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2017.12.30 更新:1/3

 空っぽだったお腹が膨れ、久しぶりに満ち足りた気分を味わった。

 しかしそれも続かず、少し眠って目覚めた後、仰天する羽目になった。


 ――いつの間にか、私のこれからが、勝手に決まっていた。


「まだ当分は翼が使えないだろうから、治るまではしばらくここで過ごしな。大丈夫だ、俺と他の冒険者たちが、治るまで見てやるから」


 ここ、というのは“ギルド”と呼ばれているこの場所を示しているのだろう。

 たくさんの人間と、それに従う魔物たちが、大勢出入りするこの場所に!

 別に頼んでなんてないと訴えたが、私の口から出るのは鳴き声なのでこれっぽっちも伝わらなかった。

 もう一度その顔に足型を付けてやろうかと考えた時、ダーナが私を後ろから抱きかかえ、優しく諭してきた。


「ギルドと言っても、私が普段過ごしている中庭の木の側よ。そこなら私の目が届くし、変にちょっかいをかける人間も来れないわ。身体の傷はすぐに治したけど、翼の方は自然の力で治した方が貴女のためになるから、そうしましょう。ね?」


 たおやかに促す彼女は、お母様を思い出させた。不本意ではあったが、私は渋々と頷いていた。

 ……実際のところ、私の翼には、まともに飛べないほどの痛みと焼けるような熱が纏わり付いている。ただでさえ灰色の雛は狙われやすいのに、飛べない鳥など恰好の獲物だ。こんな状態で自然へ戻っても、あっという間に捕まり食べられてしまう。だからこの状況は、私にとってはきっと悪くない事なのだ。納得しきれない部分が、少々、いやかなりあるが……。


「ギルドも、協力しますから。ハーピーさん……いえ、リアさん」


 一のお姉様によく似た凛々しい雰囲気の、セリーナという人間の雌には好感が持てる。この二人が居るなら、どうにかなると思いたい。


 翼が癒え、再び空を飛べるようになるまで――それまで、少しだけここで過ごそう。

 この場所を離れる事を願って、私は現状を受け入れる事にした。



 ――だが、気になる事が一つある。

 彼らは私を見ながら、口々に“リア”と言った。


 どうやら私の呼び名であるらしいが、そういうものは仲間同士で付け合い、呼ぶものではないのだろうか。灰色の羽根とはいえ、私はハーピーという魔物。そして、群れを統べる女王の娘だ。生まれや姿からして、人間の仲間ではないのに。


「リア、すぐによくなって、飛べるようになるからな」


 私を連れてきた人間の雄――グレンが、たおやかさとは正反対な、ごつごつした仕草で笑う。


 何故、助けようとするのか。

 何か、得でもあるのだろうか。


 伝わらない言葉で何度も問いかけたが、答えが返ってくる事はなかった――。



◆◇◆



 かくして、多くの冒険者が出入りするギルドでの、傷を癒やす生活が始まった。


 当然だが、突然やって来たハーピーの私に、たくさんの人間たちが驚いていた。

 口々に放った言葉の全てをさすがに拾いきれなかったが、猜疑的な瞳を見れば何を言っているかなんておのずと分かるというものである。

 しかし、それらは直接、私にぶつけられる事はなかった。ダーナやセリーナ、それと私を連れて来た人間の雄が代わりに受け止め答えてくれたので、それほどの苦痛にはならなかった。


 初日こそ気が滅入るばかりであったが、日毎にその眼差しは少しずつ減ってゆき、さらに日が経過すると――ギルドに漂っていたよそよそしい妙な空気は、完全に消え去った。


 たった数日で、この順応ぶり。

 どうなるのかと緊張していた私の方が馬鹿に思えてくる。


 人間たちの側に他の魔物の姿がある事から、彼らは様々な種族が入り混じる環境にもとから慣れているのだろう。魔物である私の怪我を治そうとするぐらいなのだから。無神経なほどに平然としているのもどうかと思うが、ずいぶんと、肝が据わった種族らしい。



