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強者と弱者

「くぺぁ?」


声とも呼べぬような声が響いた。


それは人が発した、というよりは漏れたという方が適当だろう。


男の視界は突如として下降し、地に落ちた。


しかし脚が崩れた感覚はない。というか脚の感覚が全くない。


理由は単純。


無くなったのだ。脚はおろか、そこにあった下半身が。


だがそんなことは男には分からない。なぜなら彼の意識は、視界が下降した時に失われているから。


「弱い奴は自分がなんで死んだのかも分からない・・・だっけ? その言葉━━━━」




「そっくりそのまま返すよ━━━━」




冷たい声で、目で言い放った。


「そうさ、弱い奴は自分が何で死んだのかも分からないまま死ぬんだ。アンタも弱い奴を何人も撃ち殺してきたんだろ? そいつらもそうさ、何で死んだのか知らねえまま殺された」


それらのことは全て「弱肉強食」で説明できてしまう。要するに弱きは悪、ということだ。


それくらいにこの世界は単純で残酷だ。


「自分が当事者になった気分はどうだ?」


返事が返ってくるはずもないのだが問いかける。もう彼には届かないというのに。


それでも問いかけてしまうほどに知りたい。自分を殺した相手を怨んでいるのか、それとも死んだことを嘆いているのか、はたまた虚無を感じているのか。


命儚し。強者も、更なる強者を相手にすれば一瞬で散る。昨日の友が今日、ただの肉塊と化すのを何度も見てきた。


「なあ・・・アンタの帰りを待つ人はいなかったのか・・・?」


再度、返答のない問いを重ねる。


自分が闘っている敵に情けをかけるのは戦士としての愚行だ。自分が殺した敵に情けをかけることは人としての愚行。


これはお遊びなんかじゃない。真剣な命の奪い合いだ。敵を殺さなければ自分が死んでしまう。


しかし闘いが終われば敵ではなく、ただの他人だ。


殺したくない、でも死にたくない。


その事実に板挟みになる。戦場に立つ者、誰しもが経験する。そして誰もが自分なりの結論を出し、己の道を歩いて行く。


そして俺は殺すことに何の抵抗も無くなった。


相手が敵ならそれで問題なかった。



『人として堕ちた』



そんなことを俺に言ったのは誰だっけ・・・・・・・・・。


まさしく正論。否定できない。



『殺しても、殺されるな』



そんなことを俺に告げたのは誰だっけ・・・・・・・・・。


今はもう守れない。自分で自分を殺してしまったから。


敵とはいえ何人も殺してきた。沢山の人を悲しませてきた。


だがそんな自分にも少しだけ人の心が残っていたのなら。



次は()()の、()()()()()()に、()()()で、戦ってくれないか━━━━。



誰の願いかも分からないが、はっきりとそう聞こえた。


「・・・・・・それは、できない」


そう答えて、走り出した。


それはどちらに対する否定か━━━━


もう潮時だ。終わらせよう。



━━━━━━

朝は穏やかな晴れ間だった空は徐々に機嫌を悪くし、その姿を曇り空へと変えた。強い空気の流れを音で、肌で感じる。


ただ普通じゃない。それは別の物も流れているからなのか、それとも別の理由か。


男にはこの空が今の自分を表しているように思えた。


決して良い気分などではない。


だが決壊して泣きだすことも、逃げ出すこともできぬどっちつかずな曇り空。


自分でも何が正解なのか、何がしたいのか分からない。でも引き返せないからここまで来てしまった。


「・・・・・・すまない」


男の口から漏れ出た言葉が全てだった。


特に意味を成さない、取り留めのないその一言。


男にはそれしか言えなかったのだ。



「それは誰に対する謝罪なんだ?」



「!?」


返事が返ってくるとは思ってもいなかった男が、ばっとこちらを振り向く。


その姿は黒いローブに包まれ、表情は伺えないが明らかに驚きを隠せない様子なのが分かる。


そしてもう一つ、男の足元には巨大な魔法陣が描かれていた。


魔法陣なんて、探せばいくらでも種類がある。それでこそ人が覚えきれないくらいに。


だが日常的に魔法に触れて来た者なら、基礎や既出の魔法陣なら覚えてしまうのだ。それでこそこの世に何十万とある「言葉」のように。


「そんなどデカい『転送魔法陣』で何をするつもりだ? まあ大方━━━━」



「軍隊でも丸々一つ、ここに連れてくる気なんだろうがな」



その瞬間、コートの奥の双眼が見開いたように見えた。


「どうしてそれを・・・・・・」


「最初から分かってた訳じゃないさ。今ここへ来て、その魔法陣(それ)を見て確信したんだ。それと

━━━━」



「お前いつから帝国のまわし者になったんだ、ランディ?」



「!!!」


大分前から内通者については色々と探っていたが、何より学院の関係者の数が多すぎるので絞りきれていなかった。


しかし先刻、敵の一人が放った何気ない一言が全て教えてくれた。


「俺は誰彼構わず自分の昔話をするような輩じゃないんでね。ましてや戦場や自分の負った傷、後遺症の話をした奴なんて数えるくらいだ」


