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残虐という名の覚悟

生徒を守るのは教師の仕事。


よく言われることだ。


似たような言葉に子供を守るのは大人の仕事とかいう言葉もある。


だか私はそうは思わない。


子供だろうが生徒だろうが、力を持つ者には誰かを殺す権利と守る権利を与えられる。


私も区分的に言えば生徒であり、まだ子供なんだろう。


それでも私はこの手で誰かを守るために、誰かを殺してきた。


それは一重に私が強かったから。


何かを守りたくて強くなった訳じゃない。


ただ強くなったその先にどんな光景があるのか知りたくて。


ただ追いつきたくて。


結局、そのどちらも期待していた結果には落ち着かなかったけれど。


でも今の私には戦う理由がある。守りたい人がいる。救いたい人がいる。



だから私は戦います━━━━━━━━━━先生。



目の前の剣を手に取る。


真っ直ぐに伸びた刀身は、冷たく、鋭く、硬い。


これを瞬時に形成したところに彼の年月を、積み重ねたものを感じた。


体に馴染ませるように剣を一振りし、孤高の天才は今、心に鬼を宿し覚悟を決めた。


優しかった瞳を灰色に染めて。


そこに優しくて、優雅なアリス・カートレットはもういない。




「ふぅ・・・ようやく邪魔者が消えてくれたぜ」


敵はまるでもう一仕事終えたかのように息を吐く。


「残念ながらお前らの先生もここまでだ。奴が飛んだ先には今頃━━━━ッ⁉︎」


そこまで口にして言葉を中断させる。


気圧されたのだ。ただの生徒だと侮っていた目の前の少女が放つオーラに。


強者や歴戦の猛者は、それぞれが異なるオーラを纏うという。


例えば、それだけで敵を圧倒し戦意や希望でさえ粉々に砕いてしまうもの、神聖で高貴で自分とは別次元だとさえ感じさせるもの、目を合わせただけで相手を包み込み、優しく癒すようなもの。