 ……しかしながら、それで私の生活が平和かと言われれば、そうでもなく。

 未知の世界で目の当たりにする、未知の文化。その洗礼は、容赦なく私を混乱させた。


 人間という種族は、細々としたしきたりをたくさん作っているようで、水浴び一つするのにも面倒な有様だった。

 中庭の片隅に水が溜まった場所があったから、ちょうどいいかと思い、服――人間に着せられたもの――を脱ごうとすると、すごい速さでダーナと人間の雄が飛んで来た。


「リア、早まるな! 噴水で水浴びは止めろ!」

「ギルドの建物から色んなひとが見てるから、それは止めましょうね」

「ルッ?! ルゥルゥルゥー!」


 そんなあ! じゃあ何処で水浴びしたら良いの!

 そう不満を叫んだら、ギルドの中にある“浴場”というところに連れて行かれ、色んな人間の雌――いや女性たちに、温かい水を掛けられた。

 ……もこもこの泡が楽しかったのと、温かい水が気持ちよかったのが、少し悔しい。


 その他にも、用を足す際にも場所と手順を事細かに言われたし、中でも身体を隠すための服というものについては毎日着るよう特に言いつけられた。


「ハーピーのリアさんには分からないかもしれませんが、世間には危険な人種もいるのです。リアさんのような可愛い女の子は注意しないと」

「おいセリーナ、何でそこで俺を見るんだよ。俺はそんな変態な趣味はない」


 危険……何が危険なのだろう……。

 首を捻るしかない私は、されるがまま流され、今日も服というものを着せられている。



 人間特有のしきたりについては、セリーナなどが拳を握り「ちょっとずつ覚えましょう」と意気込んでいたが……正直、私は絶望しか感じない。


(覚えられるのかなあ、これ……)


 故郷の生活とあまりにも違いすぎて、溜め息がこぼれる。

 当分の間、セリーナとダーナから離れられない生活が続くに違いない。




 未知の衝撃を、息つく暇なく与えられるばかりだが――その中でも、楽しい事はあった。


「リア! また色々と用意してみたぞ」


 人間が用意する、見た事のない色と形をした、たくさんの果物。

 これについては、ギルドで過ごすようになって良かったと思っている。


「ほい、ここに座ってな」

「ルッ!」


 人間が示した椅子というものに腰掛け、既に切り分けられている果物へ足を伸ばす。小さいが立派に生えた爪を、果肉にプスッと刺し、口へ運ぶ。瑞々しい甘さが広がり、頬が緩んだ。


