招かれざる再来者
「全員、手は膝の上に置け」
厳格で威圧的な声に、クラス全員が即時に従う。
普段はあまり耳にしない声に、否が応にも緊張感は高まる。
「それでは━━━━━━始め!」
その言葉を合図に、全員が利き手でペンを掴み、机の上に裏返しで置かれた紙をひっくり返す。
テスト。
それは己との戦いである。
各々がそれぞれのペースでこの時にむけて努力してきただろう。すごく頑張った者。あまり頑張れなかった者どちらとも言えぬ者。色んな人がいる。
頑張れなかった者はここで解答不能という己の情けなさを味わい、終わってからは現実や周囲との格差という現実を突きつけられることになる。そして努力しなかった事を後悔するのだ。
しかし努力した者は必ず報われるかというとそんな訳はなく。プレッシャーに潰され、全力を尽くせず終わる者。それなりに勉強してきたが、全く触れなかった内容が出題されてしまった者も出るだろう。
逆に勉強し切った者はそれらの努力を背負い、更にプレッシャーがかかる。
勉強しなかった者は醜いながら言い訳ができる。しかしした者は言い訳など出来ない。だからこそ「あれだけやったんだから」と気負い、実力を発揮するのを妨げてしまう。
しかしそれら全てを含めて実力。
運を味方につけるのにも実力がいるのだ。だから運も実力のうち。
そして結果を出した者こそ勝者。
この学院では一人一人の生徒の、入学してから全ての試験の記録を保存してある。
そして就職探しの時に、それらの成績や教員の推薦状を基に就職先が決まる。
つまり一回一回のテストが彼らの将来に直結するのだ。
だからこそこの学院のテストは厳粛に行われる。
試験官は私情が持ち込まれないよう外部の者に依頼し、この学院の教員が関わることはない。テストを作ったのも、授業などで生徒には関わることのない教員たちだ。
なので職失状態の教員たちは━━━━
「オホン! 全員グラスは持ちましたかな? ではテスト週間の終了、及びテスト本番中の我々の一週間のオアシスを祝して」
「「かんぱーい!」」
宴会をしていた。
「ぷはぁー! やっぱこの瞬間のシャンパンは最高ーっ!」
「全くですよ! この五臓六腑に染み渡るアルコール! くぅーっ!」
「さあさあ食べて食べて! 今日のこれは経費で落ちるそうですよー!」
浮かれた教員たちは各々思い思いに騒ぎまくる。
「てか経費落ちんのかよ。税金の不正利用も甚だしいな・・・・・・」
生徒たちは今頃必死になって頑張っているというのに悪い大人たちである。
「ちょっとメヴィ〜、もうグラスが空いてるじゃない〜」
「相変わらず最速の出来上がりだな。オイ、溢れてるから、注ぐのをやめい!」
軽く頬に林檎を浮かべたヴィネアが過剰に酒を薦めてくる。これがアルハラですか。
そして地面に酒だまりを作った。
「あーあ、普段は綺麗な職員室が・・・・・・」
「メヴィウス先生! 全然食べてないじゃありませんか! さあ! もっと食べて! 食べないと筋肉がつきませんよッ!」
「ああもう! 酔っても暑苦しさは変わんねぇ!」
「あっ! もうグラスが空に━━」
「なってねえよッ! まだ満タンだよッ! テメエの目は節穴か!」
なんというかもう状況はカオスである。
真昼間から酒を呑み、騒ぎ立てる。しかも職場で。しかも国立の。
役人に見つかったら一発で全員連行、新聞屋に見つかったらあることないことを色々盛って、朝刊に書かれるだろう。
それほどにリスキーなことを俺たち教員は毎回、テストの度にやっている。しかも校長や教頭まで黙認するどころか、経費を回して推奨している。
なぜか?
この世にはアメとムチという政策が存在していた。
教員は職務内容からすればかなりハードだ。命を懸けて日夜戦う兵士からすれば「平和だ」とか「甘ったれるな」とか言われるだろう。
だが元兵士でもある俺は、それに否を叩きつけたい。
教員は命を奪われることはないが、それでも兵士には理解できぬ苦労を抱えている。もちろん兵士にも似たようなものがあるだろう。それはきっとお互いに理解できぬものだ。
結局どんな職もアメがなければやってらんないのだ。
そしてこれがテスト週間というムチを乗り越えた教員たちに対するアメである。
時には羽目を外せばいいではないか。国家公務員? そんな肩書きは忘れて、楽しんでもいいではないか。
世の中真面目に生きることは立派だが、適切ではない。時にはずる賢く、上手く生きることも必要だ。世の中バレなきゃ犯罪じゃない。まぁ仕事上、俺たちは「真面目に生きることこそ正義!」と生徒に教えるのだが。
そんな風に頭の中で整理をつけるとグラスの酒をぐいっと飲み干し、
「オラァー! 酒も食いもんもどんどん持って来いやあぁぁぁ!」
そう叫んで、騒がしい輪の中に飛び込んだ。
━━━━━━
「・・・おい、そっちはどうだ?」
「ケヒヒ、順調だゼェ。奴ら何にも知らずに騒いでやがる」
テスト中の学院特有の静けさの中に、不気味なやりとりが響く。
「了解。合図したらやれ。おい第三者、準備はできたか?」
「はい、もういけます・・・・・・」
「ケヒヒ、それじゃあ━━
地肉祭りの幕開けだァ・・・・・・・・・・・・!」
不吉の象徴とでも形容できそうな声が、開幕の時を告げた。
「・・・・・・・・・・・・ごめんよ」