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愚痴は踊る、されど誰も進まず

「だぁかぁらぁー、アンタのクラスは皆いい子達でいいわよねって言ってんのよぉー」


「・・・それ自分のクラスの生徒は出来が悪いって言ってんのか?」


「そんなこと言ってないでしょぉ。うちのクラスの子達もいい子達よぉ。でもA組の子達にはまだ追いつけないって言ったのよぉ」


目の前に置いたワインをちびちびと口にしながら、俺はヴィネアの愚痴の捌け口に徹していた。


最初は俺の愚痴を彼女が聞くはずだったのが、行きつけのバーに入るなり、「とりあえず生ビアーで!」と勢いよく注文したヴィネアは、その1杯で出来上がってしまったため立場は逆転。


彼女は限界値はかなり高いのだが、酩酊するまでは最速なのだ。


正直一緒に飲む人が一番面倒くさくなるタイプである。


ここまでの一連の流れはいつも通りである。


なんならこの後、彼女を自宅まで輸送してやる俺の姿まで見える。


「今回の期末テストもどうせワンツースリーフィニッシュ持っていくんでしょぉ」


彼女は不貞腐れて、カウンターに寝そべってしまう。


うちの学年は全12クラスあるが、テストではアリスが首位を独占している。そして2位3位も大体が2-Aから輩出される。過去では1位から12位までを独占したこともあった。


そうか・・・来週から期末テストか。


学院ではテストを作るのはその科目専門の教授達であり、クラス担任などを持つ俺達は関わりもしない。


なので個人の仕事はかなり抑えられている。今日こうして飲みにこれているのもそのおかげと言える。


「別に実力分けされたわけでもないのに、なんでA組ばっかりできるのよぉ。不公平ぃー」


「努力の差だろ」


「うちの子たちだってちゃんと勉強してるわよぉ!」


「じゃあ教える教員の差だ」


「むきいいいぃぃぃ!」


昔から人に何かを教えることには定評があった俺だ。


それに生徒の熱意には全力で答えるというのが教師としての俺のモットーだ。ちゃんと研究の合間に生徒達に負けじと勉強している。


「それにアリスさんがクラスに馴染み始めたから余計に差がついちゃうじゃないぃ!」


「じゃあお前がB組のアリスになればいい」


「無理に決まってるでしょぉ!」


無理っておま・・・、相手は一応生徒だぞ。


教えることに関して教師が生徒に負けを認めてどうする・・・


「何か秘訣みたいなのないのぉ?」


「勉強に秘訣なんて、一番求めちゃいけないものだと思うんだが・・・」


勉強に近道や王道なんて無い、コツコツ積み重ねるものだ、というのが恩師の口癖だっただろうが。


だが・・・秘訣ではないが、1つあるとすれば・・・


「まぁクラスの仲の良さ・・・かな」


「なによぉ、ありきたりな解答ねぇ」


「まぁ、ありきたりではある。でもありきたりなことの積み重ねは結果を大きく変える」


あのクラスを担任していればそれはよく分かる。


「入った頃は皆が自分の立ち位置を探してふらついて、居住がついたら次はグループ内での居場所を求めて、最終的に今、一つになった。アリスも含めてだ」


「うちの子たちだって仲はいいわよぉ」


自分のクラスを擁護するように2-Bの担任が反論してくるが━━


「いいや、違う。うちのクラスの絆はそんなもんじゃない」


俺はそれに否を突きつけた。


「これはある日のことなんだが、教室に入ったら男子と女子が全面的に喧嘩してたんだよ。んで理由を聞いたらやれ、男臭いだの、香水臭いだのってな」


酔っているヴィネアは唇を尖らせながら俺の話に耳を傾ける。


「おかしいだろ? そんなのどっちもどっちだし、そもそもどうでもいい。ただやつらバカだからそんなことで本気で本音をぶつけられるんだ」


人間、普通なら誰かに悪印象を与えるのが怖くて無意識に本音を隠してしまう。


それが返って距離を作ることもある。


本気で本音を言う。それは人間なら誰しもできることだ。でも簡単じゃない。


喧嘩するほど仲がいい、という言葉があるが、あれはきっと、喧嘩するほどに本音を言い合えるからこそ仲がいい、ということなのだ。


「おかしいことには『おかしい』と異を唱える、わからないことは『わからない』と声を上げる。そんな当たり前のことをあいつらは何の恥じらいもなくできるんだよ」


異を唱えるのは決して悪いことなんかじゃない。


知らないことは決して恥ずべきことなんかじゃない。


「誰しもが持っている一銭にもなりやしないプライドを簡単に捨てているからこそ、あいつらは強い。それが秘訣だな」


これは持論に過ぎないが、何かを成し遂げられるのは真面目に努力した人じゃない。


きっとそれを成し遂げたいと思う気持ちが強かった人だ。


「結果を出してる人から言われたら何も言えないわねぇ」


ヴィネアもそう言って、今まで持ち続けていたグラスを置いた。


「結局は、人と人の繋がり、ってわけね・・・」


「そういうこった」


何気ない相槌だったのだが、彼女の眉間に皺がよる。


「そういうことって・・・アンタが言える事じゃないでしょうが」


酔っているから、ではなく本気で怒っているらしい。


「ねぇメヴィ? アンタが人を寄せ付けたくないのはわかってる。別に万人を受け入れろとか、仲良くしろとかなんて言わない。けどね━━





あなたに好意を持って接してくれる人は、蔑ろにしちゃダメだよ」





その言葉は心に染みた。


誰のことを言われているのかなどわからない。


人間、もしもの話をしてしまえばキリがない。


取り返しがつかないことに思いを馳せたところで無駄なのだ。


ただそれでも、今までの自分と、今ここにいる自分を交互に眺めて、考えずにはいられなかった。


それに結論を出して、これから俺が取るべき行動は何なのか。


そのままお互いに無言でグラスの酒を飲み続け、時は過ぎた。


思考に没頭する時間と、無言の空間に、グラスの中の氷が接触しカランと立てる音。


それら全てがどこか心地よかった


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