 人間の生活は意味不明だが、食べ物がこんなにあるのは、純粋に凄い事だと思う。一体どうやって採ってきているのだろう。


「ルゥウ~ッ」

「美味そうに食うなあ……こいつ。見慣れた果物なのに、特別なやつに思えてきた」

「食べ盛りなのよきっと。リアちゃん、こっちもどーぞ」


 周囲に集まる冒険者たちが、空になった器を退け、果物が盛られた新しい器を寄せてくれる。それに小さく頷きながら、再び足を伸ばし、果物を味わった。


「ふうん……こいつが好きなのは、さっぱりした味のやつっぽいな」

「特に、リィゴの実が好きなようですね。南方の果物のようなこってりとしたものは、あまり好みではないようです」

「一応、食べられるみたいだけどな……ああでも、紛れ込ませた野菜は、見事にスルーだな。野菜も食った方が良いんだぞ、リア」


 器を引き寄せた人間の雄へ、首を振り、足を突っ張る。

 これはいらない。別に欲しくない。


「……生野菜なのが悪いのか。簡単に煮たやつとかなら食うかな」

「グレン、お前、何でそんな必死に野菜を食わせようと……」

「だって栄養が偏ってそうじゃんか。育ち盛りなんだから、もっとこう、身体に良いようにさ」

「魔物相手に何を言ってるんだ!」

「お前はお母さんかよ!」


 いくつもの低い声が、傍らでガヤガヤと騒ぐ。何の話をしているのだろうと顔を向けると、セリーナが凜とした面持ちで「気にしなくていいんですよ」と首を振る。


「騒がしい男性陣は置いて、たくさん食べて下さいね。リアさん」

「ルッ!」


 たくさんの人間と、たくさんの賑やかな声に囲まれ、ご飯の時間はいつもこの調子だ。

 最初は落ち着かなかったのに、慣れ始めている自分が、少し信じられない。良い事なのか、悪い事なのか、定かでないが。



 ……しかし。

 たった一つ。たった一つだけ、どうしても無視できないものが。



「やはり足がとても器用なんだな……この辺りは鳥の性質か」

「大きいものは翼で押さえて食べるか……おっと、絵も記録しておかないとな」

「ふふ……未解明な部分の多いハーピーを、こんなに間近で見ているのは、うちのギルドが初めてだぜ……」

「俺、今度の集会で、自慢してきてやるんだ……くく……」



 ――あれ。

 あれだけはもう、背中がぶるりと震える。



 セリーナと同じくギルドで働いているという人間の中でも、私たち魔物の事を調べ、観察する習性を持つ者たち。

 事あるごとに、ああして遠くから熱心に視線を寄越しては、ガリガリと何かを書き込んでいるのだ。私に対し実害があったわけではないのだが……とてつもなく、不気味である。

 あれだけは、当分の間、慣れる事はないだろう。


(……でも、人間はもしかして、意外と怖くない生き物なのかな)


 あんまりにも妙な姿しか見ないものだから、私は安易にそう思ってしまった。


 あれほど、女王である母から、口酸っぱく教わったというのに――。



◆◇◆



「リア、リア! 起きてるか?」


 慌ただしくやって来た人間の雄は、中庭へ踏み入れるなり騒々しく私を呼んだ。

 せっかく、ダーナの温かい膝に頭を乗せ、陽だまりのもとで気持ちよくまどろんでいたのに。仕方なく起き上がり、伏せた顔を上げた。


「あらあら、騒々しいわよ。グレン」

「あっと、悪い。ようやく出来上がったから、つい」


 人間は小さく謝りつつ、携えていた袋を見せてきた。

 美味しい食べ物?

 ふんふんと鼻を鳴らし袋に顔を近づける私へ、人間は噴き出しながら言った。


「悪いな、リア。食い物じゃないんだ。でも、お前のためになるやつ用意したんだ」

「ルウー……?」


 人間の大きな手が、袋の中から、手のひらに収まるくらいの四角い小箱を取り出す。その蓋を開けると、キラキラした石がはめ込まれた細長い輪っかが現れた。


 薄い桃色の、綺麗な石。

 四の妹を思い出させる、柔らかくて可愛い色。

 その輝きは、私の瞳を奪った。


「グレンさん、それはもしかして魔道具ですか?」


 人間の声を聞きつけたのだろう、セリーナが中庭を覗き込んでいた。

 尋ねられた人間は「そんな感じ」と頷いている。


「契約まではいかないけど、互いの居場所だとか、何か危険があったらすぐに伝わるっていうやつ。リアはチョーカー、俺は腕輪な。名前も彫ってもらったんだ、ほら」


 さすがに人間の使う文字まで習っていないから、自慢げに見せられてもさっぱり分からない。


「ず、ずいぶん、気合が入っていますね。一体どうして」

「ギルドに出入りする奴らには説明してあるけど、全ての人にリア……ハーピーの事を理解してもらえないだろ? だから、パッと見て『契約魔獣かな』と思われるような装備が必要じゃないかってさ。もちろん実際にするつもりはないし、単なるフリだけど、そう見えれば色々と楽だろ」


