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家族

「ただいまー」


町外れに佇む、小さくもなければ大きくもない民家。それこそが俺の生家。


「あら、おかえり。今日は帰る日だったかい?」


いかにも温厚そうな顔である、祖母が迎えてくれた。


「まぁ色々あってね」


「そうかい。色々あったんだねぇ」


その優しく微笑む顔は、俺の父にそっくりだ。


「ただいま、爺ちゃん」


居間に入ると、いかにも亭主関白そうな感じを漂わせる祖父が木を彫っていた。


「うむ・・・・・・」


亭主関白ではなく、ただの口下手なのだ。おかえりくらい言えんもんか・・・。


「あなた、そろそろご飯ですから片付けてくださいな」


「うむ・・・・・・」


「・・・・・・・」


これがいつもの日常だ。基本俺がいてもいなくても会話は増えないし、減るわけでもない。


しかし我ら一家には会話が急増する時間がある。それは━━━━




「よーう、帰ってきた! 今日は一杯付き合えええい!」




「う、うえええぃ・・・・・・」


「ちょっとあなた、明日は展示会の準備があるんですからほどほどにしてください」


「そんなこたぁわーっとるわい!」


食事の時に酒が入ってしまえば、祖父は無骨な老爺から陽気なおっさんに変身する。


相変わらずこのテンションにはついていけない。


騒ぐ爺ちゃん、聞き手に回る俺、それを眺めながらいざという時は抑止力になる婆ちゃん。それぞれがいい感じのポジションに回るのだ。


この家族感が心地いい。だからこそ守りたい。


今なら何かを守るために戦えるだろうか。


力なき者は媚びるか、祈ることしかできない。理不尽で残酷な世界だ。だからこそ誰しもが強さを求める。果たして何が本当の強さなのかも分からぬままに。


「なぁに暗い顔をしとるんじゃ、メヴィ! お前も飲め!」


「あ、いや・・・」


「ワシの酒が飲めんと言うのか!」


だあああ! めんどくせーー!


ヴィネアのグチグチモード+潰れるも大概だが、このじじいのうっとおしいガツガツモードも相手にするのはいささか疲れる。


ていうか俺、酒の席になると大体疲れる役満じゃねぇか。


「仕方ねぇ、どんと来い」


「おうおう飲め飲め! 今宵は宴会じゃー!」


諦めて差し出した盃には容赦なく酒が注がれていく。


一思いにぐいっと飲み干す。


「いいぞ! それでこそワシの孫じゃ!」


喉を通って、胃に降った熱い雨は身体全体を火照らせる。炎魔法使いは、酒を飲むと魔法の出が格段に良くなると聞いたことがあるが、確かにそんな気がする。


「ほれほれ、婆さんも飲めぇー!」


「私は飲めないといつも言ってるでしょう」


「なんじゃ、つれないのぉ。ならばメヴィ、男同士の勝負といこうじゃないか!」


そんなことを言った爺ちゃんは、酒の瓶を振りながら挑発じみた仕草をしてくる。


さっき回ったアルコールのせいか妙に乗り気になってきたぞ。よかろう。


「後悔しても知らんぞ、じじい・・・」


「ふん、まだまだ若造には負けんわい・・・」


視線が火花を散らして、今ここに耐久レースが始まった。





━━━━━━


「うぃー・・・ひっく!」


「言わんこっちゃねぇ・・・」


今回も今回とて俺の勝ちである。俺は酒の席では基本的に後始末を任されてしまうだけあって、かなり酒には強い。


横には顔を真っ赤にして、目も虚ろな爺ちゃんが机に倒れ伏している。


「全く・・・今まで一度も勝てたことないのにどうして勝負をけしかけるんですかねぇ・・・」


婆ちゃんもそう言って呆れているが、


「全く、お前には敵わんわい・・・」


酔いつぶれた爺ちゃんには届いていないようだ。


「酒に強いところといい、何事においても出来が良いところといい、お前は本当に父親に似たな・・・」


爺ちゃんのその一言でその場の雰囲気が静まり返る。


「アレスも本当に酒が強くてなぁ・・・。よくこうやって勝負したものだ」


机から起き上がった爺ちゃんは遠い目をしていた。


「豪気で喧嘩が強くて、ガタイも良くてなぁ。その面、お前さんは冷静で喧嘩を好まない。そこは母親譲りだのぉ」


「・・・戦わずに解決できるのが一番良いだろ」


「そうじゃ。今、国々がやっている戦争なんかはくだらん! じゃがのう、男同士が互いの信念をぶつけ合う喧嘩はまったく面白い!」


そう言って爺ちゃんは声を張り上げる。


「婆さんの言う通り! 男ってのは馬鹿なんじゃ!」


「誰も馬鹿なんて言っていませんよ」


「じゃがその馬鹿さこそが男の誇りじゃ!」


婆ちゃんも聞かず、じじいの力説は続く。


「時には周囲も自分も省みず、馬鹿になってもいいじゃろ!」


周囲も自分も省みず、か・・・・・・。




「じゃからあの馬鹿息子はワシの誇りじゃった・・・・・・」




爺ちゃんは声のトーンを落としてそう語る。


「あやつは皆の反対も世間の言う普通も、全てを押し切って自分を貫いた。やつは男じゃった」


全てを押し切る。それがどういうことか。俺には分かるはずだ。




「だからこそ、あんな・・・最期は・・・っ!」




その言葉を最後に、暑苦しいじじいは夢の世界へと落ちて行った。


俺はその手で多くを守ってきた父さんとは違う。


何も救えぬ英雄はただの幻想。紙の中の人物と変わらないのだ。



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