間から姿を見せる光がある。一縷の希望、一筋の光。もし彼が、すがるための藁を探そうというのなら俺たちがその藁になれる。


だから俺は手を差し伸べてみる。


あとは━━━━




「お前次第だ」




彼がこの手を取ってくれればまだ間に合う。そう信じる。


神にでも祈るような気持ちで彼を見た。


「・・・・・・そうか」


俺にだけ聞こえるような声で彼は言った。


何かに納得したような声だったが、何に理解を示したのかはわからない。


「分かったよ・・・・・・。君に、いや君たちに託させてくれ。僕のしたことはとても許されることじゃない。だが、まだ取り返せるというのなら━━━━」




「弱い僕に、君の奇跡を見せてくれ・・・・・・・・・!」




俺の手を取り、彼は立ち上がった。


手を握り合ったまま、力強い笑みで彼を見た。彼の顔にはまだ薄く暗い表情が残っているが、それでも笑顔を返してくれた。


家族を人質にとられ、今この瞬間にもどんな目にあっているかわからない。きっとランディも気が気じゃないはずだ。


今すぐにでも飛び去った(小悪魔)を追って、救い出してやりたいところではあるが、学院を放っては行けない。緊急事態につき、避ける人員もない。これは彼が犯したことの後始末に過ぎないのだ。そして俺たちが奴を追わせてもらえないのは、ランディに与えられた罰なのかもしれない。




━━━━━━


ランディは全てを話した。


まずこの計画はやはり帝国軍の軍隊を我が国ヴァルトピアの中心に位置する、この学院に瞬間転送し、一気にこの国を征服へと持っていくことが最大の狙いだということ。


そしてメイシャの鐘の塔に描かれた魔法陣と、学院中に存在する彼が整備士の立場を活かして細工を施した魔導石から掻き集めた魔力を使って、魔法陣は起動した。


今、そこら中から生えている光の柱の元は、魔導石であるわけだ。その数、全部で9つ。


「先生、ポケットの・・・・・・」


指摘されて、服のポケットに目を向けると、魔導石に着信があった。


「もしもしぃ! ちょっとあれなに⁉︎ あれ⁉︎ 私が寝てる間に何があったの⁉︎ 」


あああ、耳がキーン・・・・・・・・・・・・。


「よう、思った以上に元気そうで何より・・・・・・」


内心心配していたんだが、その心配も何処へやら。


「ええ、A組の生徒が介抱しに来てくれてね。今はもう普通に動けるわよー」


「そりゃよかった、やってもらいたいことがあるんだ」


「動けるとは言ったけど・・・・・・。扱いが雑ね・・・・・・」


今は人員が必要な時だ。さっきまで気絶していたような奴も、同僚なら使え。


「今度さ・・・行きたい所あるんだけど・・・・・・」


またこれか。


ヴィネアに何かを頼むときはよくこの手のお願いをされる。やれどっかへ行きたいだの、何かをして欲しいだの。


「はぁ、分かったよ。今度な」


「うん・・・・・・!」


露骨にやれやれ感を出してしまったのだが、それは向こうも慣れているらしい。純粋にご満足いただけたようで何よりです。


ところでなんだか急に冷えて来たな・・・。雨が降ってるからか? でも明らかにこの冷気は外気から来てるものじゃなくて、もっと近いところから発せられている気がするんだけど・・・。あれー、アリスお嬢様? そんな修羅のような顔しないで・・・。


「で、何をすればいいの?」


謎の冷気に身を震わせながら、事情をすべて伝えると、


「へぇ・・・。話は分かった。要は魔導石を砕いてくればいいのね? ここからだと・・・西門と地下通路の電灯、事務室の通信用石かな」


「了解。じゃあこっちは二班に分けて北門、給水タンク、主電源。そして南門、東門、警報システムを受け持とう。そして3人でいい、この場に残るんだ。ランディの指示を全体に伝えてくれ」


「じゃ俺が残るよ、せんせ」


マックスの相棒、ギルが名乗りを上げた。


「分かった。頼むぞ、ギル」


そう言って予備用の魔導石を託す。


「よし、じゃアリスと俺で一班。サクラ、クライス、お前らで他の奴らを引っ張れ」


班決め、席替えは学生にとって一大イベントだが、今は立候補制とかくじ引きとかで班を分けている暇はない。


というわけで俺、アリスだけの班と、2Aの主要女子ともいえるサクラ、爽やか委員長のクライスを中心とした残りの生徒の班、そしてギルを中心とした待機班の三班に分かれた。アリスと俺が同班でいいのかという感じはするが、もうこの学院内に敵はいない。やることは魔導石を砕いてくることだけだ。石ころを砕くくらい、この学院の生徒なら容易い。


