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2018.03.18 更新:1/1


お待たせしてしまってすみません。続きになりますが、よろしくお願いします。

一話分が少し長めになっています。

 私とグレンがギルドへ戻った後、大変な騒ぎとなった。

 無理もない。出掛ける時は綺麗に整えられていたのに、帰ってきたら土埃で汚れていたのだから。

 大勢の女性たちが仰天する中、とりわけセリーナとダーナの反応は大きかった。ダーナは中庭の樹木から風の速さで飛んでくるや悲鳴を上げ、セリーナは分厚い本を取り落とすとカウンターの前に居た冒険者を薙ぎ倒し駆け寄ってきた。


 怪我をしたのかと心配し大騒ぎしたが、汚れているだけだと判明すると落ち着きを取り戻した――のはいいが、それで終わるはずもなく。

 怒りの矛先は、グレンへ向かった。

 彼は椅子ではなく地面に直接座らされ、女性たちのきついお叱りを一身に受けてしまった。


 彼女たちはけして大きな声を出していない。出していないが……ギルド内を支配するような、その凍えた空気。美しい赤い髪と羽根を膨らませ憤怒の微笑みを浮かべたお母様と、同じくらいに恐ろしかった……。

 魔物の私でさえそう思ったのだから、グレンも恐ろしかったに違いない。実際、彼のごつごつした顔は青ざめ強張っていた。

 しかし、彼は反論しなかった。はい、はい、と小さく頷き、ただひたすらに粛々と受け止めていた。


 ――かくして、私の初めての外出は、人間たちにとっても想像を外れた最悪の出来事として、締め括られたのだった。



◆◇◆



 その日の夜は、なかなか眠りに付けなかった。遅くまで明かりを灯し、人間たちの声を途絶えさせなかった賑やかなギルドが、暗闇に包まれしんと静まっても……私は樹木の枝の上で身動ぎばかりを繰り返した。


「……リアちゃん、眠れない?」


 視界の片隅に、蛍火のように淡く儚い、薄緑色の光がふわりと浮かび上がる。

 その中心で、ダーナが穏やかに微笑んでいた。

 波を刻む豊かな茶色の髪と、緑色の衣装を夜風に揺らし、美しい緑の精霊は私の傍らへゆっくりとやって来る。


「今日は大変な事があったものね」


 私が町へ出た時に何があったか、グレンから聞いたのだろう。ダーナのたおやかな美貌に、気遣わしげな影が下りる。


 町という人間の住処を初めて見て、歩いた私には、確かに大変な事ではあった。

 グレンの側を離れ、魔物を倒すための装備を取り扱う店や、魔物を加工しあるいはその素材を交換する店が並ぶ通りへ迷い込んでしまい。さらには、魔物のハーピーであるがゆえに、他の冒険者たちに捕まりそうになってしまったのだ。

 私の首に取り付けたチョーカーという道具が活躍したおかげで、無事にグレンと再会できて、大事には至らなかったが……本当に間一髪であった。


 でも、ちょっと怖かったけど、もうそれは平気なの。本当だよ。


 不安そうに見つめるダーナへ首を振り、ルウルウと鳴いた。伝わったかどうか定かでないが、彼女は柔らかく瞳を細め、唇に微笑みを乗せた。

 するとダーナはおもむろに身を乗り出すと、枝の上で寝そべる私の隣に横たわる。優しい匂いと温もりが、私の小さな身体に寄り添った。


「……眠れないなら、寝物語に何かお話しましょうか」

「ルウ……?」

「じゃあ……そうね、精霊(わたし)が、此処に居るようになったきっかけでも、お話しようかしら」


 そして、優しい声のまま、彼女は語り始める。

 緑を司る精霊の中でも高位にある彼女が、人間に手を貸し、人間と近しい場所で過ごすようになった、その経緯を――。




 慈愛と豊穣を司る、緑の精霊。その中でも、とりわけ強い力を持った高位の精霊であるダーナ。

 彼女が暮らしている本来の土地は、たくさんの人間が暮らしているこの町の南に広がっているという、豊かな森林らしい。

 彼女はそこで、獣も魔物も問わずにたくさんの動植物を見守り、豊かな恵みと生命を育み、そしてそれを守って過ごしてきた。いわゆる、森の守護者という立場だったという。

 ……しかし、穏やかな気候の平原地帯であったこの一帯は、昔から他所の土地から流れ着く魔物が多かった。周辺を荒らし、生態系を崩す危険な魔物たちが現れるのも、珍しくなかったとか。

