おとぎ話の始まり(7)
2019.03.17 更新:1/1
「魔物を縛る“契約”をせずに、か……にわかには信じられないが」
「本当だよ、私、誰かに命令されたりしてない。ちゃんと自由なの。それにね、言葉もたくさん覚えたの。お母様みたいに、たくさんお話出来るようになったんだから!」
こないだ覚えたばかりである暴飲暴食という難しい言葉を披露すれば、お母様たちは感心したように頷く。
ただし後方ではグレンたちが一斉に頭を抱え、セリーナの呆れ果てた眼差しが痛烈に注いでいる。
『すっかり一人前だな、二の妹』
『二の姉様、すごいわ!』
鳶色の一の姉様と、金色の三の妹は、無邪気に褒めそやす。私も悪い気はせず、胸を張ってみせた。ただ、傍らの四の妹は、頬をむくれさせている。
「どうしたの、四の妹。ほっぺた膨らませて」
『だって……二の姉様、私たちの知らない事を、いっぱい話して、楽しそうだから……。人間の中にも、良い人間がいるなんて、私はよく分かんないし……』
拗ねて唇を尖らせる四の妹を、私は翼で抱き込む。
まったく、我が四の妹はたいへん可愛らしい。
彼女はきっと、人間は絶対的な天敵と、かなり強く認識しているのだろう。いきなりその考えを改めろはけっして言えないが……せめてグレンたちが敵ではないと、受け入れてくれたら嬉しい。
「すぐには分からなくても良いの。でも、ここにいる人間は、みんな良いひとだからね」
「……ルウ……」
「リア、そうしてるとお姉さんみたいだな」
グレンの声が間に入った途端、四の妹は彼に向かって牙を剥いた。
……うーん、これは、なかなか大変そうだ。
唸る四の妹と、苦笑するグレンのやり取りを見て、お母様はうっすらと微笑む。
「二の娘が、お前達のもとで無事に暮らしているというのなら……礼を言うべきか」
「いや、俺達が好きにやっているだけなんだ。むしろ、リアにはこっちが助けられてる」
「……リア?」
お母様が、不思議そうに首を傾げる。
ああ、そうだ。魔物の間では、個々を示す名前というものを付けたりはしないのだった。
「あのね、二の娘じゃなくて、今はリアって呼ばれてるの」
「そうそう、こいつを呼ぶ時に決めたんだ。な?」
お母様は、ふうん、と何処か思案するような声を漏らしたが、その唇にはすぐさま微笑みが浮かんだ。
「群れの外でも、元気そうで安心した。話を聞けた事も、な。立派になって私も誇らしいよ、二の娘」
「えへへ」
ふと、お母様は空を仰いだ。青かった空は、いつの間にか夕暮れの色に染まっている。
「日が暮れてきたな。じきに暗くなる。これから、お前達はどうするつもりだ?」
お母様に尋ねられ、グレンたちは顔を見合わせた。
「そうだな……暗くなってから動くのは危険だし、今日はここで一晩野宿するか」
「ああ、そうだな。それが良い」
「そうか。ならば、この場所で過ごす事を、今回に限り許そう」
「か、寛大なお心遣い、感謝します。女王、様」
緊張したようにセリーナが告げれば、お母様は艶のある微笑を返す。
そうして、真紅に染まった大翼を、ゆっくりと広げた。
「我々は、住み処へ戻ろう。あまり縄張りを荒らしていくなよ」
飛び立とうとするお母様を見て、グレンは慌ただしくに立ち上がり、制止するように手を伸ばした
「待ってくれ、女王! リアを、二の娘を、住み処に連れて行ってはくれないのか!」
その問いかけに、お母様は静かに赤い瞳を細めた。
「二の娘は、既に我々の群れを離れた身だ。一度きりだろうと、住み処へ踏み入れる事は許されない。それが、群れを抜けるという事なのだ」
「いや、だけど……!」
「良いの、グレン。止めて」
詰め寄るグレンの前に立ち、白い両翼を大きく広げる。
「私も、私の意志で群れを離れたの。私はそれを、不満になんて思っていない」
お母様と姉妹が暮らしている、あの大樹の巣には踏み入らない。
それは、草原の町を旅立つ前から、決めていた事だ。
