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予感

朝。


窓から差し込む陽の光で目覚める。


いつもならその窓を覗けば、広々とした、学院自慢の中庭が見えるのだが、今日は見えない。


なにせここは自宅だ。学院の敷地内ですらない。


いつもと違った感覚がした。一応ここは自分が育った生家のはずなのだが、教員になってからというもの研究室に引きこもり、生活までしていたのであそこが家みたくなっている。


これはいかん。これからも週3くらいは何もなくても家に帰るようにしよう。毎回帰ってくる度にそう決意しているのだが、それが実行されたことは依然としてない。


眠い目をこすりながら階段を降りていくのも久しぶりだ。


「あらおはよう。割と早く起きれたのね」


「あぁ、おはよう」


挨拶を交わす婆ちゃんの言葉に、若干の驚きが混じっているのは昨日の夜、故にだろう。


あの後酔い潰れた爺ちゃんはそのままテーブルを枕に夢の世界へ、俺も強いとは言え、軽く千鳥足になるくらいには酒が回っていた。だが今朝にだるさや酔いは持ち越していない。肝臓が優秀だ。


「爺ちゃんは?」


「当分起きてこないでしょうねぇ」


「そっか」


椅子に座っていると、簡素ではあるが朝食が運ばれてきた。


家を離れていると、こういう家にいる時はさも当たり前であったことに感謝を覚えるようになる。研究室で寝食をしていると朝食なんてまず取らない


「教員職は大変かい?」


モソモソ食べていると、台所作業を終えた婆ちゃんが聞いてきた。


「大変だよ。でもやり甲斐はあるのかなって」


「そうかい。あんたに適職だったわけだねぇ」


婆ちゃんは老眼鏡を手に取り、新聞に目を通し始める。それでも互いの会話は続く。


「結局、うちの一家は誰かに寄り添う仕事が向いてるってことなんだねぇ」


「でもよせばいいのに腕が立つから戦わされる、だろ?」


「そうだねぇ。あんたも、あんたのお父さんもお祖父さんもみんな戦場に行って、何かしらを受けて別の何かに成り代わるんだ。兵士を辞めて、ねぇ」


婆ちゃんの目は新聞に向けられながらも、何も映してはいないようで。


「でもそれも長くは続かないのさ。結局うちの一家は何かに引き摺られて、何も残せないまま舞台を下ろされてしまうんだ。 それならせめて自分の生きたいように生きれればよかったのにねぇ・・・・・・」


それは後悔なのか、悲しさなのか、それとも自分ではどうにもできぬことに対する虚しさか。


「メヴィ。あんたはまだ遅くないだろう? なら━━━━




あんたのやりたいように生きるんだよ、この先もずっと」




祖父から父へと受け継がれるように、先祖代々受け継がれてきた、目には見えないその因縁は今も続いている。それも縁なのだとしたら切れるかどうかなんて分からない。ただ━━━━


「大丈夫だよ。俺は昔からやりたい放題やってきてるから」


そう答えて、表層だけの笑顔を浮かべて見せる。


そうだ。自分勝手ならひと昔前にやった。その時点で俺は因縁に別れを告げている。敵に回したのはもっとスケールの大きいものだ。


「そうかい。それは良かった」


安堵の言葉を聞き、食べ終わった後の食器を運ぶ。




朝食さえ終わってしまえばあとはいつもと同じ流れだ。スムーズに済ませた。


久方ぶりに帰った家を出ようとした時、


「次は・・・いつ帰ってくるんだ?」


昨日散々酔い潰れていた爺ちゃんに呼び止められる。昨日の面影などどこにもなく、ただ口下手な老人がそこにいた。


「・・・・・・また近いうちに帰ってくるよ」


「そうか・・・・・・・・・・・・」


相変わらず酒の席でないと会話が続かない。


沈黙は必然。しかし距離が近しい者なら、その沈黙は気まずい物なんかじゃない。


それこそが信頼、家族。


(わし)は、息子を誇りに思っとる」


おや、まだ酔いが覚めていないのだろうか。


だが違う。その目を前にして、酔っているなんてあまりに無礼だ。





「もちろんお前も儂の誇りじゃ」





「!」


「戦場で最も優れた者とは多くを屠った者でも、多くを救った者でもない。最後まで生きて残った者じゃ。お前さんは紛れも無い勝者じゃ」


これはただの老いぼれの言うことなんかじゃない。彼も若き頃は百戦錬磨の戦士と呼ばれていたと聞いた。その経験は間違いなく後世に受け継がれている。


「命は大切にせぇよ。またいつでも帰って来なさい」


「・・・・・・うん、ありがとう」


爺ちゃんに面と向かって礼を言ったのはいつぶりだろう。


今日の決意はきっと行動になる。不思議とそんな気がした。




目の前の扉を開き、外に出る。


朝の爽やかで、少し肌寒い空気に新緑と香りは、鳥たちの歌声に映える。


何かが違って見えたのは環境故にか、それとも何かの予感か。


さて気持ちを切り替えて、今日からは死闘の日々だ。


テスト前となると教員を発見した時の生徒は、まるで鼠を見つけた猫のように変化を遂げる。


「・・・割とマジで怖いんだよなぁ」


一言愚痴を吐いてから気合いを入れる。


可愛い生徒のためだ。気力の一人分くらい尽くしてやろうじゃないか。それで毎回最後の方はヴィネアと一緒に灰になって、職員室の机にて意識を失うまでがワンセットだ。今回もそうなる。


それがなんだと地を蹴って駆け出した。


何だか何とかなりそうな気がするのが人生。そう思わせてくれるのは一体だれなのやら。















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