もちろん科学的に証明することはできず、魔導学でも明快にはできない。目にすることもできず、本当にあるのかさえ疑わしい。


しかし戦場に長く立ち続け、多くの敵と斬り合ってきた者ほど語るのだという。


それは確かに『ある』と。


「・・・なんだ嬢ちゃん。アンタただ者じゃねえな・・・・・・」


「一つだけお聞きします。あなたの名前は?」


「あ?」


突然の質問に敵の口から間抜けな声が漏れる。


しかしアリスの様子は凛として変わらない。


「私自身の手で葬る者の名くらい覚えておきたいのです。さあお答えください」


それは挑発などではなく、彼女の目は真剣そのものだ。


しかし年下も年下、それも学生に舐められたと思っている敵は額に青筋を浮かべる。彼女が何者なのかなど露ほどにも知らない。


命を賭けて戦う勝負での情報不足は死に直結する。


「ああん? 嬢ちゃん、これが見えねえのか?」


敵はその手に持った銃をアリスに向ける。


「嬢ちゃんがそこらの雑魚じゃねえってのは分かるがな、この連射性に優れた自動回転式の前じゃ防壁も意味ねえ。こんな近距離じゃ外さねえしな」


「口で語るより試してみたらどうですか? そしてあなたの名前は?」


「しつけえな、俺の名はラルゴ━━━━━━」


それだけ言った瞬間、彼女の姿が消えた。




「それだけ聞ければ充分です」




その声が聞こえたのは敵の背後。


「なッ!?」


横に薙がれた氷剣が空を切った。


「がはっ!」


ラルゴと名乗った敵は横に転がるようにして間一髪で斬撃を回避するが、無理な回避になり受け身をとれなかった。肩から地面に激突し、衝撃に息を吐く。


回避が間に合わなければ首が胴体に別れを告げることとなっていただろう。


その斬撃の軌道が意味するのは━━━━━━━━



お前を殺す。迷いはない。



ただ純粋で、直球で。ただ残虐な。


「何だよ・・・これ」


誰かがそう呟いた。


今も目の前では銃弾が宙を舞い、剣が空を切るという光景が繰り広げられる。


それは当人たちにすればただの日常。しかし彼らは特別なのであって、彼らの日常は一般人にとっての非日常そのもの。


彼らの目にそれはどう映っただろう。


学院を出てからその道に進もうと思っていた者もいたはずだ。


絶望しただろうか。


それとも普段の面影を残さぬ彼女の姿に恐怖しただろうか。


戦場とは英雄譚の主人公が格好良く、勇ましく戦う場所なんかじゃない。実際は血にまみれ、ただひたすらに醜く、無惨に命を奪い合う。敵に情けをかけ、敵すらも救うなんてことはない。もし戦場に英雄がいたのだとすればそれは強き者ではなく、どんな手を使い、何を犠牲にしたとしても最後まで生き残った者だ。


「クソッ! 燃えろ『炎上(ヴォルカノ)』!」


何の変哲もないはずの廊下の床が幾箇所も紅く溶岩のように燃え上がる。


標的にされたアリスは顔色一つ変えず、跳び、身を翻し、炎を躱しきる。


その間もラルゴは銃で追撃をかけたが、彼女はそれすらも躱し、氷剣で叩き落とし、残りは防壁によって防いだ。


それを見て、自分がどんな人を敵に回してしまったのか理解したはずだ。


(ダメだ・・・勝てないッ・・・・・・・・・!)


アリスの攻撃も当たってはいない。つまりお互いに無傷。


だが彼らの間には天と地ほどの実力差がある。棒立ちになって彼らの戦いに見入っている生徒たちの目にも一目瞭然だった。


おそらく全てが解決した頃には、確証のないただの噂だった彼女の強さが現実のものとして学院中に伝播するだろう。


(もういいわね・・・・・・・・・)


心の中で彼女はそう呟いた。


「其れは永遠の牢獄。囚われよ哀れな罪人。『極牢の鎖(プリズン・ロック)』」


「なっ⁉︎」


その瞬間、駆けていたラルゴの右足が固定され、転倒する。


極牢の鎖。物質を空間に固定してしまうという高度な空間魔法。詠唱も空間を指定して狙いを定めるのにもかなりの技術を要するのだが、天才は詠唱を最短にし、空間指定も難なく行ってみせた。


「クソォッ! 魔の流れよ無に帰せ、我が命に従い━━━━━━」


ラルゴは解除魔法の詠唱を始めるが、




「さようなら━━━━━━」




それは驚くほどに冷たく、無情な声。


哀れな囚われし者の願いは届かなかった。


首裏に剣筋をもらったラルゴはそのまま力なく倒れ伏す。


「・・・・・・ごめんなさい」


短く息を吐き、アリスは途切れそうなか細い声でそう呟いた。


敵も自分を殺す気で戦っていた。なら殺されても文句は言えない。


しかし人間の感情は理屈で押し通せるほど単純ではない。


心ある人間ならいかなる事情があったとて、自らの手で人を葬ったなら思うことはある。だが戦いの途中でそんなことを考えてはならないから。敵に情けはかけられないから。



だからいつもこうなることは分かっているのに後悔を避けられない。



死んでしまったら後悔することさえ出来ないから。今自分が後悔していることが生きている証。


彼女が与えられたのは最強の『魔導士』という称号。普段は魔法を主体にして戦っている。今回のように近距離戦を行い、物理的に人を葬ることはあまりない。


だからこそ振るった剣の重さが、自分の手にかけた命の重さがいつもより直接的に手に伝わってきた。


数多の命を葬り自分は今生きている。


胸に手を当て、目を閉じ、拳をぐっと握り、後悔、罪悪感、闘志それら全てを胸の中に抑え込む。


次に目を開き、彼女の目には優しい光が灯った。彼女は強い。


そのまま踵を返し、称賛の声を上げる男子、未だ恐怖から覚めず泣き喚く女子、まるで化け物を見るような目で自分を見てくる者たち、そんな仲間の元へ戻っていく。


敗者にそんな阿鼻叫喚の声は届いていない。が━━━━


その場に血は流れていなかった。


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