畏怖に対する罠
熱い。
最初に感じたのはそれだった。
この熱は今まで何度か経験済みだ。
だが何度受けようと慣れることはない。
それはきっとそれが命の重さであり、人の本能だから。
「ぐっあああああああぁぁぁぁ!」
「先生ッ! 嘘だろ・・・俺、俺っ・・・・・・」
横でマックスが何かを叫んでいるような気がするが聞こえない。
正確には声が耳から入り、脳に認識されることなく抜けていく。
調子に乗って廊下に飛び出し、敵に発砲されたマックスを俺は間一髪で突き飛ばした。
しかし代わるように俺が左肩に銃弾を受けた。
「ううっ・・・ぐうううぅっ!」
歯を食い縛り、なんとか正気を取り戻す。
放たれたのはオートマチックの拳銃弾。殺傷能力はそこまで高くない。
もしそれがマグナム弾だったら左肩を貫通し、まだ痛みと熱さにもがき苦しんでいただろう。
しかしそうしてもいられない。敵はすぐそこにいる。
「先生ッ!」
教室を飛び出したアリスが、庇うように俺と敵の間に立ちはだかった。
「あぁ健気だねぇ。生徒をしっかり救う先生も大事な恩師を庇おうとする君も」
「こんなの撃てないよー」とか言いつつ、敵の銃口はしっかりとアリスに向けられている。そして絶対に目を切らない。
それはどんな時でもどんな相手でも油断しない、戦い慣れしている証拠。
「本当は君じゃなくて最初から先生が狙いだったんだけどねぇ。まあ結果的に先生を仕留められてラッキー、みたいな。あ、ありがとうね? そこの君」
目線で指名されたマックスの顔からみるみる血の気が引いていく。
自分の軽率な行動が恩師を戦闘不能にさせ、この絶体絶命の状況を招いた。その事実を敵本人から告げられたのである。
「ていうか先生、アンタマジで魔法使えないんだな!」
「!?」
敵が嘲笑を爆発させる。
「魔法学院の先生がそんなまさか⁉︎と疑ってたんだがよ、防壁魔法の一つも張らずに銃弾に飛び込むとはいよいよ本当らしいなあ!」
敵のその言葉に軽く驚く生徒たち。
自分たちに普段一丁前に魔法を教えている教員が、実は魔法使えなかったんです、なんて普通とんでもないことなのだが、このリアクションを見るに薄々気づいていたんだろう。
俺は実技の講習の時でさえ、自分では魔法を使おうとせず見本もやらなかった。
極端に魔法を使おうとしないその姿勢に皆思うところがあったのだろう。それでも胸の内に留めてくれていたのは俺が真面目で納得のいく授業を行っていたからだと信じたい。
そして次に敵の放った一言は、この場に稲妻となって駆け巡った。
「かつて戦争で受けた傷のせいってのも本当なのかぁ? この間の動きを見るに本当みたいだけどな」
「「!!!」」
その言葉には生徒も俺も驚きを隠せなかった。といっても俺の驚きと彼らのそれとは、全く意味が違うだろうが。
生徒たちの驚きのポイントは俺がかつて戦争に出ていたということ。
だがそんな過去が露呈してしまったとかはどうでもよかった。
その敵の一言を皮切りに、俺の中で様々な憶測や推理に整理がついていく。
「マックス。お前にはやることがあるんだろ? 行け、早く」
それが最善。
すべてが見えた。
体勢を起こしながら、顔面蒼白状態のマックスにそう告げた。
「で、でも先生・・・腕は?」
「大丈夫だこんなの。この程度もう慣れた」
過去が露呈したのをいいことに彼を慰めるネタに使う。本当は慣れることなどできるわけもないのだが。
だが銃弾を受けた時に限らず、痛みというものは受けた瞬間が一番苦しい。そしてある程度時間を置けばある程度は身体が慣れる。
今の俺はその状態だ。普通に痛いけど最初より遥かにマシ。
「ここはアリスと俺で食い止める! お前らは行くんだ! やるべきことを成せ!」
次はクラス全員に聞こえるように言う。
「防壁展開」
俺の叫びに覚悟を決めたようなアリスが彼女自身、俺を包み込むように防壁を展開する。さらに後ろのクラスメートに銃弾が及ばないように壁ができる。
魔力量ケタ違いの彼女が張った防壁だ。強度は言うまでもないだろう。
しかしそれに焦る様子もない敵は、
「しかし魔法が使えないとはいえ、俺の勘がよ、アンタは危険だって言ってんだわ先生。だから悪いな━━━━」
「ちょっと飛んでくれや」
「しまったッ!」
足元に光で描かれた魔法陣が展開される。
転送陣。
文字通り、物体を一瞬にして別の場所に飛ばす魔法。
魔法陣を描かなければ消費魔力が膨大なため戦場では手間がかかり、奇襲か撤退、罠くらいにしか役に立たなかった。しかしうまく活用すればかなり厄介な手段になる。
今展開されている魔法陣は人1人入るのがやっとな大きさ。これでは学院内の範囲にしか飛ばせないだろう。
しかし今はそれで充分過ぎる。
奴らの狙いはあくまで人でも、情報でもない。全く別にある。
そのためには生徒1人学院から逃すわけにいかず、そして俺は奴らの作戦における要注意人物に挙げられてしまった。
奴らはこの学院から誰も生きて出さないつもりだ。だとすればこの後俺が飛ばされるのは・・・。なんとなく予想がつく。
「先生っ!」
「アリスッ!」
駆け寄ろうとしてくるアリスを遮るように、彼女の目の前に氷剣を突き立てる。
「お?」
敵が驚くが、正確にいうと俺は魔法が使えないわけじゃない。魔力が使えないのだ。
左手に握っていた宝石がその輝きを失い、砕ける。
突き立てた氷剣は俺が子供の頃から積み上げ、戦場で磨き、共に生き延びてきた俺の全てだ。それを彼女に託す。
「みんなを、頼む━━━━」
そう銀髪の英雄に言い残し、視界は光に包まれた。