「行け! 必ず責務を(まっと)うしてこい!」


「「はい!」」


俺の一言でこの塔の最上階に集っていた生徒の大半が行動を開始する。


サクラ班にはそれぞれのポイントの距離が比較的近い、北門ルートに行かせた。そして俺たちが南門ルートだ。


「私たちも行きましょう、先生!」


「ああ」


そういうと俺たちは揃って最上階の地を蹴って、塔を飛び降りた。


「・・・・・・・・・・・・やば」




「細微の針は鋼鉄を貫く、『剛針(ダイアニードル)』」


打ち出された透明な針が魔導石に命中する。キィンと音を立て、石の芯を捉えたような針は刺さりこそしない、が針の命中した場所からヒビ割れ、石は砕ける。


「よっし、これで二つ目っすね」


「ええ、あと一つは通信用。事務室へ向かいましょう」


「は、はいっ!」


ヴィネアの呼びかけに、多少上擦った声でマックスが返す。


メヴィウスにとってはかつての同期であり、長い付き合いの友人という認識であるが、彼女との関わりがあまりない一般の生徒からすれば彼女は「若い美人教師」という認識なのだ。年頃の男子生徒はそんな人と会話をするだけでも緊張してしまう。


「それにしてもヴィネア先生、大丈夫なんすか? そんなパワフルに動いて」


「気絶する程度の電圧をもらっただけだから問題ないわよ。それに今は人員が多い方がいい時だからね。先生が寝てはいられないのです」


少しドヤ顔で先生面をしてみせるヴィネア。それは普段は先生としての面子を保てていないことの裏返しだ。しかしそれはとっつきやすい先生ということの裏返し。裏の裏をかえして良いことなのである。実のところ、教師面できていないのはちょっと抜けているということが主要因なのだが。


「でも助かっちゃったよ。的確な状況判断に臆しない行動力。やっぱりA組の生徒は凄いなあ。ありがとうね」


身長差からくる上目遣いにマックスは撃ち抜かれた。


しかし彼女の尊敬の念は彼ら、A組の生徒ではなく別の人に送られているのが明らかだった。


「俺、この騒動片付いたらメヴィウス先生に決闘挑もうと思うんだ」


「やめとけ。まだ勝てねえよ」


早まるクラスメートを止めるのもまたクラスメートの仕事だ。


「あら・・・・・・・・・?」


ポケットから伝わる光がヴィネアに着信を知らせた。


「今3つ目に向かっているところよ。どうかした?」


「ああ、すまない。今、西門なんだがな・・・・・・。ちょいと面倒な仕掛けが施されててな 」


「仕掛け? ランディが解除方を知ってるんじゃないの?」


「そう思ったんだがランディも知らないそうだ。おそらく今ここにいない野郎が念のため仕掛けていったんだろう。解けないわけじゃなさそうだが、間に合わないかもしれない」


「アリスさんは?」


「先に警報システムの方に行かせた。だが━━━━」


西門と警報システムを受け持っているという事は残りは南門を担当したのだろう。そして途中から西門以降は別行動するつもりだった。しかし西門で時間をとられる羽目になった。


警報システムからでは南門はかなり遠い。西門から直接行くのが近いにしても、仕掛けのせいで動けない。しかも西門から南門も近くはない。


「他に人はいないの?」


「俺とアリスの2人だ。念のため向こうに人数を固めすぎたのが裏目に出た」


「・・・・・・・・・ばか」


それは何に対する罵倒か。


「すまん。だからそっちが早く終わったら頼みたい。向こうの班に人員を裂くよう言ったが、奴らもかなり離れている。一介の生徒の足で間に合うか・・・・・・」


「私らの足だって間に合わないわよ・・・・・・。間に合うのなんてアンタかアリスさんくらいでしょ」


「だよな。分かった急ぐ」


一方的にそれだけ告げて、通信は切られた。


かなり潜められてはいたが声色に焦りの色が見えた。メヴィウスも追い詰められている。


「ごめん・・・・・・」


自分にもっと力があればと悔やむのは簡単だ。しかしいくら悔やんでも能力は向上しない。すべては過去の自分の努力不足で結論づけられる。だからこそ彼女は悔しかった。


「・・・・・・・・・・・・ばか」


それは誰に対する罵倒か。




「了解。その調子で頑張って」


今回の作戦の司令塔を担っているギルが報告を受けた。


「間に合うことを祈ってるけど、万が一光の柱が赤色に光り出したら避難した方がいいそうだ」


「善処するよ」


「まあそれは最悪の場合だから、そうならないようにも出来る限り急いでくれ」


「分かってるよ」


通信しながらも行動ペースを落とすわけにいかないので、最小限の会話で通信を切る。


今のところ各班順調に魔導石の破壊を進めている。メヴィウスとアリス以外は。彼らであればいいの多少の遅れは自分たちでリカバーできるだろうが、今はその多少の遅れが命取りだ。すべての状況を把握しているギルも内心不安と焦りを感じていた。


