祭の中で影は色濃く
ヴァルトピアの首都ヴェネスは王宮を中心にして周りを強固な外壁に囲まれ、その面積の大半が建造物に埋め尽くされている。
ヴァルトピア国立魔導学院と周辺はヴェネスの中でも活気に溢れている方であり、学生を相手にしたわけではないが、酒場なども星の数ほどある。そのせいか学生が帰宅した後の時間帯は、祭囃子のように騒ぎ立てる仕事終わりの大人で溢れかえるのだ。
彼らの大半は仕事のストレスなどを吹き飛ばそうなどという思考の元集っているが、その中に黒き影が潜んでいようと不自然ではなく、誰も気づきはしない。
「おい。あんな奴がいるなんてことは聞いてねぇぞ・・・」
「すいません。まさかあんな夜分遅くに彼が学院を通りかかるとは・・・」
大衆がどんちゃん騒ぎで盛り上がる酒場の中、いかにも騒ぎにきたわけではないと見える三人組だけが異様な雰囲気を醸し出していた。
しかし周囲は騒ぐのに夢中で誰も気にも留めない。だからこそ彼らは酒場を選んだのだろう。普通のバーでは彼らも彼らの会話も異質なものとして注目を集めてしまう。
「あの野郎、俺の銃弾を避けやがったんだよ、ありえねぇ!」
長細身の男が苛立ち気味にそう言った。
「外したんじゃなくてか?」
「この俺があんな近距離で外すわけねぇ! 暗視も使ってた、奴の姿もはっきり視えてた!」
やや背の小さい、小賢しそうな男が問いかけると、長細身の男の苛立ちは更にボルテージが上がる。
「クソッ! あのクソ鳥さえいなけりゃきっちり始末できたのによぉ!」
「落ち着いてください。彼は元軍人です。それなりに腕も立ったようで、それくらいの技量もあって━━」
「そんなこたァどうでもいいんだよ!」
先程から苛立ち続けていた男が我慢の限界か冷静に話していた、3人目のフードを被った男の言葉を遮り、胸ぐらを掴み上げる。
「落ち着けじゃねぇんだよ! 元はと言えばテメエがあのわけわからん男がいることを推測出来なかったせいだろうが! あァ?」
人間の行動を完全に予測することなど不可能だ。長細身の男の言っていることは理不尽極まりないことである。しかし頭に血を登らせた本人にはそれどころでない。
「おいビリー、流石に騒ぎすぎだ。ここで目立つとマズい」
小賢しそうな男が長細身の男をビリーと呼んで宥める。
幸い他の客がまだ彼らを機にする様子はないが、ヒートアップしすぎると流石に注目されかねない。
ビリーも舌打ちをしながら手を離す。
「だが俺たちの作戦に滞りが出たのは事実だ。失敗すれば、分かってるんだろうな?」
「・・・分かってます。大丈夫です。まだタイミングはあります」
掴み上げられ、下ろされた男はその表情に影を落としながらも答えた。
「次失敗したらお前にとっちゃ最悪なことになるだろうからなァ・・・。アイツは気質だけ見れば、俺たちとは比べ物になんねぇぞぉ?」
その言葉は釘をさすような、不安を煽るような。
「作戦が・・・あります」
━━━━━━
「なるほどなァ・・・」
「だがそう上手くいくのか? いくらただの教員とはいえ、奴みたいなのもいたわけだしな」
作戦の説明を受けた2人の男がそれぞれ頷き、疑問を口にした。
「彼が特別なんです。彼は元ヴァルトピア軍の人間ですから」
「奴は恐らく陸軍の人間だ。銃火器を持ったジェイに対してのあの対処は、近接戦闘に慣れた奴の技だァ」
ビリーはグラスに残った酒を、一気に飲み干す。
「近接特化型の元軍人ねぇ・・・。ってことは防壁魔法のやり手かなんかか?」
小賢しそうな男は顎に手を当て、考える姿勢だ。
そして残った男が口を開く。
「彼は、魔法が使えません」
その言葉を聞いた2人の男が同時に吹き出す。
「はっはははは! なんの冗談だ!?」
「ふはははははァ! 全くだァ! 魔導学院の教員が『魔法使えません』なんて洒落にもなんねェぞ!?」
手を叩き、腹を抱えて笑う2人に対し、フードの男だけが真剣な表情を崩さない。
「本当です。彼は戦場で負傷し、『魔力不出症』を負ったんです。信じられないなら試して見ればいい。きっとすぐに分かります」
男の真剣な表情に嘘はないと感じたのか、笑っていた2人も笑い声を収めていく。
「・・・いいだろう。お前の作戦に乗ってやる。だが妙な動きを見せた瞬間、お前の命もあいつらの人生もまとめて地獄行きだ、分かっているな?」
小賢しい男の鋭い眼光が、終始下手に回っていた男に再度圧をかける。
「・・・分かっています。次は失敗しません」
そう答えた男の目には一種の決意が灯っていた。
しかしその目は生きていない。
「次は上手くやれよォ。なんせお前さんの『大事なモノ』がかかってるんだからなァー。ケケケ・・・」
ビリーが再び注がれた酒を飲み干し、グラスをテーブルに叩きつける。
その音が響くと同時に三人は席を立ち、歩きだす。
小賢しい男が金を店員に渡して、1人2人と酒場を後にする。
最後に酒場を出ようとしたフード男が入り口付近で足を止め、振り返った。
その視線の先には何も知らずに、ただ騒ぎ立てる有象無象の姿がある。
高く上がり輝く太陽が見る者の目を焼き、地上に色濃く影を落とすように。無邪気な大衆の姿は男の目を焼き、影を浮き彫りにする。
再び前を向き歩きだす男の表情には、色濃く翳りが映されていた。