光と陰
朝日に照らされた校舎。
研究室の窓からはちらほらと登校してくる生徒達の姿が見える。
研究室の中は研究に使う、怪しげな液体、見る人が見たらトラウマにすらなりそうな生物の標本、素材などに溢れており、それらの中には日光などの光の類いに晒してはならない物もあるため、カーテンは常に半閉じ状態で、電灯石にも光を灯していない。そのために研究室はいつも暗い。
そんな研究室に引き篭もっているからか、自分の心もだんだんと暗くなっているような気がしてならない。
それに比べて、外を歩く生徒達は希望に溢れた様子で眩しいったらありゃしない。
あの姿はきっと俺が遥か昔に失ってしまった姿だ。
もうあの姿には、戻れない。
「眩しい、なぁ・・・・・・」
世の中には知らなくていいことがある。
希望に溢れた者達は、知らなくていいことは知らないままで真っ直ぐ育っていけばいい。決して嫌味なんかじゃない。本心からそう思う。
俺たち教師の仕事は、いかに生徒の志が曲がらないように育てるか、だ。
干渉はし過ぎず、しなさ過ぎず。その塩梅は難しいけども。
始業の鐘の音がうっすらと聞こえた。
椅子にかけてあった教師用の背広を羽織り、薄暗い研究室を後にする。
研究用に瓶の中に収めていた蛇の双眼がこちらを睨んでいるように見えた。
その目はまるで「逃げられると思うな」と蛇睨みをしているかのようで。
「・・・分かってるよ、そんなことは」
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教室に向かうまでにたくさんの生徒から挨拶をされた。
気だるげなもの、明るくはつらつとしたもの、やたら真面目な感じのもの。挨拶一つとっても生徒によって幾つもの種類がある。
何年か教員をやっていれば、挨拶一つでその生徒の普段の態度はおろか、大体の成績さえも分かるようになる。
まぁそんなもの分かったところでどうということはない。
一部には例外もいるが、大半の教員は自分のクラスの生徒であろうとも生徒の成績には興味が無い。
成績の善し悪しで生徒の人生は決まらない。だからこそ成績の良い生徒に何かしらの期待をするわけでもない。教師達は皆、長い己の人生の中でそれを学んできているのだ。
もちろん教師と言えど感情のある人間なので、生徒によって好き嫌いはある。しかしそれも成績の善し悪しで決まる、ということでもない。どちらかというと優等生よりもやる気のある生徒や、都合の良い生徒が好かれやすい。
所詮世間なんてそんなものだ。
真面目に努力したや奴の努力は報われず、適当に頑張った奴が成功を収めてしまうなんてことはよくある話。
そうでなくてもこの世には生まれた時から身分などが定められており、運が悪ければ、才があったとしても頭角を表すことさえ許されない。
なら期待するのは止めた。
魔導も世間も人も何一つ変わらない。
そんな鬱なことを考えるうちに表情は曇ったままで、教室の前にたどり着いてしまう。
ちょっといい感じの木製の引き戸を勢いよく開く。
「はい、おはよー」
「「おはようございまーす」」
教室には既にクラス全員の生徒が着席した姿があった。
特に自分から何かを言っているわけではないのだが、うちのクラスは極めて遅刻、欠席が少ない。
「それじゃ健康観察・・・は必要ないか・・・」
「先生、アリスさんが・・・」
「あぁ、またか・・・」
全員揃っているように見えたが、よく見ると一つだけ空いている席があった。
うちのクラスは95%くらいの生徒が皆勤賞をとれるレベルで真面目なクラスだ。しかしそれが100%にならない原因がその空席の主である。
まぁ、彼女の場合理由がちと特殊だから仕方ないんだけどな・・・
「アリス・カートレット、戦休っと・・・」
戦休。それは普通なら一学生の休みの理由としては使われない。
文字通り、戦争や討伐任務に駆り出されたので休みます、ということだ。
そう。彼女。アリスは、
学生の内から、国に出撃令が出されているれっきとした魔導師なのだ。