「本当に・・・・・・間に合うとお思いだったんですか?」


疑念を抱いたギルがランディにだけ聞こえる声で問いかけた。


「もしあんたがすべて諦めをつけていて、その上で俺たちやメヴィウス先生を道連れにしようとしているなら、俺はあんたを許さない」


口調を変え、多少の疑心感と明らかな敵意を込めた目で睨みつける。


しかしランディはそんな鋭い視線をどこ吹く風のように、


「諦めていない、そう言ったら嘘かもしれない。でも彼は言っただろう? 僕が諦めようが、諦めまいが関係ない。なぜなら彼が諦めていないから、と」


彼は一度諦めた。そして一度砕けた心を接合し、もう一度立ち上がる力は彼に残っていなかった。


「僕はただの凡人だ。でも彼は、いや()()は天才なんだ。僕みたいなのとは感じ方も考え方も違う」


彼ら、というのはアリスも含めてのことだろう。


「僕が諦めを感じてしまうようなことも、できるはずだ、と彼らなら感じているかもしれない。僕がやってしまったことだ。できることなら自分の罪は自分で拭い去りたい・・・。でも僕は弱い」


弱者には自分の責任を取り切ることもできない。弱者は自分の犯した罪の後始末もできないまま罪悪感に苛まれ続ける。


「だから彼らが羨ましいよ。自分を信じ、自分が正しいと思った道を進み、その道中で他者に手を差し伸べられる彼らが」


僻み、ではない。それは明確な自分に対する諦め。弱い自分に向けた情けなさ。


最初から頭の中では分かっていたのだ。しかし理解しようとしなかった。




「それは違うだろ」




ギルとランディ。二人の世界が形成される。


「俺は1年の頃問題児で、あの人に指導されたことがあるけど、その時あの人は俺にこう言ったんだ」




「『生き方も満足のラインも努力の形も人それぞれ。自分の目的が見えているならそのまま進めばいい』だってさ」




弱い自分に目を背け、認めようとしないのは自分を守るため。


なぜなら敵わないから。


凡人は天才を目の当たりにすると絶望感に襲われる。どう足掻いても勝てない。何を比べたとしても何一つ敵わない。実際には何か一つくらいは天才にも欠点があるはずなのだが、錯覚してしまう。


弱い自分を受け入れ、前に進んで行くなんて本当は強い人のやることだ。


「あの時の俺はただ自分は何を持ってて、何のために生きてんのか分からなくて、ただ駄々をこねて暴れてたんだ。持ってる奴が羨ましくて、持ってない自分が無価値に思えて。今のあんたもそんな気分なんだろ?」


当たらずしも遠からずというところだったか、ランディは言葉に詰まる。


「んで暴れてた俺を咎めもしなかった。俺は見えてなかった。何がしたかったのか、何になりたかったのか。今でも分からない。ただ強い人を見て、あの人みたいになりたいと思った」


それは幼い子供が、英雄譚を読んで英雄に憧れるように。


「それでよかったんだ。今ではなりたいもんがはっきり見える。あんたみたいに『なれない』って諦めをつければどんな道を進めばいいのかすら見失う。だから俺はなれない自分をバカみたいに追いかけると決めたんだ」


この広い世界で自分より上の人間なんて星の数ほどいる。天才だって一人二人じゃない。


「天才にはなれなくても、ただ『憧れ』を追い続ける。それが俺の決めた道」


「・・・・・・・・・そうか」


彼は一介の生徒だ。それでも強い芯がある。この学院にはそういう生徒が集まっている。


今は何者でもないただの生徒だ。研究で未知の魔法を開発することも、戦場に出て戦うこともできないだろう。しかし天に向かってまっすぐに伸びようとする種は、やがて大きな花を咲かせる。


「それにあんたはきっと勘違いしてる。天才ってのは凡人の考えてることなんて根本から理解できないもんだ。そりゃ考え方とか感じ方が違うからな。そんな人に教育者は務まらない」




「あの人は天才なんかじゃない」




誰かが努力の末に掴んだものを「天才」という一言で片付けてしまうのはあまりに残酷だ。


しかしまだ()()()凡人に過ぎない彼にはその努力を何と言い、どう称賛すればいいのか分からなかった。


ただ彼は、何と呼ぶのかも分からないそれになりたいのだった。


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