 途端に、セリーナとダーナが驚いた表情を浮かべた。


「……驚いた。ちゃんと考えているのね」

「私、何にも考えていないとばかり」

「何だよ俺に対するこの扱い!」


 人間は大きく溜め息をつくと、気を取り直し、私へ向き直った。


「嫌かもしれないけど、着けてくれるか? そしたら、他の人間がリアに悪さする事はないから」


 よく分からないが、そうしろというのなら、今回は従ってもいい。私はこくりと頷き、人間を見上げた。


「あ、あれ、意外とすんなり……。いつもなら、蹴られるか頭突きを食らうかされてるのに」

「リアさんも女の子だから、綺麗なアクセサリーが好きなんじゃないですか?」

「そういうもんかね……まあいいや。ほら、リア、着けるから真っ直ぐ座ってもらえるか」


 人間は私の背面へ回ると、桃色の石がついた細長い輪っかを首に沿え、ぱちりと留めた。

 特に重くもなく、邪魔になる雰囲気もないようだ。どんな風になったのかと気にしていると、セリーナが懐から鏡と呼ばれるものを取り出し、映してくれる。

 桃色の石を抱いた蝶々が、灰色に包まれる私の首筋に留まっていた。


「リボンの飾りがついたチョーカーなのね。素敵よ、似合ってるわ」


 チョーカーと呼ばれるものなのか、これは。人間が作ったものを身に着ける日がくるなんて思わなかったが、意外にも悪い気分にはならない。

 四の妹と、同じ色をしているからだろうか。

 灰色のままの私を、他の姉妹たち同様に「二のお姉さま」と呼んで慕ってくれた、可愛い可愛い桃色の妹。


 ――みんな、今頃、どうしてるかな。お母様の事、立派に助けてるかな。


 不意に過ぎった家族の姿に、しんみりとしたものが胸を過ぎった。


「――うん、似合ってる。可愛いぞ」


 そんな事は知らない人間の雄が、頬杖をつきながら目の前で笑う。


 羽根が生え変わる時期が訪れても、灰色のまま、大人の仲間になれなかった私。その上、人間に拾われて、こんなところにいるなんて。みんなが聞いたら、どう思うのだろう。

 嘘をついているように見えない人間たちに囲まれ、余計に私の心は複雑な気分になり、どう振る舞えばいいのか分からなかった。




「……さて、この魔道具があれば、リアが町中に出ても大丈夫かな」


 まちなか? まちなかって、何だろう。

 初めて耳にした言葉に私は首を傾けたが、ダーナとセリーナからは今日一番の驚きの声が上がった。


「グレンさん、まさか、リアさんを町に出す気ですか」

「それは、さすがに危ないんじゃないかしら。穏やかな町だけど、裏路地なんかはやっぱり少し怖いし、リアちゃんからしたら未知の世界よ」

「いや、もちろん、町を自由に散策させるつもりはないって」


 人間は慌てたように首を振り、二人を制した。


「ギルドの近くとか、すぐそこの通りとかさ、ほんの少しだけ。いくら安静って言ったって、ずっとギルドの中じゃこいつも窮屈だろ? 時間潰しにさ、もちろん俺も着いていくし」

「まあ、仰る事も、分かるのですが……」

「不安が拭えないわ……本当に大丈夫なのかしら」

「近場だけだ、約束する。翼も使わせないよう見てる。それに、リアだって、ギルドの中だけじゃ飽きてきただろ」


 人間の視線が、セリーナたちから私へと移動する。


 ううん……まあ、否定はできない。


 翼を痛めて飛べない私の現状としては、ギルドを出入りする人間たちを眺めているしかなく、実際のところそろそろ飽きが訪れていた。

 住処で暮らしていた時も、姉妹や他の仲間たちでよく遊んでいたから、もともとじっとしている性分ではなかったりする。


 人間にも慣れてきたし、警戒する必要のない生き物のように思えるし……。


「ギルドの近くだけ、気分転換に見てみないか」


 尋ねられた時、私は深く考えもせず、能天気に頷いた。



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