宵闇の戦い
平和と絆。
それらは一対の塔なり。
一対の平和と絆混じりしところに、希望という名の鐘あり。
メイシャの鐘にはそんな感じのコンセプトがあった気がする。
その塔は両方ともかなりしっかりした造りをしており、内側から登ることが可能だ。
そして、二つの塔の頂きに挟まれるようにして鐘が吊るされている。
この鐘は毎日、朝と夕方の始業時間と下校完了時間に鳴らされる。
その音色は学園の敷地外にも響き渡り、もはやこの近隣住民にもお馴染みのものとなっているのだ。
「・・・初めて登るけどけっこう高いんだな」
実際に塔の中に入り、上を見上げるとそんな本音が漏れてしまった。
『無駄口を叩くな。すぐそこに敵はいるんだぞ』
犬に諭されるとは・・・。
しかしカイの言うことは至極真っ当なことだ。
もしかすれば今、この瞬間も敵が見ているかもしれない。
しかも敵は硝煙の臭いがするとカイはいった。
つまり敵は火薬を使う。
それが何を意味するか。
火薬を活かす現代兵器といえば真っ先に出てくるのは銃火器だ。次は爆弾など。
何が言いたいかと言うと、敵は遠距離攻撃を中心とした戦いを繰り広げてくる可能性が高いのだ。
となると狙撃なども警戒しなければならない。
聴覚、嗅覚、反射神経、第六感。ありとあらゆる防衛能力に気を張り巡らしながら、塔の頂きへと続く階段へと足をかける。
一段、また一段と慎重に登っていく。
ここまで気を張って階段を登ること経験など、今まであっただろうか。まぁない。
そもそもここまで臨戦態勢に入るのがいつぶりか。
戦場を離れたことなどとうの昔の話だ。それ以来、本気で戦闘に望んだことなどないし、命のやり取りなどとは縁がなかった。
あの時の勘は戻っているのだろうかと少し不安になる。
螺旋状に伸びる階段は
静けさそのものである塔には俺の靴の鳴らす音だけが反響している。
後ろから3匹ついてきてはいるが、彼らはお利口に足音一つたてない。1匹はとまってるだけで運搬してもらってる状態だが。
塔の窓から外を見ると、蒼白く照らされた月が見えた。
人とは感傷的な生物である。人以外の生物なら生きるためなら最善を尽くすはずだ。しかし人は様々な物事に私情を抱き、心を震わす。それが例え、死地の真っ只中であったとしても。
その瞬間まで気は張り詰め続けてきた。だがその甲斐はなくそれらの集中は棒にふられ続けていた。だからこそその一瞬、ふと気が緩んでしまった。
『バカ野郎! 左だ!』
カイの必死な叫びが脳内に響いた。
自身の右側にある窓から月を眺めていた俺の左側。
向かいの螺旋階段に隣接する窓から見える別側の塔。そこに黒い影があった。
恐らく左を振り向けば遅れる。
戦場で培われた俺の直感がそう判断し、反射的に身体を動かした。
咄嗟に上半身を捻って、射線から外れる。
刹那━━━━
ズダァァァン。
間違いない。聞き慣れたその音。
遠距離攻撃型狙撃銃。スナイパーライフルと呼ばれるものの銃声音だ。
直後、俺の首があった場所を銃弾が通過し、塔の壁に穴を空ける。
間を置かずにそのまま右に転がり、敵の視界から消える。3匹もそれに続くようにして身を隠す。
『こんな状況で気を抜けるとは、お前の命知らずさには呆れるな・・・』
「すまん、助かったよ」
愚痴を言ってくるカイに、謝罪で返事をする。
非常に危なかった。
もしあのまま反射的に振り向いていたら、もう俺の頭部は弾け飛んでいただろう。
それにしても、まるで気の緩んだ瞬間の狙撃。極めつけにあの遠距離攻撃型狙撃銃。
「いよいよ、物騒になってきたな・・・」
敵は恐らくあの場所で俺の気が逸れることを狙っていた。しかも頭部を一寸違わず撃ち抜く狙撃技術。
狙撃銃を持っていたというだけでも軍の人間の確率は限りなく高いのだが、闇ルートを使えば一般の人間でも武器の入手くらいはできるだろう。
しかし知恵や経験、技術は実際に戦いの場に赴いていた者しか得ることは出来ない。
今敵が行ってみせた芸当は、一般の人間やそこらのゴロツキには到底真似出来ないものだ。
間違いなく、敵は軍の関係者だ。
だがそれが分かったところで打つ手はない。
この宵闇の中では遠距離攻撃ができる方に圧倒的な優位性がある。
おまけに敵との位置は塔によって隔離されており、詰めることさえ叶わないことがその優位性を後押ししている。
更に状況は間髪を入れずに悪化を見せる。
「グルルルルルル・・・・・・」
その耳をピクッと動かしたクロが低く唸り声をあげる。俺にはそれがただの唸り声には聞こえない。
「下からもきた、か・・・」
人間の数倍効く犬の耳にはその足音が聞こえるのだろう。
塔の入口から何者かが侵入し、こちらに向かってきているらしい。
恐らくその片割れも銃火器を所持している可能性が高い。
その視界に俺たちを映した瞬間狙撃してくるだろう。近づいて戦うことはままならない。
しかしこのまま逃げ続けても袋の鼠だ。逆側の塔で待ち構える敵に塔の頂きで撃たれて終わり。
『挟み撃ちか・・・。さてどうする、メヴィ?』
カイが横目でこちらを伺いながら問うてくる。
どうやら、敵は俺たちを逃がすつもりはないらしい。
ならば何としてでも逃げ切らなければならない。
まだ敵の狙いなど尻尾さえも掴めていない、が侵入していたという事実を伝える必要がある。
しかしこのまま野放しにしておくのもこの学院の教師として失格な気がする。
それら全てを叶えたい。
思い出せ。あの日の感覚を。されば死あるのみ。
頭にそう言い聞かせる。そうだ。考え続けなければ死ぬ。思考の停止は許されない。
長らくの平和な生活で眠っていた本能を叩き起す。
極限の状態こそ俺の脳は、思考は冴え渡る。
「よし、これでいこう」
覚悟は決まった。
さぁここからが命を賭けた狂騒祭だ。