今の私がどうなったのか、伝えられただけで。大好きな彼女たちに会えただけで、それだけでもう十分なのだ。こうやって会う事すら、本来ならば叶わない事なのだから。
人間には人間の掟があるように――魔物にも魔物の掟がある。
私を見つめるグレンたちは、複雑そうに表情を歪めている。彼らに理解してもらうには、難しいかもしれない。
人間と魔物の感覚は、やっぱり少し違うのだ。
『――お母様』
その時、三羽の姉妹が、お母様を囲んだ。
『こうして会えるのは、きっと今だけだ』
『この夜だけ、二の姉様と一緒に過ごさせて』
『お母様、どうか。どうか』
思わぬ懇願に、私は言葉を見失うと共に、胸の奥が温かくなる。
一の姉様も、三の妹も、四の妹も、そう思ってくれているのか。私はもう、群れを抜けているのに。
ルウルウと鳴いて訴える三羽の娘たちに、お母様は困ったように小さく笑った。やれやれ仕方ないな、と肩を竦めると、私たちへ視線を流した。
「――こうして全ての娘たちが全て揃ったのも、私にとっては久しぶりの事だ。今夜だけ、皆で過ごそう。昔のように、な」
その言葉が聞こえると同時に、三羽の姉妹はわっと喜び、身を翻し私へ飛びついてきた。鳶色、金色、桃色の羽根が、視界をふわふわと埋め尽くす。
「さ、お前達、せっかく教えた言葉があるのだ。良い機会だし、きちんと使うのだぞ」
「ルウ……分かりました」
「はぁ~い!」
鳴き声のみを発していた三羽の姉妹から、人間の言葉が放たれる。
グレンたちは途端にどよめき、驚嘆を口にした。
「お、驚いたわ……。人間の言葉を喋るハーピーが、リアちゃん以外にもこんなに居るなんて」
「魔物調査の奴ら、連れて来なくて正解だったな。今頃、騒ぐだけじゃ済まないぞ」
筆記具を抱え狂喜の絶叫を上げる光景が、あまりにも鮮明に浮かんでしまった。
連れて来なくて良かった。本当に。
「リアさんの姉妹は、すごいですね」
「ルッ! 私たちは、お母様から直接教わってきたから。他のみんなは喋れないけどね」
「ふうん、お母さんから、な……」
グレンの呟きに、私は首を傾げる。
「どうかした?」
「いや……何でもないよ」
何やら考え込む仕草を見た気がしたけれど、グレンはいつもの快活な笑みを浮かべている。不思議に思いながら、私もそれ以上は尋ねなかった。
◆◇◆
本格的に暗くなる前に、グレンたちは野営の準備を開始した。
これまでのように分担して寝床と食事の準備をし始めたが、今日はいつもと違い、その傍らにお母様と姉妹たちが居る。
最初は皆、野営の準備を行うグレンたちを、不可解なものでも見るように遠くから眺めていたが、次第に興味を持ったらしい。特に、姉様や妹たちは好奇心を隠しきれず、徐々に距離を詰め、今では肩と肩がぶつかってしまいそうなほど至近距離にまで近付いている。
以前の私がそうだったように、彼女たちも今、未知の衝撃を受けているに違いない。
「それは、何をしているんだ?」
「これは、えと、火を用意して……」
鳶色の一の姉様は、火を熾す様子をじっと見ていて。
「ふうん、私と同じ、金色の頭なのね。目の色は違うけど」
「わ、わわッちょっと、あの」
「セリーナ、頑張って!」
金色の三の妹は、同じ金色の髪を持つセリーナにちょっかいを出していて。
「そのまま食べないの? 何で? せっかくの血肉の味がなくなっちゃうよ!」
「か、可愛い顔して野生的だな。この子……」
「そりゃあ、人間はそういう食べ方をしないし」
「ええ~! 変なの~!」
薄桃色の四の妹は、夕食の支度をする冒険者を質問攻めにしている。
そしてお母様は、自由に振る舞う三羽の姿を、悠然と寛ぎながら楽しそうに見守っている。
何だか、不思議な光景だ。お母様と姉様、妹たちが、人間と一緒に居るなんて。
けれどそれがまた新鮮で、彼女たちの驚く様子につい笑ってしまう。
四の妹の人間嫌いは飛び抜けているように感じたが……やはり私と同じで、好奇心の方が勝っているらしい。未知の光景に、興味津々だ。