 その上、精霊の力の及ばない森林が他にあり、その場所からは“害獣”が大量に発生する事も間々あったそうだ。


 この世界には、魔力と呼ばれる力が存在している。人間だけでなく、魔物や野山の生き物、植物など、多くのものがその力の恩恵を受けている。だが、良い事ばかりの便利な力ではない。

 自然界を巡る魔力は、時に流れる事なくその場に留まり、そして溜まったものは汚泥のように汚れ、変質し――猛毒となって周辺を冒す。

 やがては、人も魔物も関係なく無差別に飲み込み、精神を狂わせ、最悪の場合――毒の魔力だけで作られた黒い“害獣”を大量に産み落とす。

 産み落とし、続けるのである。掃き溜めの魔力が尽きるまで、あるいは、人為的に浄化されるまで。


 そんな害獣たちに蹂躙されるのは、人間たちの住処だけでない。

 ダーナが守護する恵み豊かな森林も、例外ではなかった。


 自然界の大いなる力が形となった精霊にとっても、命を貪る害獣は忌避すべき存在。彼女にそれを退けるだけ力はあったのだが、戦いが起きるたび何らかの傷を守るべきものたちに残してしまうのも事実。生命を育む性質の強いダーナにとって、それは耐えがたい悲しみであった。

 ゆえに、彼女は、周辺に住む人間たちと、ある約束を交わしたという。

 私の力が及ぶ森をけして侵さず、あらゆる戦禍をもたらすな。それを必ず守ってくれるのなら、人間たちに私の力と、この森の恵みを分け与えよう、と――。




 そして森の守護者であったダーナは、以来、人と関わるようになったのだという。

 それから何十年と歳月を経た今では、冒険者たちの活動拠点であるギルドの中庭に、彼女の力を注いで育てられた樹木を置き、森と人里を行き来しながら見守る生活を送っているそうだ。


「――とは言え、良い事ばかりじゃないわね。私の力を悪いことに利用しようとする人間も居たし、私の森を守ると約束した人間に森を奪われそうになった事もある。数えればきっと……きりがないわ」

「ルウ……」

「――でも」


 険しかった彼女の面持ちに、微笑みが広がった。


「それを防いでくれたのも、謝ってくれたのも、やはり同じ人間だった。本当に、昔から変な生き物だったわ。今でもつくづく思う。長く生きていても、こればかりは変わらないし、未だに人間の事がよく分からない」


 だから私は、人間に力を貸し、人間たちの傍らに居て、その生活を見ているのかもしれないわね。

 ダーナはそう告げると、不意に私の瞳を見つめた。


「……でもこれは、私が思う事なの。私が見て、考えた結果、そうなった。それをね、リアちゃんに押しつけるつもりはないわ」

「ルウ?」

「だって、リアちゃんは、今は真っ白な状態だから」


 真っ白な状態? どういう意味なのだろうか。


「きっとリアちゃんは、今はたくさんの事が分からなくて、怖いと思うの。でも逆に言えば、リアちゃんはたくさんの事を、自由に考えて、決められるんだわ」


 たくさんの事を、自由に決められる――。

 そんな風に考えた事は、少しもなかった。思わず驚いてしまったけれど、ダーナの柔らかい声は、不思議と心の中に溶けていった。


「人間をどう思うのかは、貴女の自由。好きになろうと、嫌いになろうと、それは誰かが指図するものではないし、押しつけるものではない。色んなものを見て、聞いて、考えて、それから決めても良いの。貴女の意思で」


