遠き日は夢の中に
今でもあの日の夢を見ることがある。
決して逃れることのできない夢。
俺の人生すべてを変えてしまった、あの日。
世界を、魔法を、俺は何も知らなかった。その恐ろしさも底知れなさも。
それはいつしか「現実」となって襲いかかってくる。
俺はそれにやられたのか。それともただ自分に負けてしまったのか。
誰を守ることもできず。
目の前にはかつては同僚であった、今はもうただの肉塊が横たわる。
あっさり殺られた。彼もかなりの強者だった。この展開は既に俺の予想を、遥かに超えている。
いつの日か何かを失う時が来ることは覚悟していた、はずだと思っていた。
なぜ全てを守れるなどと思っていた? お前には何を守る力をない。
お前は弱い。
じゃあ俺は、どうして戦っていたんだ・・・。俺は・・・何を守りたくて・・・。
俺の・・・戦うべき相手は、何なんだ。
自分が信じられなくなった。
己の弱さを呪った。
身体の末端、指先から氷に包まれていく感覚がした。氷は徐々に徐々に侵食していく。
「俺」を、見えなくしていく。
自分を信じられない、それは弱さ。
強くなるんだ。何よりも。
自分さえも認めさせられる強さを。誰かを、全てを守れる強さを。
氷は速度をあげて、「俺」を己の色に染め上げていく。
心は悲鳴をあげていた。それでも止まるわけには行かなかった。
あの日の弱さは、自分はもういない。
全てを犠牲にしても、全てを守る。
氷は遂に、「俺」を覆い隠した。
もう動けない。後戻りはできない。
俺はただ氷塊と化した「俺」を見つめるだけ。俺には何もしてやれない。
「俺」は動けぬまま、誰かの助けを待っている。
あの日の「メヴィウス」は死んだ。その代わりに俺は強さを得た。
それで・・・次はどうするの?
誰かが俺に問いかけた。
次は・・・次は・・・。
強くなった。だが俺の守るものは? 俺の戦う理由は? 戦うべき相手は?
何もなかった。
全てを失って、犠牲にした俺にはもう何もなかった。
復讐? そんなことはどうでもよかった。
征服? 興味もない。
これこそ目的のない戦い。俺が一番嫌っていたもの。意味のない命の賭け。
強さとは無情なものだと悟った。
いよいよ俺は「俺」に見向きもしなくなった。
純粋な強さと純粋な優しさ。
それは決して交わることのないそれぞれの強さ。
そして今━━━━
二分された俺の心は今も交わらない。
修羅の道を進んだ俺はただ強さの意味を、守るべきものを、戦うべき相手を探し続ける。
何にも期待などしていないくせに。
氷に包まれた「俺」は目の前に微かに見えた暖かい光に手を伸ばそうとしていた。
盲目的に探し続ける俺は、光が眩しすぎて、目を逸らしたい。だがその光には目を逸らせない何かがあった。
━━━━そうだ。
その光からかつて俺は一度、目を背けた。
消し去り、忘れることの出来ない過去。
彼女の正しさは、「俺」の眩しさは、俺を苦しめる。
もう、後には引けないんだ。
孤独も罪の意識も全てが代償。それと引き換えに得たものはない。俺には何もない。
後悔なら飽きるほどにした。
今は過去を振り返ることなどない。
だが強さと優しさの間で板挟みになったまま、どこへ進むこともできない。