……いや、よく見ると、牙を剥くのはグレンに対してだけだ。ガッチンガッチンと歯を鳴らし、噛み付こうとしている。
「俺、随分と嫌われてるなあ」残念がりながらもめげずに接触を測ろうとする辺り、実にグレンらしい。
でも、そういうところだと思うよ、グレン。
「何か、変な気分だな。野生のハーピーとこんなに近付いて話してるなんてよ」
「リアちゃんの時とは違って、大人のハーピーだけだしね」
敵意剥き出しの私を拾っただけあって、グレンたちはあっさりと順応している。好奇心旺盛な三羽のハーピーに、今はもう緊張していない様子だ。こんな風に、異種族に対しても即座に柔軟に対応出来るのは、人間たちの尊敬すべき点なのだろう。
「この子達が喋れるおかげでもあるけどさ、もしかして案外、ハーピーって危険な存在じゃないのかもしれないな?」
冒険者の一人が告げると、周囲は笑って同調した。
「ああ、そうだな。言うほど、凶悪な存在じゃないかもしれねえな」
「いつも戦ってばっかで、こういう事にはめったに出くわさないしな」
そんな風に、彼らは朗らかに笑い合った。
しかし、その直後、彼らの笑みは凍り付く事になる。
三羽の姉妹は夜ごはんの確保をするために狩りへ向かうと、仕留めた獲物を冒険者たちの前に落下させた。
突然降ってきた立派な牡鹿の魔物に、悠々と構えていた冒険者たちは一斉に口を噤む。
大はしゃぎしているのは、私と、家族だけであった。
「わあ、大きな獲物も捕まえられるようになったんだね!」
「ふふ、この子達もすっかり上手になったのだ。驚いただろう?」
「とっても! みんなすごいね~」
「えへへ~。あ、お母様、先にどうぞ!」
うむ、と頷いたお母様は、牡鹿の魔物を足指で押さえ、顔を寄せる。
「おい……おい、まさか」
「まさかとは思うけど、おい……」
にわかに動揺を浮かべる冒険者を一瞥もせず、お母様の綺麗な唇が牡鹿の肉を食む。そうして、そのまま、一気に噛み千切った。
食事は、まず群れの強者が一番手に行う。それが終わってから、残りをみんなで分け合って食べるのだ。お母様が食べ終えると、三羽の姉妹が残った獲物に集まり、むしゃむしゃと余すこと無く食べ尽くす。調理なんてもちろんされていない、血の滴る新鮮な生肉が、あっという間に彼女たちのお腹に消えていった。
前触れなく始まったハーピー流の食事に、グレンたちはすっかり沈黙している。多くの苦難を乗り越えた冒険者の表情は、青白く強張っていた。
「可愛い顔が、血まみれ……」
「……やっぱハーピーは、肉食の凶暴なんだな」
「リアちゃんが特別なのね……」
しみじみと言っているけど、これがハーピーの、普通の食事なんだからね。私の生肉嫌いが、可笑しいだけであって。
「二の娘、生肉は食べられるようになったのか?」
「ううん、今もやっぱり食べられないの」
「二の姉様、お腹空いた? 木の実、取ってこようか?」
心配する姉妹たちへ、大丈夫だと告げる。
「ちゃんと集めてあるから、平気」
「リア、用意出来たぞ。こっちで食べな」
ちょうど夕食の準備が終わったらしい。焚き火を囲み、輪になって座るグレンたちのもとへ向かう。今日は大きな鍋で煮たスープらしい。簡素な器に盛りズズッと啜る彼らの隣で、私も木の実を口に運ぶ。
興味深そうに一の姉様たちが近づいてくるけれど……みんな、口元から胸にかけて、真っ赤な鮮血が滴っている。
「ルウ……みんな、綺麗にしないと。ポタポタ垂れてる」
「おや、本当だ。ほら、お前達、食べ終えたら身体を洗うんだろう? 血の匂いで他の魔物が寄って来てしまう」
いち早く身綺麗になったお母様が促すと、三羽の姉妹は川縁へ移動する。
「ルウ、これ、邪魔!」
煩わしそうに、胸元へ巻いた布を剥ぎ取り、放り投げる。そして意気揚々、水に飛び込んだ。
そこかしこからブホッと呼気を吹き出す音が聞こえ、何事かと顔を向ければ、身体ごと視線を逸らすグレンたちの姿があった。
