失われし栄光
結局、その日はアリスのためにあった、とも言えるような1日になった。
3限の魔導実習ではアリスから何かを掴んだのか、クラスの大半が昇格を遂げた。
この国一番とはいえ、生徒にあそこまでやられると教師としての面子が・・・・・・
ちなみにその後、「これは先生いらないんじゃね?笑」と言ってきたマックスとギールは両足を氷でくっつけてキョンシーにしてやった。
体罰? いえいえ、大人をからかわないという常識の指導です。
ともかく彼女はしっかり俺の言いつけを守って、その日は終始一貫目立ち続けた。
その中でも節度という物を理解し、ここぞというタイミングを見計らい、上手く人の注目を集めた。
正直今日の出来は、俺の期待以上だ。
今日1日で彼女はばっちりクラスの中心人物に躍り出た。
元々うちのクラスの中心人物は遅刻のマックスを初めとした、目立ちたがりの男子連中だ。
彼らは元々人の陰口を言うより、直接口にして、拳で決着をつけるという派の何も考えてない脳筋型なので、突如頭角を現した彼女も受け入れた。
彼らが真っ先にアリスを受け入れてくれたのはとても大きかった。
まったく・・・いいクラスだな。
職員室の机の上に飾ってあるクラスの集合写真を眺めてふと思った。
担任である俺を真ん中に位置し、周りに生徒が並ぶという構図だ。
その端の方、ギリギリ枠に収まる場所に笑うでもなく、怒るでもなく、ただ無表情に構える少女。
恐らく次の集合写真、彼女はクラスの中心で、その笑顔を輝かせ写真に残ることだろう。
もはや俺の手助けは不要だ。
最初から彼女は俺の手を借りる必要などないくらいの能力を有していたのだ。ただその使い方が分かっていなかっただけ。
事実、やってみればたった2日で彼女は自分の環境を一転させてしまった。
「ふぅ・・・・・・」
ふと息が漏れた。
それは一仕事終えたことに対する安堵感か、それとも心のどこかから湧き出す名残惜しさか。
「アリスさん、上手くやったみたいね」
横の席で仕事をしていたヴィネアが声をかけてくる。
「さっき2-Aの前を通ったけど、彼女他の女の子たちに勉強を教えてたわ。彼女のあんな表情初めて見た」
「まぁあいつならあんなことは朝飯前だろ。なんてったってNo1スペックだしな」
対する俺は魔法でペンを二本同時操作し、比較的書くことが単調なテストの採点、右手では自らペンを持ちクラス記録簿を書き込んでいる。
「なんだか・・・少し悲しそうだね?」
「おいおい、生徒の学校生活が豊かになったことに何を悲しむ要素が━━」
カツーン。
「・・・・・・」
精神のゆらぎはすなわち魔法のゆらぎ。
魔法で操作していたペンの1本が床に自由落下していった。
「あはは、魔法は正直だねぇー」
ヴィネアがにやつきながら言う。
「・・・うるせぇ」
本音を掴まれてしまい、ただ悪態をつくことしか出来ない。
「ホントは・・・自分だけを見てくれて、自分を必要としてくれて嬉しかったんでしょ?」
ヴィネアはそう問うてくるが、その顔は恐らく既に確信を得ている。
今までずっと自分についてくる人を遠ざける態度をとってきた。
ただそれでも他人から必要とされて、それを厄介だと心から思える人間ではない。
どうしても自分だけは騙しきれない。それでも見て見ぬふりをしてその態度を一貫してきた。
なぜなら━━
俺はもう誰にも関わってはならない道に、一歩進んでしまっているから。
横では、今日の仕事を終えたのかヴィネアがペンを置き、「うーんっ」と伸びをしていた。
「まっ、積もる話はいつものように飲みながら聞きましょうか!」
勢いよく立ち上がった彼女はそう言ってこちらを観てくる。
彼女は何も知らない。
俺が何を思い、人を避けるのかを。
いずれは知ることになるだろうか。いや知らない方がいい。
とりあえず、何事もないこのひたすら平和で、呑気な日常が永遠であればいいと思えた。