 ダーナの手が、私の頭を撫でる。大人になれない象徴ともいえる灰色の髪を、慈しむようにゆっくりと指で梳いた。


「可愛い可愛い、灰色のハーピー。契約に縛られていない、純然とした魔物である貴女が此処へやって来たのは、きっと、理由がある――」


 歌うようなダーナの声は、何処までも優しくて。いつの間にか、瞼は下りていた。



 ……そっか。怖いと思うのは、訳が分からないのは、私がなんにも知らないからだ。

 なら、たくさん知れば、怖くなくなるかもしれない。人間たち――グレンたちの事も、もっと分かるかもしれない。

 学ぶのは嫌いじゃない。お母様が生活の知恵を授けてくれる時も、人間の言葉をたくさん教えてくれる時も、私は一番筋がいいって褒められた。

 だから、きっと大丈夫。私は、お母様の……女王の二番目の娘だもの。



 ――そう考えた時、私はふと、思い出した。


 そういえばお母様は、いずれ役に立つと言って、人間の言葉だけでなく彼らの暮らしや文化を教えてくれた。

 人間たちは恐れるべき存在であると言ってはいたが……どうして、あんなに詳しかったのだろう。

 お母様にも、人間を知るようになるきっかけが、あったのだろうか。



 ――私たちの見目は、人間の雄に好かれるようだからな



 いつだったかに見せた、とびきり甘く、美しい微笑み。私たち四羽の雛を授かる時、お母様が精を貰った“相手”と、何かあったのだろうか……――。



◆◇◆



 夜を迎え、ますます賑わう酒場には、絶えず笑い声が響いた。

 カウンター席に腰掛けたグレンもその熱気と喧噪を感じていたが、それに飲まれる事はなく、切り取られたように一人静かに過ごしていた。

 ああいう風に騒げたら気が紛れるだろうかと思ってはみたが、空元気を張る気力もなく、飲みかけの酒と料理をぼんやりと口へ運ぶ。


 その時、グレンの隣席に、人影が近付く。酒場の客だろうと、なんとなしに視線をやった。


「……セリーナ?」


 どの席に座ろうかと思案しているその人物の名を、思わず口にする。


「……え? あ、グレンさん?」


 セリーナの凜々しい面持ちに、微かな驚きが広がった。丸く見開かれた彼女の青い瞳を、グレンは笑いながら見上げる。


「意外なところで会ったな。ギルドの仕事、今終わったのか」

「え、ええ。何か食べてから帰ろうかと」

「そうか。あ、隣、座れよ。誰も居ないから」


 セリーナは頷くと、カウンター席に腰を下ろした。

 ギルドではなく、こういう場所で彼女と会うのは初めての事だ。制服ではなく私服を着ているし、新しいものを発見したような気分になる。


「ここの店、酒だけじゃなくて料理も美味いよな。俺なんかいつも世話になってら。ほい、メニュー表」

「あ、はい……ありがとうございます」


 セリーナはぎこちなく受け取り、店員へ注文すると、それっきり黙り込んでしまった。それを尋ねても良いのか図りかね、グレンも口を噤む。


「……あ、あの、グレンさん」


 セリーナは唐突に居住まいを正すと、グレンに向き直った。


「お、おう、なんだ」

「昼間はその……すみませんでした。い、言い過ぎてしまって」


 段々と下がってゆくセリーナの頭を、グレンは瞠目し見つめる。

 真面目だと常々思っていたが……本当に、真面目だ。むしろ生真面目だ。

 グレンは吹き出すように笑うと、顔を上げるよう彼女へ伝える。


「あれは良いって。自分のせいだし、本当の事なんだからな」


 せっかくのハーピーの外出が台無しになってしまった責任は、誰がどう考えても、目を離したグレンにある。女性陣から総出で説教を食らったのは、仕方の無い事だ。


 まあ……あの中で一番怖かったのは、セリーナだけどな。


 もともと彼女は、涼やかな凜とした面持ちをし、瞳も少しつり上がった形をしている。そこに静かな怒りを湛えれば普段以上の迫力が増すのだと、グレンは身をもって学んだ。

 ……なんて、そんな事を言えば恐らく凄まじい表情の彼女から睨まれるので、グレンは胸の奥にしまい込む。


「それにしても、セリーナは硬いな。仕事も終わったんだしさ、もっと楽にすればいい。せっかくの酒場で、冒険者とギルド職員なんてのはなしだぞ」

「……そうですね。グレンさんはいつも柔軟ですし、そこは見習わないと」


 セリーナは青い瞳を和らげ、うっすらと微笑む。ようやく彼女の雰囲気も緩み、グレンは笑みを返す。


「まあ、柔らかすぎて、今日はまじで失敗したけどなー……」

「……ですが、グレンさんだけでなく、私も思い出せば良かったんです。グレンさんだけのせいではないですよ。私も、その、浮かれていたんです」


 セリーナはフォローを入れてくれたが、グレンは小さく首を振る。こればかりは、自分の責任だ。多少の失敗は喉元を過ぎればわりと平気なのだが、今回ばかりは本気で落ち込む。