昔からの長い付き合いになるヴィネアとケネス校長。そして良い同僚であり、飲み仲間であった━━━━



「ランディ、お前しかいないんだよ・・・・・・もう」



推理がそこに行き着いた時、まず初めに「信じたくなかった。」


間違いであってほしいと願った。


「・・・・・・・・・・・・・・・そうか」


男がそのフードを外した。


・・・どうやら俺の願いは届かなかったらしい。


「相手が悪かったかな・・・。お前相手に隠し事はできねえな、メヴィ」


「悪いことは言わねえランディ。今すぐその魔法陣を解除するんだ。今ならまだ遅くない」


「すまない。この魔法陣は僕が描いたものじゃない。だから解除の方法なんて知らないんだ」


「じゃあ俺が解除してやるから、大人しくそこをどいてくれ」


「・・・・・・それもできない。そうされると困るから」


強く噛み締められた歯が、ギリッと音を立てて軋んだ。


「どうして、どうしてだよッ!」


目を見開き、拳を強く握りしめて叫んだ。


「お前はこれ(魔法陣)が何を意味してるのか分かってるのか⁉︎ もしこれが発動すればたくさんの人間が死ぬぞ⁉︎ お前はどんな理由があったとしてもそんなことをする奴なんかじゃねえだろ!」


彼らの狙いは転送魔法陣を使って、この国の中心部に軍隊を送り込み、警戒態勢の一切取れていないこの国を侵略することだろう。


とある根拠からそれが世界最強と謳われるノエフ帝国の差し金だということも掴めている。他国との抗争中を目掛けて、漁夫の利を狙いに来るとは世界最強らしからぬ下衆な手である。


しかし侵略は侵略。それが成功すれば十中八九、この国は崩れるだろう。


だからこそ友がそんな売国行為に手を染めたなど考えたくもなかった。


「すまない。どうしてもやらなきゃいけない理由があるんだ・・・・・・」


彼の悲しそうな目の奥には固い決意の色が見える。


「それは、多くの人を犠牲にしてまで為すべきことなのか?」


「・・・・・・・・・ああ」


「・・・・・・俺がお前の力になる。それじゃダメか・・・?」


おそるおそる口にしたのは返事が怖いから。


返事が予想できているから。




「・・・・・・・・・・・・・・・すまない」




━━━━━━━━━━ッ!


胸の奥、頭の奥、鋭い痛みが走った。


爪が皮膚に食い込むほどに拳を握り、歯が砕けるほどに食いしばった。


悔しかった。


全て中途半端な自分を殺してやりたくなった。


結局、何を捨てても捨てなくとも根本的なところは何も変えられない。弱いままの俺は友の信頼さえ得られない。力にさえなれない。


何のための強さだ。それを見定めぬままでは何処へも行けない。何もできない。



「「━━━━先生!」」



負の感情を取り払うように彼らは現れた。


「お前ら・・・! 無事だったか!」


アリスを先頭に階段を駆け上ってきた2-A集団は、全員集合・・・というわけでもない。よく見れば何人か姿の見えない者たちがいる。


「アリス、ここにいない奴らは?」


「敵の気配がなかったので何人かは職員室と各教室と校長室に向かってもらいました。残りの人は、大きな魔力の流れを感じたのでみんなここについてきてもらったんです」


さすが優等生と言わんばかりの状況判断だ。


これで職員室で行動不能にされた教員たちも介抱され、校舎に残った人たちも避難させられるだろう。


「しかし内通者がいるのはわかっていましたが、まさか整備士の人だったとは・・・・・・。どちらのお国のスパイさんですか?」


「違う。彼はスパイなんかじゃない。恐らくだが━━━━」


「なるほど人質ですか・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


コイツ、まさか全部分かってたのか? 怖いな・・・・・・。


「いえ、ただ情報伝達にも甘さが見えたので」


「・・・・・・まだ俺何も言ってないんだが?」


「以心伝心です♡」


怖いなー、怖いよー・・・・・・。


少し震える俺を差し置いて、アリスは解説を始める。


「私と闘った人は、私のことを全く存じていないようでした」


それは妙だ。


「自分で言うのもなんですが、この学院内で要注意人物を挙げるなら先生のほかに、私の名前も挙げられるはずです。なぜ私のことを伝えなかったんですか?」


彼女はランディの回答を待つことなく続けた。


「それは私と先生が敵を倒すことを期待していたからではないですか? もしそうなれば人質も解放される」


周りの生徒たちもざわめきだした。「え、それならもう解決じゃね?」「確かに。敵は全滅したしね」などと俺たちの言いたいことも代弁してくれている。


「ふぅ・・・・・・全くこれだから天才は恐ろしいね」


ランディは俺とアリスを交互に見て言った。


「でも残念だ。()()━━━━」




「僕の期待には、応えてくれなかった」




彼は遠い目をして、ただ空を仰いだ。


その目はまるで、諦めたように。


塔の最上階の地に、見覚えのある光が煌めいた。








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