闇の中に
夜の校舎はかなり不気味で、人はおろか、生物の気配すら感じなかった。
中庭の芝を蹴る靴の音だけがザッザッと周囲に響き渡る。
もうだいぶ夜遅いので、テスト制作に追われる教員たちも既に帰宅していた。
俺は周囲に誰もいないか細心の注意を払いながら、真っ先に研究室を目指していた。
生物の気配すら感じない、と言ったが一応、侵入者以外にも生物はいる。
俺の頼もしい家族が。
ひそりひそりと研究室の前までやって来た。
ここに至るまでには侵入者の気配は全くなく、どこか不自然な所すらも見当たらなかった。
研究室のドアを2度ノックし、音が立たないようにゆっくりとドアを開ける。
するとそこにはお馴染みの黒犬クロと、その頭にとまったスズメのローザ、そして何だか見掛けるのが久々な気がするもう一匹の黒犬、カイが並んでいた。
どうやら侵入者に気づいていたようだ。
『遅かったな、だいぶ待ったぞ』
その声は頭の中に直接響いてくる。
魔導伝達。魔力の波長が合う者同士の間で、魔力によって会話をする魔法だ。
これができるのはこの中ではカイと俺だけ。
クロとローザは魔力の同調ができなかった。
だがカイと魔導伝達による会話を繰り返すうちに、彼らの言いたい事が分かるようになっていた。
もう今となれば恐らくカイとも魔導伝達なしで会話ができるだろう。
「それはすまんな。侵入者が入ってからどのくらい経ってる?」
『おおよそニ刻くらいだ』
二刻。つまり30分くらいか。
「それは・・・妙だな」
実際個人情報が狙いなら30分かかっても脱出できないのは手際が悪すぎる。
そもそも個人情報狙いなら内通者がいけばいいという結論も出ていた。
ならば敵の狙いは個人情報の類ではあるまい。
となると器具? 金? 魔導書?
器具や金の類を盗むために、国立の学院を狙うのはさすがに無理がある。
そんなものが狙いならもっと他に行った方が安全かつスムーズに進められるだろう。
となると魔導書類。もしくは盗難が狙いではないか。
「ちなみに何人だ?」
『恐らく2人、3人程度だ。そこまで大人数の気配や足音ではなかった』
それを聞いてひとまず安心した。
あまりに大人数での侵入者だったなら、戦うだけでなく自分自身の逃走ですら危うい。
最悪侵入者を捕縛出来なくとも、無事に脱出して校長に報告する必要がある。
「奴らが今どこにいるかとかわかるか?」
『正確にはわからん。だがこの周辺ではない』
「バカな。ここは中央校舎だぞ?」
この学院は広大な敷地の中に、中央校舎、三つの別校舎、図書館によって機能的には成っている。
別校舎は補講に使われる空き教室や部室などがあるくらいで、この学院のほとんどの施設や、機能はここ、中央校舎に集結している。
図書館にも本や資料などが大量に蔵納されているが、特に貴重な魔導書などは全て中央校舎の書庫に収められている。
つまり狙われるなら中央校舎のはず、と思っていた。
そのためにここに来るまでかなり警戒しながら進んでいたのだが。
「とりあえず、敵を見つけよう。カイ、クロ、ローザ来てくれ。いざとなったらお前達にも戦ってもらうことになる」
3匹は目で承諾の色を見せると、ゆっくりと俺の後ろをついてくる。
「どうだ?」
『間違いないな。敵は3人だ』
「アォン」
カイがわずかに残った侵入者の臭いを察知する。
クロも同意のようだ。
学院中を歩き回り、侵入者の臭いを探すこと数十分。ようやく手がかりを掴めた。
もう侵入者が侵入してから四刻が経とうとしている。だがまだ大掛かりな動きは全くと言っていいほど見られない。
学院内はいつものような静かな夜を迎えている。
しかし僅かながらに魔力の流れを感じるのだ。
どこからかなどの詳細なことは分からないが、ただ在ることはわかる。それが返って不気味に感じられる。
『あと、一つ分かったことがある』
「なんだよ?」
地面の臭いをスンスン嗅ぎ続けながらカイが言い出した。
『敵は恐らく戦慣れしてる。硝煙の臭いがプンプンするからな』
マジかよ。
じゃあ敵は軍の関係者なのだろうか。
この国のであれば国の内乱は免れない。他国のであっても免れないだろうが。
「軍関係者が3人だったらキツいな」
『今のお前では勝てないかもな』
「だからこそお前らを連れてきてんだ」
『賢明な判断だ』
犬に軽口を叩かれる飼い主。もはや威厳などないに等しい。
その後も足を止めることなく絶えず歩き続け。
『近いな・・・恐らくすぐそこだ』
そう言って先頭を歩いていたカイとクロは足を止めた。
ずっと地面を見ていたその顔をゆっくりとあげる。
「ここは・・・メイシャの鐘じゃないか・・・」
上げた視線の先には、一対の塔。
そしてその間に吊られる、我が学院の誇る巨大な鐘があった。