勘の正解と一瞬の不正解
祭りの音頭は終わり、カオスな空間だけがそこに残った。
結局やはり最後まで生き残ってしまった俺は、地べたで寝転がる輩をソファやら椅子に投げ捨て、吐きそうな奴をゴミ箱に頭から突き刺し、地面にこぼれた食べカスなどを掃き取り、ゴミ箱(吐きそうな奴in)に捨てた。
要は掃除、後始末である。いつものだ。
そのまま催眠ガスでも撒かれたのかというような職員室を離れ、研究室に帰った。
「パーッとするのは良いんだが、あれ、放課後までに戻るかねぇ?」
依然として変わらず部屋の隅で暗闇と同化して眠る犬に話しかける。
『浮かれすぎなんだよ人間ってやつぁ』
「仕方ないのさ。犬風情には理解できぬ苦労が人間ってやつにはある」
しかし放課後にもなるとテストを終えた生徒たちが翌日のテストに備えて質問に訪れる。
つまり教員たちはあの宴をテストの度に開き、その度にその事実を生徒から隠し通してきた。さすがに生徒にもバレてはならない。
そんなリスキーなことをする理由が人間にはある。それはきっと人間以外の生物には到底理解できまい。
『まぁそれが人間の最大の長所であり短所だ』
例え人の言葉が使えたとしても犬は犬。人にはなれないし、人を完全に理解することも出来ない。
『人間以外の生物はただ自分の通るべき道を迷う事なく、ひたすらに進み続けられる。それが奴らの長所であり短所だ』
「だから何かを発明するという考えに至らない」
『そうだ。だが人間は楽をしたがり、その感情性から娯楽を求める。それは時にとんでもないものを創造するが、それが時に己を迷わせ挫折へと導く。油断を招く』
たかが犬風情。
だがこの黒犬、カイはただの犬と侮れない。人の言葉を理解し、何よりその長い生の中で幾人もの人を眺めてきている。
しかも人ではないのだ。
人ならざるものからの客観的意見とはいかほどのものか。
それはきっと、
何よりも的確で、痛恨的なものだ。
「グルルルルルルルゥ・・・・・・・・・・・・」
部屋の隅で骨を齧っていたクロが、何を感じ取ったか低い声で唸りだす。
『ほうら、来ちまったぞ』
一、二度耳を震わせたカイも同じようなことを言う。
「まさか・・・・・・・・・・・・」
『そのまさかだ。今回は逃げられねえ』
「どこだ⁉︎」
『二人は正門から堂々と入って来やがる。もう一人は・・・・・・おそらく上から来たな。もう校舎内に侵入してる』
マズい・・・・・・・・・・・・。
誰とは問わなかったが聞かなくてもわかる。この間の連中だろう。
奴らの中に内通者がいるのはほぼ確定だ。
先日侵入していたのは三人。そのうち一人は確保され国が身柄を確保している。そして今侵入してきたのも三人。つまり一人増えている。その増えた一人は内通者ではないか。
そして今確信した。
内通者はかなり内部事情に詳しい人物だ。このタイミングでの奇襲がそれを物語っている。
テスト中は教員たちの気が緩んでいる。そして厳粛を重んずるため敷地内には何人もうろつかない。不審者が侵入するのに絶好の機会だ。偶然にしてはタイミングが良すぎる。
そしてそこまで知った上で奴らが最初に制圧するのはどこか。決まっている。
「!!」
机の引き出しの中にしまってあった共鳴石が輝きを放ち、共鳴を知らせる。
この共鳴石は魔力の共鳴によって、音の伝達を可能にする。いわば通話を可能にするのだ。そしてもう片方の石を持っているのは・・・・・・
「ヴィネア! ヴィネア無事か⁉︎」
『メヴィ・・・・・・』
『助・・・・・・けて・・・・・・・・・・・・・・・』
その言葉を残して、通信は途絶えた。
「クソッ!」
もう制圧されてしまったのだ。彼女の弱々しく訴える声がそれを伝えた。
すぐに研究室を飛び出す。
俺は気づいていなかった。
━━━━机の中に致命的な忘れ物をしたことに。
多少アルコールが回ったはずの頭は、異常なほどに冷え、体には熱気とも冷気ともとれぬ感覚を纏い、一筋の汗が背筋を伝った。
ヴィネアから通信を受けた俺は走って、急いでそこへ向かった。
それは職員室、ではない。
今職員室へ向かったとしても意味がない。敵の狙いは先日からして殺人でも盗難でもない。だとすれば職員室を制圧したのはただ邪魔者を排除し、いざという時のために人質を確保するため。そこにノコノコ出ていったところで無駄なだけだ。
だとすれば今俺がすべきなのは、被害を最小限に抑えること。
自分の担当クラスの扉を勢いよく開く。
「失礼!」
まさかいきなり担任が乱入してくるとは思っていなかった生徒も、監視員も驚きを隠せない。
「あの先生・・・? テスト中は教員の方達も立ち入り禁止のはずですが?」
