されど嵐は過ぎず
真夜中の死闘は終わり、その後押し寄せてきた役人に俺は身柄を確保された。
しかし容疑者である侵入者の1人を優秀な仲間が捕縛していたこともあり、日が昇って来る頃には潔白を証明できた。
ちなみに確保された男は逃げられないように両足を噛み砕かれ、恐らく銃を持とうとしたのだろう右手も噛まれ、多量の出血をしていた。
突き落としたのも、確保を指示したのも自分なのだが流石にうちのワンコロが加減を知らなさ過ぎて、少し同情してしまった。
しかし戦っている最中に余計な感情は抱けない。
戦いが終わった今でこそ男に同情の念を抱けるが、戦闘中にあったのはただ敵を倒す念のみ。
螺旋階段から突き落とした時、恐らく大丈夫だろうとは踏んでいたが、本気に殺すつもりで蹴り落とした。敵も自分を殺しに来ていたのだ。殺されても文句は言えまい。
戦いとはそんなものだ。気に甘さがあれば死に直結する。犬であろうともそれは変わらない。
幸いその男は重症で済んだが、今は怪我に苦しみながらも尋問を受けている頃だろう。気の毒に。
今は、普通の日常なら研究室の窓から登校する生徒をぼうっと眺めているような時間。
しかし今日は事情が事情だ。またいつ事情聴取を受けるか分からないとのことで、俺は校長室で待機していた。
俺は全くの無傷なのだが、すぐそこで神妙な顔つきをして椅子に座っている校長曰く、今日俺は担任の職務に当たらなくていいそうだ。
校長は今回の騒動を受けて、役職上、真夜中だったが招集をかけられた。
その時には既に俺から一通りの事情聴取がされていたので、役人から説明を受け、俺の身柄保証人として俺と対面した。
「よかった・・・・・・」
対面して校長が一番最初に口にしたのはその一言。
顔つきから本気で心配してくれていたのが分かった。
その後、俺は役人からも校長からも少しのお叱りを受けることになった。役人からは、「なぜ我々に知らせずに単身で突入したんだ! 今回は運が良かったが、死んでいたかもしれないんだぞ!」とのお達しだった。
その時は敢えて無言を貫いたが、言わせてもらえば役人に知らせていた方が死者が出ていた確率は高かっただろう。きっと役人のお達しは俺の過去を知っていれば出てくるはずのない言葉だ。
そして恩師からは、「あまり無茶はするんでないぞ・・・。君ももう昔とは違うんだ・・・」とのこと。
こればかりは何も言えない。それは紛うことなき事実に他ならない。
結果論で言ってしまえば、侵入者を察知しただけでなく、確保にまで成功している。最高に近い結果だと言えるだろう。
しかし人の感情というものは結果良ければ全て良し、というわけには行かない。校長室に招かれ、椅子に座らされ、校長はぽつりと言ったのだ。
「私は終わりではなく、また君が戦いの波に呑まれていく始まりに思えてならんのだ・・・」
老いた恩師に心配をかけてしまったことについては反省しなければならない。しかし今回の騒動も解決した訳では無い。
侵入者のうち2人は取り逃がした。内通者もいる可能性が高い。また彼らが何をしようとしているのかも謎のままだ。
確保された1人が洗いざらい話してくれれば楽なのだが━━━━
「校長! 失礼します!」
ノックもなしに校長室のドアがやや乱暴に開け放たれる。
「リック先生、進捗はどうだい?」
今まで神妙な面持ちで、ただ机と睨めっこ状態だった校長がようやく口を開く。
リック先生と呼ばれたその先生は、程よく焼けた黒肌に教員服の上からも分かる鍛え抜かれた筋肉、そして明るく、やたら声がでかいという典型的な体育系教員である。
普段から生徒指導や生徒を怒鳴りつけることはこの先生に一任されており、尋問が一番向いてそうというのもあってか、学院の関係者枠として侵入者の尋問に当たっている。
「それが・・・。敵はどうも根性と母国への忠誠心には目を見張る物がありまして、何も情報を吐こうとしないのです。しかし悪人にしてはそこが感服するというか、好感を持てるというか━━━━」
うん。この人俺が思うに尋問に向かないんじゃないかな。
尋問に私情を持ち込んでしまうような筋肉至高主義の熱血人では情報は引き出せまい。むしろ与えてしまいそうで怖いくらいだ。尋問には生真面目な役人も携わっているので、そんなヘマはやらないだろうが。
いずれにせよ敵が他国の者なのか、命知らずなただの悪戯好きなのか、そんなことさえも分かっていないということだ。
しかし敵の動きからしても、人の命に手をかけようとしたことからも一般人とは思い難い。それは俺も事情聴取で主張した。
「いやぁー、それにしてもメヴィウス先生お手柄でしたなぁ!」
「はぁ・・・どうも」
一通り、校長に報告を終えたのかリック先生がこちらに話を振ってくる。
「侵入者に気づいて、単独で突入! 3人を相手に臆することなく立ち向かい、しかも1人を確保! いやぁー、私幼い頃に読んだ物語の主人公を思い出してしまいましたよ!」
かなり興奮した様子の彼がぐっと拳を握って力説してくる。顔が近い、声がでかい。
前々から思っていたがこの人は何でここまで俺にフレンドリーなのだろうか。
細いからもっと食べろと言って実家で取れたという野菜を押し付けてきたり、気まずい雰囲気になるのは目に見えているのに2人で飲みに行こうと誘ってきたり。
控えめに言って苦手である。
「まぁまぁリック先生。メヴィウス先生も命を懸けた戦いで些か精神的に消耗しているんだよ。その辺にしておいてあげなさい」
見かねた校長が興奮の収まらない様子のリック先生にそう諭す。
勢いに押されるがままで、返答の薄い俺の様子にそれを感じたのかリック先生も「ややっ、これは心情お察しできず申し訳ない!」と律儀に頭を下げる。
そのまま本来の目的は果たしていたリック先生は尋問に戻り、校長室にはまた沈黙が訪れる。
しかしその沈黙は長くは続かなかった。
「・・・本当に消耗しているかい?」
校長は呟くように問いかけてくる。
「・・・いえ、正直まだ慣れてますから」
この一言がまた恩師の不安を駆り立てるのだろうと思いつつも、嘘はつけなかった。
恐らくその返答を予想していただろう校長は、椅子を回転させ、窓の外を眺め始める。
「戦場に立ち続けた者は命の駆け引きを何度も経験しているからか、それとも強き覚悟がその身に宿っているからか、どうも死に対する恐怖が希薄だ」
その言葉はどこか悲しげな気配を感じさせる。
「君だけじゃない。私の教え子は皆戦場に出た。その中で亡くなって行った子達の姿を、私は彼らが母なる大地に還った後でしか見ることが出来なかった。この気持ちは恐らく君たちにはまだ理解できぬ」
彼は再び椅子を回転させ、俺と向き合う。
「これだけは知って欲しい。メヴィウス━━━━」
「誰しもが、君、いや君たちのように、覚悟を持って強く生きれるわけではないのだ」
その言葉が何を意味するのか。
彼は怒っているのか、哀しんでいるのか。それすらも分からない。
「いつの日か君も、私のこの気持ちが理解できる日が来ることを、私は願っているよ」
彼はそう言って、窓の外に視線を戻した。
その据えた瞳は何を伝えたかったのか。
その永きにわたる経験を元に何を思っているのか。
きっと今の俺にはまだ分からない。