 傷を負い、飛ぶ事もままならなくなった、灰色のハーピーの雛。

 頭部と上半身は人間、両腕と下半身、小さな尾羽は鳥の、灰色に包まれた幼い少女。

 翼の具合も良くなりつつある彼女を、暇つぶしにでもと町中へ案内した。色んなものを珍しそうに眺め、あっちへふらふら、こっちへふらふら、制御不能の幼児そのもので見ていてとても微笑ましかった。

 少しでも、人間の事や、町の事に、興味を持ってくれたら。

 そう思っていたが……まさか、あんな事態になるとは。


 ――リア、怖かっただろうな。


 魔物の素材市場と、武器や防具を扱う店が並ぶ通りは、同じ魔物である彼女にとって、計り知れない衝撃であったに違いない。

 そもそも、初めて町に連れて来た時、リアは酷く怯えていた。

 ようやく人間たちの暮らしにも慣れようとしていたのに、その矢先に解体された魔物と、魔物を殺す事に特化された装備が並ぶ光景を見てしまったのだ。

 人間だって、肉屋の裏側にある解体現場を実際に見れば、気分を悪くしてしまう人も居るだろう。いくらそういう作業があると分かっていても、だ。

 雛であるリアには、さぞや恐ろしかった事だろう。


 おまけに、彼女を連れ去ろうとする、ろくでもない同業者にまで遭遇するとは。


 その際に彼女は酷く暴れたようで、治りかけていた翼は逆戻りした。女性陣だけでなく、魔物の治療師の先生にまで怒られた。


「最悪だぁー……俺の馬鹿野郎!」


 グレンは料理の盛られた皿を掴み、がつがつとかき込む。

 それを横目に見ていたセリーナが、ふと、静かな声で告げた。


「……私は、グレンさんが、すごいと思いますよ」

「むぐ?」

「そんな風に、契約で縛られない魔物に、世話を焼ける貴方が」


 冒険者ギルドの職員となった以上、各地から寄せられる魔物による被害と討伐依頼の話を、頻繁に耳にする。何処か一ヶ所に傾倒してはならない。冷静に、中立の立場で居なければならない。そう思ってはみても……。


 ――あの魔物が、人間を喰らった。

 ――あの魔物が、村を一つ滅ぼした。

 ――果ては、国を丸々一つ、滅ぼした。


 そんな事を見聞きしたのは、一度や二度ではない。何度も、何度も、聞いてきたのだ。

 共生関係を築く温厚な魔物も存在しているが、多くは争う間柄。魔物は、人間などとは比べものにならないくらいに強靱で恐ろしい生き物なのだと、思わずにいられないのだ。


「……魔物と人間がわかり合えるなんて、夢物語。私はいつからか、そんな風に思っていました」


 でなければ、そもそも、主従関係を結ぶ“人と魔物の契約”なんて存在していないだろう。

 縛らなければならない(・・・・・・・・・・)から、そんな技術が生まれたのだ。


 だから、傷だらけの灰色のハーピーが連れられてきた時、セリーナは“人を襲いその肉を喰らう獰猛なハーピー”としてしか見れず、冷たく突っぱねた。そうしなければ、危なかったのはこちらなのだ。


 しかし、ハーピーは、リアは、人間であるセリーナへ屈託無く笑った。

 魔物と戦う冒険者と親しく、魔物の身体に値段をつける、ギルド職員であるセリーナへ。


「……ギルド職員になって、三年ほど。それなりに知識や経験を積み重ねてきたと思っていたのですが、全然、思い上がりでした」


 セリーナはそう締め括ると、口元を緩める。そして自らの胸に手のひらを押し当てると「こんな風に他人へ言ったのは初めてです」と、何処か晴れ晴れとした声音で告げた。


「俺も、初めて聞いた。お前、いつも真面目だし、ツンツンしてるし」

「あら、失礼ですね。そんな風に見ていたんですか?」

「あ、いや」

「……冗談ですよ」


 セリーナはクスクスと笑いながら、コップを手に取り、一口含む。


「……前から一つだけ、聞きたい事があったんです。グレンさんは、どうしてリアさんを助けたんですか?」


 どうして今も、必死に助けようとするんですか?