そう学院から申しつけられた外部の監視員は食ってかかってくる。そんな監視員にだけ聞こえるように耳打ちする。
「今はそれどころじゃありません。敵襲です。今すぐ生徒たちを避難させなければなりません。職員室もすでに制圧されました」
「何ですと⁉︎ 敵はこの間の・・・?」
「その可能性が高いです」
厳粛に行われているテスト中にこんな嘘はさすがに誰もつけない。
それを監視員も理解しているので話は早い。
「私は念のため職員室へ向かいます。あなたは各教室を回って避難の指示を伝えてください」
「・・・・・・分かりました」
承諾すると、監視員は生徒に指示を出し始める。
「皆さん、突然ですがテストは一旦中断します」
監視員が教室中に響く声でそう告げると、生徒たちはざわめき始める。
「あの先生、どういうことか説明をいただけますか?」
そう言って立ち上がったのはアリスだった。
彼女は監視員ではなく俺に説明を求めている。
中断という指示が出た段階で、おそらく彼女は全てを察したはずだ。
つまり彼女は事実を全て打ち明けるべきだと言っている。
「敵襲だ。この前俺が追い払った奴らがまた侵入してきた」
「「!!」」
「ちょっと! 先生⁉︎」
監視員は焦り出し、生徒間でのざわめきもヒートアップ。しかし、
「じゃ俺、二年のクラスに知らせてくる・・・!」
「俺も」
「じゃ私は一年生に!」
「僕は三年に・・・・・・!」
正直驚いた。
敵襲なんて聞いたら、死への恐怖と絶望に押し潰されるのが普通だ。
だが俺のクラスの連中ときたら、直ぐに行動を始めた。
恐怖は見て取れる。行動を打ち出した奴らの顔にも汗が滲んでいる。
その上で一歩も引こうとしない。
何だ? こいつらいつの間にこんな・・・・・・。
「先生・・・・・・」
焦点の合っていなかった視線を声の方向に合わせる。
すると━━━━
アリスを先頭に生徒たちが大きく、凛と並び立っていた。
「先生は戦いに行かれるのですよね。私も行きます」
その視線は「私も戦える」と語っているが、そんなことは言われるまでもない。
果たしてこの勇気の旗を掲げた彼女は「聖女」とでも呼ぶべきか。
それとも━━━━。
「・・・分かった。アリスは俺に同行してくれ」
正直なところ俺だけで敵を撃退できるかと問われれば、できない可能性が高い。
本当なら生徒を守るのが教員としての務めなのだろうが、今回は彼女、いや彼らの力を頼ってもいいだろうか。
こんな考え自体が教員失格であることは分かっている。
脳内にかつての仲間の姿がちらつく。
それに比べてしまえば、彼らの姿などまだまだ小さく頼りない。
けど信じたい。信じてみたい。
いつの日かその選択を悔やむことになるだろうか。
またたった一つの選択が俺の人生を変えることになるのだろうか。
そうなれば全てを捨てて責任を果たそう。
選択なんて所詮確率の賭けでしかない。
明らかな正解も、一つの綻びで不正解になる。確実なんてない。
『やりたいようにやりなさい』
『もう命を賭けて戦う必要なんてないんだ』
ここでそんな言葉のせいにするのは不遜か・・・。
「お前らの考えたことだ。俺はお前らを信じる」
意を決したように口を開いた。
その瞬間に俺は選び取ってしまった。引き返すことなどできない。
「だが絶対に生きてここに戻れ。全員だ。それを誓えない奴はとっとと避難しろ」
目に本気の色を込めて、そう告げた。
しかし目線を逸らそうとする生徒など一人もいなかった。
「誰か一人でも死んだら、そいつの墓に俺も一緒に埋まって死んでやる! 本気だかんな? これぞ道連れ、地獄までついて行ってやるぜ・・・・・・!」
声から一気に真剣のトーンをなくす。
「こっわ・・・・・・・・・」
「ヤベぇ、目が本気だよ・・・・・・」
「てかむしろキモい・・・・・・」
その一言にクラスの雰囲気はいつも通りになる。てかキモいって言ったやついたろオイ。
「よっしゃ! そうと決まりゃ俺はさっさと他のクラスに━━━━」
その雰囲気を作ったことは不正解だったのか。
雰囲気に乗ったマックスが教室を飛び出そうとする。
「ちょっとマックス! 急に飛び出してもし敵がいたらどうする━━━━」
もし、なんかじゃない。
━━━━いる。
雰囲気にのまれ、察知が遅れた。
それは殺気。
「若いねぇ。飛んで火に入る夏の虫ってか、フハハッ!」
廊下に飛び出たマックスの視界の端に映った人影。そして銃口。
「あっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
━━━━━━パァァン。
短く、何かが破裂したような音が校内に木霊した。