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時は雨の中に

「あ〜、あったまるぅ〜」


火を灯した暖炉の前で手をかざし暖を取ると、冷えた体が温かみを取り戻していく。


「ふふっ、猫みたいですね、先生」


アリスは客人用のソファに腰掛け、いつの間に持ってきたのか、本を開いていた。


「バカ言え、ただの年だ。そんな可愛げのあるものなんかじゃねえよ」


もう俺も割と年だ。遠回しに可愛いと褒められて喜ぶようなお年頃は、とうの昔に過ぎている。


「でも先生ってあんまりお年を感じさせませんよね。新任って言ってもきっと皆信じますよ」


「そりゃありがとよ」


魔導、非魔導の学校どちらにしても、新任教員の年齢は大体20代前半だ。


それは魔導学院の卒業平均年齢が20代前半であることに基づいている。魔導学院を卒業した者は、戦士や魔導研究者などの魔導に直接関わる職に就く者もいれば、教員や司書などの間接的に魔導に関わる職に就く者もいる。


もちろん俺のように、戦場を離脱して教員になるような者も少なくはなく、その逆もない訳ではない。


経験者の立場から語れば、職場が戦場から教壇に変わっても何とかなるが、その逆は十中八九上手くは行かないだろう。


要は人の心という物に深く関わってきた教員に感情を捨てて、非情に、戦士になれと言っても無理な話なのだ。


「〜♪」


鼻歌を奏でながら本を読み進めるアリス。


しかしこの少女にも無情になる時があるというのか。この優しく、穏やかな少女の顔も修羅に変わる時があるというのか。


あまり考えたくはないな・・・。


そう思いながら、彼女を凝視しすぎたようだ。


「どうかしましたか、先生?」


「いや、もう昼休みも終わりそうだけどいいのかなーって」


視線を察したアリスの問いかけを咄嗟にごまかす。


「あ、午後の授業は中止になったそうですよ。まぁ、あれだけの騒動があれば致し方ないことかもしれませんけどね・・・」


彼女はさらっとそう返すが、その情報、俺初耳。


なんだ。じゃあ俺解放された意味ないじゃん。


というか、中止ってことは・・・




「え、じゃあ帰ればいいんじゃ?」




本音が口をついて出てしまった。


その言葉を聞いたアリスは頬を膨らまして、分かりやすく怒りのサインを出す。




「・・・・・・察してくださいよ、バカ」




あ、はい、申し訳ございませんでした。そういうことだったんですね。


頬を染めた彼女は、拗ねた様子でそっぽを向いた。


「あと━━━━━




大雨で帰れないんですよ!」




えええぇ・・・・・・。


「エレイスさんとか傘持ってきてくれないのか?」


「あの子は妙なところで察しがいいですからね。多分こうなったら私がどんな行動をとるか分かった上で、持ってこないと思いますよ」


もはや以心伝心の仲だと言うのか・・・。


この間お邪魔した時の、互いに遠慮のない言い合いは仲の良さ故にだったようだ。


「ってことは雨が止むまでここにいるのか?」


「だめ・・・ですか?」


「ダメではないけど」


別に追い出す理由もない、が━━━━


「ただ、お喋りする気力も今日はないぞ」


そう告げて、空いてる方の客人用ソファに寝転がる。いつもここに泊まる時はここで寝ているのだ。


思えば今日は夜中までヴィネアと飲んで、その後すぐに事件に巻き込まれたので寝ていない。暖炉の前である程度温まったら、眠くなってきた。


「お休みになられるんですか?」


「あぁ・・・さすがに眠くなってきた」


大きな欠伸を1つ、そのまま瞼を閉じる。


「私のことは気にしないでください。この小説面白いですし」


「雨止んだら帰ればいいからなー・・・」


そう答えて全身の力を抜くと、何か重たいものが体にのしかかってきたような感覚がした。


どうやら自分が思った以上に精神は疲弊していたらしい。


自分でも気づけなかった。自分も気づかないほどに隠すのが上手くなってしまったのか。



人が唯一欺けないのは自身である。

ならば命を前に情けも持たずして、人とは言えぬ。

情けを以て、人を制す。

それこそ我が宿命、人道と見たり。




そんな英雄譚の文章を思い出す。


ちなみにこれは英雄が敵にとどめを刺す時の彼の心情を表した文だ。


彼は自分の中にある僅かな人情を捨てぬまま、非情な戦いに臨んでいくことを決意する。しかしそれは敵を葬る度に身を引き裂かれるような思いをするということだ。彼はそれに耐えることを覚悟したのだ。


俺にはそれが出来なかった。


だから俺は━━━━





英雄にはなれなかった。





だから今も暗鬱な自分がそこにいる。


だから彼女を眩しく感じる。


きっと彼女も「自分」を抱えたまま、戦うことが出来る英雄だ。


俺と彼女は似ている。だが似ていない。


きっと違いを作ったのは、もう取り戻すことの叶わない、一度俺が捨ててしまった「それ」なのだ。



俺はどうすればよかったのか。


彼女はどうしたのか。




そんな後悔も疑問も微睡みの中に消えていく。





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