「別に、そこまで徹底しなくてもいいのに」
「いやいや、気にするだろ。リアの身内だしな」
「見ても別に恥ずかしくないよ! 私も平気!」
「そこは胸を張るところじゃないからな! 俺らの心情も察してくれ!」
むう……よく分かんない、本当に恥ずかしくないのに。
首を何度も捻っていると、お母様が不意に艶然と微笑んだ。そして、おもむろにグレンたちの視界へ入るように移動すると。
「別に恥じるものではないのだがな――ほれ」
真紅の大翼をゆったりと広げ、形の良い豊満なお胸を見せつける。
水浴びをした際に布を取り外していたのだろう。ふわりと露わになった立派なお胸は、何にも遮られる事なく、冒険者たちの視界に飛び込む。
次の瞬間には、咳き込む人、赤面する人と現れ、一番酷いと鼻血を噴く人まで居た。
「この程度で騒ぐものなのか? 人間とは奇妙な生き物だな」
お母様はいかにも不思議そうに首を傾げているけれど、たぶんあれは、全て理解した上でからかっているのだろう。悪戯で輝く面持ちは、艶やかな愉悦に満ちている。
お母様のおかげで、と言って良いのか分からないが、この日の夕食がこれまでの旅路の中で一番騒がしかった。
◆◇◆
いつの間にか、赤い焚き火の頭上には、星の散らばった薄い藍色の空が広がっている。
岩場から流れ落ちる滝の音は、いっそう静寂の増した夜の世界に響き渡った。
ふわりと夜風が過ぎ去った後、誰かがぽつりと呟く。
「……こんな風に、ハーピー達が近くに居るなんてな。何か変な感じがする」
すると、お母様は愉快そうに笑みをこぼした。
「ふふ、お前達の間では、私達は歓迎されない存在だからな」
「あ、いや、そういう意味じゃないんだけど」
「なに、事実だ。気にする事はない」
そう呟いたお母様の姿が、何故か少し寂しそうに見えて、私は声を明るくし言った。
「お母様、私ね、いっぱい勉強したの。人間にもね、色んな人がいて、色んな風に暮らしてる」
良い人もいれば、悪い人もいる。たぶん私たちが教わったのは、後者の人間像だ。
グレンたちは優しい人間なのだと強く言ったけれど、お母様の微笑みはやっぱり寂しさが滲んでいた。
「……そうか。人間のところで実際に暮らし、様々な事を学んでいるのだな。私も知らない事を、きっと知っているのだろう」
「お母様……」
褒められて嬉しいはずなのに、何だかあんまり嬉しくない。私はそっと口を噤んだ。
すると、今度はグレンがお母様へ問いかけた。
「一つ聞きたい。女王」
「なんだ」
「どうして、リアを群れから追い出した」
お母様の瞳が、すうっと細くなる。傍らにいた三羽の姉妹たちも、その面持ちを鋭くさせた。
「グレン、それは」
「自分から離れた。リアはそう言ってたな。でも、だからといって小さな雛を巣の外に出すなんて、追い出したも同然じゃないか」
普段は快活な声が、険しさに染まっている。見上げた彼の横顔は、静かな憤りで歪んでいた。
たぶんきっと、怒っているのだ。最初に彼と出会った時の、私の散々苛め抜かれボロボロになった姿を知っているから。
誰も、何も言わずに、押し黙る。静寂で覆われた空気が、緊張で張り詰める。
真っ直ぐと、グレンはお母様を見つめる。その眼差しを、お母様は真正面から受け止め、やがてそっと瞼を下ろした。
「……そうだな、灰色の羽根が抜けなかった、幼いままの二の娘を、群れの外へ出した。それは、紛う事無き事実。娘を救ってくれたお前達が、そう思うのも仕方あるまい」
――だが、我々は、野で生きる魔物だ。
再び開いた真紅の瞳には、群れを率いる女王を表す、端厳とした光が浮かんでいた。
「お前達にはお前達の掟があるように、私達には私達の掟がある。それは絶対的に覆せるものではなく、また、理解されるものでもないだろう。けれど――二の娘は、今も私の可愛い雛だ。私が産んだ卵から、二番目に殻を破って生まれたのだ」
