人気者は1日にしてなる
「ゼェゼェ、今から、授業を、始める・・・」
ヴィネアを追っていた時とは打って変わって、本気の全力疾走で教室に駆け込んだ。
さすがに息を切らし、教壇に倒れ伏す。
「おはよーっす。せんせー」
「やあおはよう、マックス。先生より遅く来たお前は遅刻だ、後で職員室」
「遅刻したけど、理由がなんか理不尽だ!」
クラスのムードメーカー的存在であるマックスが馴れ馴れしい挨拶をしながら、教室に入って来る。
今日は俺自身も半ば遅刻したのだが、そんなことは露ほども知らない彼は、「ちぇ・・・」と言いながら席に向かう。
遅刻、欠席が少ないことが自慢のうちのクラスなので、彼が最後の1人だったようだ。空席はなくなった。
教壇からまっすぐ前を見ると、ちゃんとした服装に着替えたアリスと目が合った。
その顔をニヤリと笑って見つめ返す。
━━━━━━
「この魔導式には魔導出力を向上させると同時にある付与効果があるんだ。何かわかるかアリス?」
「はい。その魔導式には魔力に圧力をかける効果があります。例えば火球にこれをかけることで、出力は上げつつ、圧力によって見た目はさして変化のないように見せることができます。また上手く使うには技術が必要となりますが・・・防壁魔法に使用すると狭い範囲に高強度の防壁を展開できます。他にも━━」
「あー、もうそのへんで・・・だが理解はどうやら完璧に近いようだな」
質問に対して遺憾無く自分の知識を発揮しようとするアリスの言葉を打ち切る。
我に返ったアリスは赤面して着席し、「やってしまった・・・」とでも言わんばかりに頭を抱える。
普通の授業ではそこまで難しくない問題を取り扱っているので彼女も目立たないように完璧ではなく、誰にでもできる適切な回答をしていた。
だが今回のこれ、実は学校で習うものではない問題だった。
通常、この魔導式は戦場に出ている者なら誰でも知っている常套手段なのだが、戦場とは普通なら縁のない学生が知るはずもない高難易度の質問だったのだ。
自分の専門分野の題がでれば張り切ってしまうのは、誰でもよくあることだろう。彼女も例外ではなかった。
しかし他の生徒はまったく見当もつかなかった問題に完璧な回答を示した彼女に、教室のところどころから感嘆の声が上がっている。
よし。と心の中で唱えた。
━━━━━━
「さて今日は、実施度テストを行おうと思う」
俺がそう言うと、生徒の何人かからは悲嘆の声が上がる。
3限目は戦闘実習訓練である。
魔法もひたすら机に向かっているだけでは使えるようにならない。
机に向かってインプットしたことを、実践でアウトプットすることで身になっていく。
というわけで各々が遠く離れた的に、魔法を命中させる訓練や、防壁が張られた訓練用のゴーレムに魔法を打ち、威力の向上を図る訓練などを行っている。
実施度テストは時々行い、生徒の現状での実力を測り、的のサイズやゴーレムの防壁強度などの適切さを教員が見て測る。
これに次の授業から使用する魔道具の質が関わってくるので、どの生徒もテストの時期を予想して必死に努力してくる。
中には予告式にしてテストを行う先生もいるが、うちのクラスは抜き打ち式だ。
うちのクラス的にはそっちの方が真面目に努力するからである。
これに合わせて来れた者、全く予期していなかった者は混在している。まぁ予期してなくてもレベルが上がってる奴は少なくないのだが。
要は日頃から魔法を使っているもの程、自然とレベルは上がっていくのである。それはつまり━━
ズドォォォォン!
ものすごい轟音と共に、学院に用意されたものの中では最高硬度の防壁をもつゴーレムが、その頭部を粉々にされ、崩れ落ちる。
一気に崩れ落とした者に視線が集まる。
その対象とは、もちろんアリスだ。
持ち合わせの才能に加え、日頃から戦場に出て、魔法を連発している彼女にとって、国が用意できる訓練用のゴーレムなど取るに足らない。
「「す、すっげぇぇぇぇぇ!!!」」
そう声を張り上げたのはうちのクラスの、比較的元気な男子連中。
マックスを先頭に彼女に駆け寄り、取り囲む。
それを見た他の男子や女子達もぞろぞろと彼女を取り囲む輪に加わっていく。
それを見て、ついつい顔が綻んでしまう。
2限が終わった後の昼休み、俺は教室に残っていた彼女に、
「今日1日、ひたすら周りの注目を集めろ」
と言った。
それは彼女が今まで1番避けていたことではある。
もちろん渋い顔をされた。
しかし結果は思わぬ方向に転ぶかもしれない、騙されたつもりでやれ、と助言したのだ。
「だから言っただろ」
ただそれを遠くから見つめ、届きもしない呟きを漏らす。
クラスメートに囲まれた、アリスの姿はもう見えない。