暗中模索の途中
校長室をようやく解放された俺はひとまず、研究室に戻ろうと外庭を歩いていた。
結局、午前の聴取ではどんなやり方をしたのかは分からないが、侵入者から情報を得ることは出来なかったそうだ。
このまま行けば、あと3日間くらいは容疑者の人権を無視した尋問が続けられることだろう。
俺も午前中はずっと事情聴取に備えて、職務も放棄し事情聴取に備えていたのだが、取調べに当たった者たちも口を割らない容疑者を相手に俺から情報を引き出す暇はなかったらしく、校長室での待機はあえなく無駄となった。
そのまま校長の「元気な姿を生徒に見せてやりなさい」という言葉のままに解放されたわけだ。
外庭のメイシャの鐘の側を通ると、国から送り込まれた魔導師達による現場検証の真っ最中だった。
この現場検証で奴らの目的だけでも明らかになればいいのだが、そう簡単には行かない。始まってからここまで時間がかかっていれば、もう現場検証からも何かを得られることはないだろう。
ふと風の流れを感じた。
風の吹く方へ目を向けると、メイシャの鐘の部分から誰かが風魔法を行使して、地上に降りてくるのが見えた。
「やぁ、メヴィウス君。昨晩はお手柄だったね」
それは穏やかな笑みをたたえた青年だった。
彼もどこぞの肉体教師と同じような言葉を初手に話しかけてくるが、今日、今だけは仕方のないことなのだろう。
しかし先程の筋肉教師に話しかけられた時とは違って、うっとおしいような感じはなく。
「お疲れ様、ランディ。何をしてたんだ?」
俺も爽やかな笑みを返した。
「いやぁ、どっかの誰かが僕の愛しい鐘を銃なんかで撃つからさぁ、修繕が大変なんだよ。所々ヘコミとかが凄くてさ」
ランディはこの学院の魔導工学者だ。その仕事は学院の魔導器具の点検から、魔灯石の取り替え、果ては学院設備の修繕までに渡る。
「うっ・・・、状況が状況だったといえすまんな・・・」
友人の余計な仕事を増やしてしまったことに対して、本気で申し訳なく思った。
「ふふ、最近仕事がなくて暇してたんだ。気にしないでくれよ。それに鐘の修繕で君の命が救えるのなら安いものさ」
そう言ってくれるランディが神のように思えてくる。あれ? なんか涙が・・・。俺も年かな・・・。
そうだ。これが本当の友情ってやつだよ。
ランディと俺は年が割と近く、この学院に同期で入ってきたこともあってかなり仲がいい。よく2人で飲みに行っては、明け方までお互いに仕事の愚痴を言い合ったりしたこともある。あの筋肉も同期だが、あんな体育会系の友情は、俺の求める友情じゃない!
そう改めて実感しながら拳をぐっと握りしめる。
「そういえば事情聴取はもう終わったのかい?」
「あぁ、俺はな。けど容疑者の口が固いらしくてさ。まだ何も掴めていないそうだ」
「ふーん。そうなのか」
これで一通り分かっていることを説明し切れてしまうほどに、事情聴取からは成果が挙げられていない。
「お前こそ、まだ現場検証中なのに修繕なんてして良かったのか?」
普通、現場検証なんてしてる途中なら関係者であっても現場に立ち入ることは許されないはずだ。ましてや現場に手をつけるなど以ての外。
「あぁ、実はもうほとんど現場検証終わってるのさ」
それを聞いて溜息が漏れてしまう。
「なんか魔導師の人たちの話を横耳に挟んだけど、どうも何も痕跡が見つからなくて、侵入者たちは何もせずに撤退したっていう結論で固まったらしい」
そうだよなぁ。
何かしらの発見があれば、こちらにも報告が来ているはずだ。
鐘の修繕に許可が降りたのもその結論あってのことだろう。
「本当にそうならいいんだけどね・・・」
ランディは少し含みを持たせてそう言う。
まぁ彼もそんなはずがないと踏んでいるのだろう。
少なくとも俺が見た感じで、侵入者が後片付けをしていくような暇は無かったはずだ。それに彼らが侵入者してから俺と対面するまでには、何もしなかったと言うには不自然な程に間がある。
これで現場検証の魔導師たちが本気でその結論を出したのなら、彼らもとんだ役立たずである。
しかしいずれにしても侵入者たちには、自分たちの狙いを察知させないだけの技術や何かがあるのだ。敵も一筋縄ではいかない。
「・・・益々きな臭くなってきたぞ、こりゃ」
「そうだね。何かこの学園に良くない物が迫ってきている気がするよ・・・」
ランディは少し暗雲が立ち込め、雨模様が漂ってきた空を見上げる。
「まぁその時は俺、非戦闘員だから、戦闘員の皆さんよろしくお願いしますって感じだけど」
ランディはにやっと笑ってこちらを見てきた。
「はいはい、戦闘員ですよーっと」
俺のそんな様子を見て、彼はあからさまな作り笑いを浮かべる。
「ははは、その時は任せたよ。でも━━━━」
「戦闘員だからって命尽きるまで戦う必要はないよ。ここは戦場じゃないんだぜ、メヴィ」
彼はそう言い残して、塔の修繕へと戻っていく。
先程までのおちゃらけた空気はその一言に切り裂かれた。
「戦場じゃない、か・・・」
彼はそれをどんな気持ちで口にしたのか。
でも・・・それは違うよ、ランディ。
彼らはここを戦場にしないために戦った。大切な何かを守るために。きっとそれは愛する何かを残して戦場に出た者しか分からない。
俺は今ならそれが分かる。
しかしあの頃の自分は違った。ただ自分が自分であるために、誰が死のうと自分は生き残るために。
全てが理想のために。守る者なんてなかった。ただそれが自分だった。
きっとそれは俺にしか分からない。
「だから、あの時の俺は負けたのかな・・・・・・」
誰にも届かない悔恨の念は無意味なままに流れていった。
頬に一粒、冷たいものが落ちた。
雨だ。