憎らしさなど、僅か一欠片でもあろうものか。
お母様は迷わずに、そう言い放った。
「灰色の羽根が抜けない、可愛い雛。私達のもとではなく、巣の外でならばその羽根も抜けるかもしれないと思い、送り出した。娘にとって、それが最良と判断したまでだ」
そして、結果とし、こんなにも綺麗な純白の羽根を手に入れた――。
「感謝しているよ、人間達。例えお前達が、我々の天敵であったとしても」
グレンは納得しきれないように頭を振る。だけど、と言い募ろうとしたが、それを静かにセリーナが押し止めた。
「私達は、争いに来たんじゃありません。ただリアさん……彼女を、もう一度、家族に会わせたかっただけなんです」
「ふふ、分かっているよ。三の娘と同じ色を持つ人間、私達も懐かしく喜んでいる」
お母様は微笑みを浮かべると、グレンからセリーナへ視線を移した。
「お前は、冒険者ではないな。そこの人間達とは、匂いが違う」
「あ、えっと、私は……ギルドの人間です」
「ギルド……ふむ、確か冒険者を統括、あるいは補助する集団だったか」
「そ、そうです……」
セリーナたちの瞳が、驚いたように見開かれる。
お母様、本当に何でも知っているのね。
思わず私も驚嘆すれば、お母様は愉快そうに言った。
「もちろん知らぬ魔物の方が多いが、存外、人間を学ぶ魔物もいるものだぞ」
「そ、そうなんですね。あの、それで私……色々と、お話が聞きたくて」
セリーナはおもむろに鞄を漁ると、その中から羊皮紙の束と携帯用筆記具を取り出した。
ああ、そういえば、今回の旅に同行したのは、ハーピーの生態を記録するためでもあった。
すっかり忘れていたが、生態調査担当の職員たちからも言い付けられていた。
「ほう、私達を知りたいと? 人間は、不思議な事を言うものだ」
「でもお母様、酷いのよ。私たちの事、嘘ばっかり書いてるんだから!」
人間を食べるとか、人間を食べるとか、人間を食べるとか!
思いの限り叫べば、お母様は綺麗な眉を顰め、それは酷いなと声を漏らす。
「私達は、そんな筋張って身がなく、おまけに不味い肉など、よほどの時でなければ喰わないというのに」
「ね、そうでしょ。もっとちゃんと伝わってもらわないと」
「ふふ、仕方あるまいよ。どのように伝わるかは分からないものだ。誰にも、私にも、ね」
お母様は私の頭を翼で撫でると、セリーナへ向き直った。
「そこの金色の娘、私が答えられる事ならば答えてあげよう」
「はい! ありがとうございます」
「ふふ、素直でよろしい。人間の雌も、なかなか可愛さのある生き物だ」
お母様の艶やかな微笑みを受け、セリーナの頬が赤く染まるのを見た。
夜は更け、眠るための準備を各々が行う。
焚き火と見張りの番を除いた面々は、思い思いに身体を横たえ、外套に包まった。
私はいつものようにセリーナの横に並んでいたが、そこに三羽の姉妹が寄って来て、一緒に寝ると言い出した。もちろんそれを拒む理由はないので、昔のように翼を寄せ合い身体を横たえたが……私を含めた四羽分の羽毛に挟まれたセリーナは、埋没するような格好になってしまった。
緊張しているのか、垂直姿勢のまま身動ぎ一つしなかったものの、すぐにウトウトとし始め、一番早くに眠ってしまった。
「一緒に暮らしてた時みたい」
「あったかいね」
クスクスと嬉しそうに笑う姉妹に、私も頷いた。
本当に、あたたかい。身体も、心の中も、ぽかぽかしている。
傍らから、お母様の歌が聞こえる。優しく包み込むような、流麗な響き。灰色の雛の頃、いつも聞かせてくれた子守歌だ。
「……お母様」
「なんだい、二の娘」
歌声が止み、お母様が私を覗き込む。口を開きかけ、すぐに閉じた。
「……何でもない。あのね、もうちょっとだけ、お歌が聞きたい」
「ふふ。良いだろう。お前が眠るまで、歌っていよう」
大きな翼が、私を撫でる。
再び、優しい歌が奏でられた。
尋ねたかった言葉を飲み込み、私はゆっくりと瞼を下ろした。