 セリーナの青い瞳が、静かに、グレンを見つめる。彼女の問いかけに、グレンは自らの頬を指で掻きながら、曖昧に笑った。


「明確な理由とか、立派な動機とか、あるわけじゃないんだ。ただ、自分が見捨てるのが嫌で、助けただけなんだ。本当、それぐらいで」

「孤児院の子どもたちを思い出すから、ですか?」

「それもあるだろうな。自分も、孤児院育ちだし」


 行き場を無くした子の一人として幼少期を過ごし、そして同じような境遇の子と出会ってきた。兄のような気分でよく面倒を見ていたから、冒険者としてはあるまじき世話焼きの心を捨て去れないのだろう。


 ――しかし。


「でも……そりゃ言っちまえば、俺の利己心だ。放っておけないから助けたなんて、本当はリアには……魔物には、ありがた迷惑な話なのかもしれないな」


 人間と魔物は、あまりにも違う。暮らす環境も、生態も、その身体に培われたものも、全て。

 魔物は、強靱な存在だ。持って生まれたその力は、人間など敵うはずがない。どうにかしようなんていうのは、思い上がりだ。


 野生動物たちと、可愛いからという理由で必要以上に接触し、あるいは可哀想だからと悪戯に餌をやり、彼らがその後どのような末路(・・)を追うのか知ろうとしない身勝手な人間たちと、結局は同類なのかもしれない。


 グレンがそう呟くと、セリーナは笑みを浮かべ。


「……グレンさんは、優しいですね。きっとそんなに優しいから、中級のままなのでしょう。上を目指せばいくらでも上がる、実力をお持ちなのに」

「俺はこの立場がいいんだよ」

「ですが、そういうグレンさんだったから、リアさんも懐いているのかもしれませんね」


 グレンは目を丸くし、セリーナへ向いた。何を言われたのか理解出来ないといった表情をしていたからだろう、セリーナも不思議そうに表情を変える。


「……え、まさかグレンさん、気付いていないんですか?」

「だって俺、懐かれてないだろ? 頭突きは食らうし、よく顔に足がめり込むし」

「それはグレンさんの扱い方が雑なだけですよ。相手は女の子なのに」


 辛辣な返しが、グレンの胸に容赦なく突き刺さる。


「そこではなくて、リアさんがあんな風に感情を剥き出すのは、今のところ貴方だけじゃないですか。今日なんて、怖い思いをしたのに、貴方の側を離れようとしなかった。そういう事は、少なくとも、信頼していない人にはしないと思いますよ」


 ――驚きで、しばし言葉を無くした。

 懐かれていないとずっと思い、それが改善される事はないだろうと踏んでいたグレンにとって、それはあまりにも衝撃的だった。


 そういえば日中、ギルドへ戻るまでの道中、リアはすんすんと鼻を鳴らし泣いていたが……俺の腕を翼で包み、横にぴたりと着いていたような。


 あの時は泣き止ます事に気を取られていたから気付かなかったが、思い返せばリアがあんな風に触れてくる事はこれまで無かった。完全に嫌われただろうと絶望していたが……もし、そうなのだとしたら。


 グレンは緩みそうになる口元へ力を入れ、ぎゅっと引き締める。嬉しい事ではあるが、今はそれを気にする場合ではない。


「リアさんの翼が治る事を優先して、考えましょう。リアさんのために、何が出来るのか」

「……ああ、そうだな」


 上っ面の手助けなどではなく、本当に、リアのためになる事。


 ――人間の俺に出来る事は、なんだろう。


 人と魔物の“契約”に縛られず、何にも染まらない、魔物の雛。

 鳴き声としか聞き取れない彼女の言葉は、本当は、何を訴えているのだろう。


 ――本当は、俺に、何を。


 グレンはその夜、ずっと考えた。冒険者でありながら、何度も剣を振るって戦ってきた魔物の事を、深く、深く――。



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